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episode.24 穏やかな日々の中
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以降、ミセが貸してくれた部屋で毎日を過ごした。
慣れない環境での暮らし。それは苦労の連続でもあったが、案外辛いことばかりでもなくて。リゴールが傍にいてくれるから、私にとってはわりと楽しい日々だった。
ミセは案外親切で、居候に等しい私たちにも無理難題を押し付けることはしない。
デスタンは顔を合わせるたび余計なことを言ってくるけれど、働きに出つつ、私たちが追い出されないよう上手くミセの機嫌を取ったりしてくれる。
そんな中で過ごせている私は、ある意味、幸せ者かもしれない。
徐々にそう思うようになってきた。
それから二週間ほどが経過した、ある日。
私とリゴールはミセに頼まれ、高台の下にある街へと買い物に行くこととなった。
ミセから、街への道のりを簡単に描いた地図と現金三千イーエンを受け取ると、リゴールと共に家を出る。
「よく晴れていますね」
青く澄んだ、雲一つない空を見上げ、リゴールは言った。
「えぇ、そうね」
「……美しい空です」
「私もそう思うわ」
ミセが描いてくれた地図を辿り歩く。
「ここへ来て、もう二週間。早いものですね、エアリ」
こちらへ来てからは、まだ一度も襲われていない。死ぬまでここで暮らせばいい、と思ってしまうくらい、穏やかな日々だ。
「あれからは敵襲はないわね」
「恐らく、わたくしがここにいることがまだバレていないのでしょう」
居場所がバレなければ、襲われることはない。ひっそりと暮らしていれば、毎日は穏やか。
私はそれでいい。
リゴールに出会ったことも、巻き込まれたことも、後悔してはいないから。
「すみません、エアリ。貴女までこんな暮らしをしなくてはならないことになってしまって」
「いいのよ。私、今の暮らし、意外と楽しいわ」
発した言葉に偽りはない。
それだけは言いきることができる。
「エアリは意外と楽観的ですね」
「暗い人生なんて楽しくないわ。前を向いていなくちゃ」
するとリゴールは、唐突に、ふふ、と笑みをこぼした。
「……素晴らしいですね」
坂道を下りながら、彼は微笑む。
「初めて出会った地上界の方がエアリで、本当に良かったです」
リゴールの瞳は、私たちを見下ろす空と同じくらい澄んだ、美しい青だった。
「へい! いらっしゃい!」
街へたどり着いて最初に訪ねたのは八百屋。
古そうなテントの下に、かごに入った色々な野菜が並んでいる、非常に原始的な店構えだ。
辺りには、果物の爽やかな香りが漂っている。
「すみませんー」
勇気を出して、店主らしき男性に話しかけてみた。
「ん? お嬢ちゃん、見かけない顔だな。旅行か何かか?」
日焼けした肌と筋肉のついた肩が印象的な店主と思われる男性は、私を見るなり、不思議そうな顔をする。
「あの、少しお聞きしたいのですが……じゃがいも、にんじん、みかん、ありますか?」
ミセから渡された買う物リストに書かれていたものの中から、野菜らしきものを選んで質問してみた。
「あぁ! あるぞ! 買ってくれるのか?」
「はい」
「何個だ?」
「えっと……」
買う物リストを再度確認し、答える。
「じゃがいも三つ、にんじん二本、みかん五つです」
「おし! そしたら、全部合わせて五百イーエンだ!」
「ありがとうございます」
ミセから渡されていた三千イーエンから、五百イーエン支払う。すると男性は、じゃがいもとにんじんとみかんをすべて詰めた紙袋を渡してくれた。
かなりずっしりしている。
「礼儀正しいお嬢ちゃんだから、サマーリンゴ一つ入れといた! 食べてくれよな!」
「ありがとうございます」
