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episode.25 冷たい時間
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その日の晩。
夕食を終え、部屋に戻った頃。
「王子、お風呂はいかがです?」
デスタンはいつもより早く、風呂を勧めに私たちの部屋へとやって来た。
「え! ……いつもより早くはありませんか?」
「はい。いつも最後の方で申し訳ないので、本日は順番を変えるよう話をつけてきました」
リゴールに向かってそう言うデスタンは、柔らかな微笑みを浮かべている。
「そんな。結構です、気遣いなんて」
「いえ。本来は王子を優先すべきですから」
「しかし……」
何か言おうとするリゴール。
しかし、デスタンは言葉を被せて、リゴールに言わせない。
「ゆっくりとお入り下さい」
デスタンは声も表情も柔らかい。が、「いいえ」とは言わせない空気を放っている。
「そ……そうですね。分かりました、入ってきます」
リゴールはそう返すと、速やかに入浴に使う物を集め、丁寧に「それではお先に失礼します」と言って、部屋から出ていった。
部屋に残された私は、デスタンと二人になってしまう。
「貴女……エアリと言いましたね」
二人になるや否や、デスタンが話しかけてくる。
彼の方から声をかけてくるとは予想していなかったため驚いた。が、平静を装って返す。
「そうよ」
デスタンは悪人ではない。リゴールのことを大切に思っていることは確かだし、リゴールと親しくしている私のことも気にかけてくれてはいるのだから、悪人なはずがないのだ。
ただ、彼が発する言葉には毒がある。
それゆえ、二人の時に話すのは少し不安だったりする。
「何か話でもあるのかしら」
「どうです、ここは」
闇が人となったような容姿をしている彼だが、その口から放たれる問いは、案外可愛らしいものだった。
「……どういう意味?」
もしかしたら言葉そのままの意味なのかもしれない。けれど、彼の口から放たれたものであるだけに、そのままの意味であるとは考えづらくて。
「深い意味などありません。ただ、現在の暮らしがこの世界ではどの程度の快適さなのかが、少し気になっただけのことです」
デスタンはぼんやりと宙を眺めながら、そんな風に返してきた。
どうやら、言葉そのままの意味であったようだ。嫌みではなかったらしい。なので私は、普通に答えることにした。
「快適だと思うわよ」
きちんとした部屋があって、食事も出してもらえて、風呂に入ることだってできる。それに、ほんの少し家から出るだけで、空と海の繋がる美しい世界を目にすることができるのだ。
これを快適と言わず、何を快適と言うのか。
「そうですか。なら良いのですが」
「もしかして……私のことを心配してくれているの?」
すると。
「まさか。それはありません、絶対に」
即座に否定されてしまった。
いや、もちろん、彼が私のことなど心配していないことは分かっていた。彼にとっては、私は他人。当然だ。
けれど——即座に否定されるのはさすがに悲しい。
「……そうよね、分かってたわ」
「ならなぜ聞いたのですか」
「……それは聞かないでちょうだい」
答えたくないから。
「分かりました。これ以上は聞きません」
デスタンはすんなりと下がった。
が、まだ二人であることに変わりはない。
それにしても、なぜ彼はここにいるのだろう。彼には自分の部屋があるのだから、いつものようにさっと戻ればいいのに。
「ねぇ、ちょっと。何をしているの?」
「王子の帰りを待っています。何か問題でも」
う、そう来るか……。
「いつもはすぐに部屋に帰るじゃない」
すると彼は、ふっと柔らかな笑みを浮かべて、口を動かす。
「そんなに不快ですか? 私は」
笑顔だ。でも、きっと、心は笑ってなどいない。
彼が笑みを浮かべるのが普通笑うようなタイミングだけではないということを、私は知っている。
「私も、恩知らずな女は嫌いです。不快ですから」
「ちょ……何よそれ」
「王子を保護していただいたという恩があるゆえ放り出せないというところも不快ですし」