こうして、八百屋から去る。
「凄いです、エアリ! 買い物慣れしているのですね!」
八百屋から離れて砂利道を歩き始めるや否や、リゴールがそんなことを言ってきた。
「え。買い物のどこが凄いのよ」
「買い物などしたことがありませんから……その、わたくしから見れば、凄いことなのです」
「王子様だから?」
「はい、恐らく。物資の調達は、わたくしの役割ではなかったので」
……でしょうね。
王子に食料の買い物をさせるなんてこと、普通はないだろう。
「本当に……役に立てないことばかりです、わたくしは」
リゴールはそう言って、身を縮める。
「何を言っているの、リゴール。貴方は戦えるじゃない」
「しかし、さほど強くありません」
「でも、私を何度も護ってくれたじゃない」
「……いえ。わたくしこそ、エアリに助けられてばかりです」
砂利道なうえ人通りが多いので、結構豪快に、じゃりじゃりという音がする。最初こそ違和感があったが、慣れてくるにつれ気にならなくなった。
「わたくしの魔法はあまり連続で使えないので、かなり不便なのです。せめて、デスタンくらい戦えたなら……」
いや、それは無理があるだろう。
デスタンとリゴールでは、そもそも、身長が違う。もちろん体つきにも差があるし、性格もまったく異なっている。
それなのに同じくらいの戦いをしようなんて、無茶だ。
「彼には彼の良さがあるし、貴方には貴方の良さがあるわ。それでいいじゃない」
「しかし、わたくしはかなり弱く……」
「強さがすべてじゃないわ」
人が戦いの強さでしか評価されない世界なんて、虚しすぎる。
「優しさだって、時には武器になるものよ」
買い物の途中だというのに、なぜこんなシリアスな空気になってしまっているのだろう。そんなことを考えつつも、淡々と足を動かし続ける。
それからしばらく、私たちは言葉を交わさなかった。
「これで買い物は終わりだわ」
何とも言えない空気になってしまってから、しばらく、まとも言葉を交わしていなかった。隣を歩いてはいたけれど、話すことはなかったのだ。
だが、いつまでもこんな空気のままというのも嫌で。
だから私は、ミセに頼まれた買い物がすべて終わったタイミングで、自ら沈黙を破った。
「本当ですか! 早いですね!」
リゴールは意外にも、気まずくなさそうだ。
気まずくなっていたのは私の方だけだったのかもしれない。
「……そう?」
「はい! 驚きました!」
「それって、驚くほどのことなの?」
「えっと、それは分かりません。ただ、わたくしにとっては、驚くようなことだったのです」
一人気まずくなっていた私だったが、いざ話すとなると、案外自然に話すことができた。
慣れない環境での暮らし。それは苦労の連続でもあったが、案外辛いことばかりでもなくて。リゴールが傍にいてくれるから、私にとってはわりと楽しい日々だった。
ミセは案外親切で、居候に等しい私たちにも無理難題を押し付けることはしない。
デスタンは顔を合わせるたび余計なことを言ってくるけれど、働きに出つつ、私たちが追い出されないよう上手くミセの機嫌を取ったりしてくれる。
そんな中で過ごせている私は、ある意味、幸せ者かもしれない。
徐々にそう思うようになってきた。
それから二週間ほどが経過した、ある日。
私とリゴールはミセに頼まれ、高台の下にある街へと買い物に行くこととなった。
ミセから、街への道のりを簡単に描いた地図と現金三千イーエンを受け取ると、リゴールと共に家を出る。
「よく晴れていますね」
青く澄んだ、雲一つない空を見上げ、リゴールは言った。
「えぇ、そうね」
「……美しい空です」
「私もそう思うわ」
ミセが描いてくれた地図を辿り歩く。
「ここへ来て、もう二週間。早いものですね、エアリ」
こちらへ来てからは、まだ一度も襲われていない。死ぬまでここで暮らせばいい、と思ってしまうくらい、穏やかな日々だ。