「……それは私と関係なくない?」
不快なところを言っていく会みたいな空気は勘弁。
取り敢えず、この嫌な空気から逃れたい。そこで私は、思いきって、こちらから話を振ってみることにした。
「ところでデスタン」
「呼び捨てにしないで下さい。不愉快です」
「あ、ごめんなさい。じゃあ……デスタンさん」
「はい」
デスタンの双眸は、鋭い視線を向けてくる。
敵ではないから攻撃してはこないだろうが、少しでも余計なことを言えば掴みかかられそうな雰囲気だ。
「リゴールとは長い付き合いなの?」
デスタンとリゴールが信頼しあっていることは、これまでの二人の関わり方を見ていたら分かった。けれど、どのようにして出会ったのかは知らない。
「出会いとか……もし良かったら聞かせてくれない?」
「私と王子の出会い、ですか」
「えぇ!」
知らなくてはならない、ということはないが、知りたいと思ってしまうのだ。
「他人の過去を詮索するなど、趣味が悪いですよ」
デスタンはそんなことを言う。
「大層ね。ただ少し聞いただけじゃない」
「出会って一月も経たない者に己の過去を話すなど、自殺行為です」
「自殺行為って、おかしな言い方ね。それはつまり、話したくないということ?」
遠回しに「言いたくない」と主張しているのかもしれない。
そう思ったので一応言ってみたところ、デスタンは頷いた。
「やっぱりそういうことだったのね。ならいいわよ、話さなくて。無理矢理聞き出そうなんて思っていないわ」
何も、デスタンの口から聞かなくてはならないことではない。デスタンが話したくないのなら、リゴールに聞けばいいのだから。
「じゃあ、リゴールに聞——」
「なら私が話します!!」
急に叫ぶデスタン。
静かだった空気が、荒々しい声に揺らされる。
「え……」
「王子にそのようなくだらぬことを話させるわけにはいきません!」
「えっと、あの……」
デスタンの態度が急変したことに戸惑いを隠せない。
「出会いから話せば良いのでしょう」
「え、えぇ……。でも、嫌ならいいのよ?」
「いえ。王子に迷惑をおかけするわけにはいきませんから、私が話します」
よく分からないが、話してくれるみたいだ。
夕食を終え、部屋に戻った頃。
「王子、お風呂はいかがです?」
デスタンはいつもより早く、風呂を勧めに私たちの部屋へとやって来た。
「え! ……いつもより早くはありませんか?」
「はい。いつも最後の方で申し訳ないので、本日は順番を変えるよう話をつけてきました」
リゴールに向かってそう言うデスタンは、柔らかな微笑みを浮かべている。
「そんな。結構です、気遣いなんて」
「いえ。本来は王子を優先すべきですから」
「しかし……」
何か言おうとするリゴール。
しかし、デスタンは言葉を被せて、リゴールに言わせない。
「ゆっくりとお入り下さい」
デスタンは声も表情も柔らかい。が、「いいえ」とは言わせない空気を放っている。
「そ……そうですね。分かりました、入ってきます」
リゴールはそう返すと、速やかに入浴に使う物を集め、丁寧に「それではお先に失礼します」と言って、部屋から出ていった。
部屋に残された私は、デスタンと二人になってしまう。
「貴女……エアリと言いましたね」
二人になるや否や、デスタンが話しかけてくる。
彼の方から声をかけてくるとは予想していなかったため驚いた。が、平静を装って返す。
「そうよ」
デスタンは悪人ではない。リゴールのことを大切に思っていることは確かだし、リゴールと親しくしている私のことも気にかけてくれてはいるのだから、悪人なはずがないのだ。
ただ、彼が発する言葉には毒がある。
それゆえ、二人の時に話すのは少し不安だったりする。
「何か話でもあるのかしら」
「どうです、ここは」
闇が人となったような容姿をしている彼だが、その口から放たれる問いは、案外可愛らしいものだった。
「……どういう意味?」
もしかしたら言葉そのままの意味なのかもしれない。けれど、彼の口から放たれたものであるだけに、そのままの意味であるとは考えづらくて。
「深い意味などありません。ただ、現在の暮らしがこの世界ではどの程度の快適さなのかが、少し気になっただけのことです」
デスタンはぼんやりと宙を眺めながら、そんな風に返してきた。
どうやら、言葉そのままの意味であったようだ。嫌みではなかったらしい。なので私は、普通に答えることにした。
「快適だと思うわよ」
きちんとした部屋があって、食事も出してもらえて、風呂に入ることだってできる。それに、ほんの少し家から出るだけで、空と海の繋がる美しい世界を目にすることができるのだ。
これを快適と言わず、何を快適と言うのか。
「そうですか。なら良いのですが」
「もしかして……私のことを心配してくれているの?」
すると。
「まさか。それはありません、絶対に」
即座に否定されてしまった。
いや、もちろん、彼が私のことなど心配していないことは分かっていた。彼にとっては、私は他人。当然だ。
けれど——即座に否定されるのはさすがに悲しい。
「……そうよね、分かってたわ」
「ならなぜ聞いたのですか」
「……それは聞かないでちょうだい」
答えたくないから。
「分かりました。これ以上は聞きません」
デスタンはすんなりと下がった。
が、まだ二人であることに変わりはない。
それにしても、なぜ彼はここにいるのだろう。彼には自分の部屋があるのだから、いつものようにさっと戻ればいいのに。
「ねぇ、ちょっと。何をしているの?」
「王子の帰りを待っています。何か問題でも」
う、そう来るか……。
「いつもはすぐに部屋に帰るじゃない」
すると彼は、ふっと柔らかな笑みを浮かべて、口を動かす。
「そんなに不快ですか? 私は」
笑顔だ。でも、きっと、心は笑ってなどいない。
彼が笑みを浮かべるのが普通笑うようなタイミングだけではないということを、私は知っている。
「私も、恩知らずな女は嫌いです。不快ですから」
「ちょ……何よそれ」
「王子を保護していただいたという恩があるゆえ放り出せないというところも不快ですし」
「……それは私と関係なくない?」
不快なところを言っていく会みたいな空気は勘弁。
取り敢えず、この嫌な空気から逃れたい。そこで私は、思いきって、こちらから話を振ってみることにした。
「ところでデスタン」
「呼び捨てにしないで下さい。不愉快です」
「あ、ごめんなさい。じゃあ……デスタンさん」
「はい」
デスタンの双眸は、鋭い視線を向けてくる。
敵ではないから攻撃してはこないだろうが、少しでも余計なことを言えば掴みかかられそうな雰囲気だ。
「リゴールとは長い付き合いなの?」
デスタンとリゴールが信頼しあっていることは、これまでの二人の関わり方を見ていたら分かった。けれど、どのようにして出会ったのかは知らない。
「出会いとか……もし良かったら聞かせてくれない?」
「私と王子の出会い、ですか」
「えぇ!」
知らなくてはならない、ということはないが、知りたいと思ってしまうのだ。
「他人の過去を詮索するなど、趣味が悪いですよ」
デスタンはそんなことを言う。
「大層ね。ただ少し聞いただけじゃない」
「出会って一月も経たない者に己の過去を話すなど、自殺行為です」
「自殺行為って、おかしな言い方ね。それはつまり、話したくないということ?」
遠回しに「言いたくない」と主張しているのかもしれない。
そう思ったので一応言ってみたところ、デスタンは頷いた。
「やっぱりそういうことだったのね。ならいいわよ、話さなくて。無理矢理聞き出そうなんて思っていないわ」
何も、デスタンの口から聞かなくてはならないことではない。デスタンが話したくないのなら、リゴールに聞けばいいのだから。
「じゃあ、リゴールに聞——」
「なら私が話します!!」
急に叫ぶデスタン。
静かだった空気が、荒々しい声に揺らされる。
「え……」
「王子にそのようなくだらぬことを話させるわけにはいきません!」
「えっと、あの……」
デスタンの態度が急変したことに戸惑いを隠せない。
「出会いから話せば良いのでしょう」
「え、えぇ……。でも、嫌ならいいのよ?」
「いえ。王子に迷惑をおかけするわけにはいきませんから、私が話します」
よく分からないが、話してくれるみたいだ。
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