「あれからは敵襲はないわね」
「恐らく、わたくしがここにいることがまだバレていないのでしょう」
居場所がバレなければ、襲われることはない。ひっそりと暮らしていれば、毎日は穏やか。
私はそれでいい。
リゴールに出会ったことも、巻き込まれたことも、後悔してはいないから。
「すみません、エアリ。貴女までこんな暮らしをしなくてはならないことになってしまって」
「いいのよ。私、今の暮らし、意外と楽しいわ」
発した言葉に偽りはない。
それだけは言いきることができる。
「エアリは意外と楽観的ですね」
「暗い人生なんて楽しくないわ。前を向いていなくちゃ」
するとリゴールは、唐突に、ふふ、と笑みをこぼした。
「……素晴らしいですね」
坂道を下りながら、彼は微笑む。
「初めて出会った地上界の方がエアリで、本当に良かったです」
リゴールの瞳は、私たちを見下ろす空と同じくらい澄んだ、美しい青だった。
「へい! いらっしゃい!」
街へたどり着いて最初に訪ねたのは八百屋。
古そうなテントの下に、かごに入った色々な野菜が並んでいる、非常に原始的な店構えだ。
辺りには、果物の爽やかな香りが漂っている。
「すみませんー」
勇気を出して、店主らしき男性に話しかけてみた。
「ん? お嬢ちゃん、見かけない顔だな。旅行か何かか?」
日焼けした肌と筋肉のついた肩が印象的な店主と思われる男性は、私を見るなり、不思議そうな顔をする。
「あの、少しお聞きしたいのですが……じゃがいも、にんじん、みかん、ありますか?」
ミセから渡された買う物リストに書かれていたものの中から、野菜らしきものを選んで質問してみた。
「あぁ! あるぞ! 買ってくれるのか?」
「はい」
「何個だ?」
「えっと……」
買う物リストを再度確認し、答える。
「じゃがいも三つ、にんじん二本、みかん五つです」
「おし! そしたら、全部合わせて五百イーエンだ!」
「ありがとうございます」
ミセから渡されていた三千イーエンから、五百イーエン支払う。すると男性は、じゃがいもとにんじんとみかんをすべて詰めた紙袋を渡してくれた。
かなりずっしりしている。
「礼儀正しいお嬢ちゃんだから、サマーリンゴ一つ入れといた! 食べてくれよな!」
「ありがとうございます」
こうして、八百屋から去る。
「凄いです、エアリ! 買い物慣れしているのですね!」
八百屋から離れて砂利道を歩き始めるや否や、リゴールがそんなことを言ってきた。
「え。買い物のどこが凄いのよ」
「買い物などしたことがありませんから……その、わたくしから見れば、凄いことなのです」
「王子様だから?」
「はい、恐らく。物資の調達は、わたくしの役割ではなかったので」
……でしょうね。
王子に食料の買い物をさせるなんてこと、普通はないだろう。
「本当に……役に立てないことばかりです、わたくしは」
リゴールはそう言って、身を縮める。
「何を言っているの、リゴール。貴方は戦えるじゃない」
「しかし、さほど強くありません」
「でも、私を何度も護ってくれたじゃない」
「……いえ。わたくしこそ、エアリに助けられてばかりです」
砂利道なうえ人通りが多いので、結構豪快に、じゃりじゃりという音がする。最初こそ違和感があったが、慣れてくるにつれ気にならなくなった。
「わたくしの魔法はあまり連続で使えないので、かなり不便なのです。せめて、デスタンくらい戦えたなら……」
いや、それは無理があるだろう。
デスタンとリゴールでは、そもそも、身長が違う。もちろん体つきにも差があるし、性格もまったく異なっている。
それなのに同じくらいの戦いをしようなんて、無茶だ。
「彼には彼の良さがあるし、貴方には貴方の良さがあるわ。それでいいじゃない」
「しかし、わたくしはかなり弱く……」
「強さがすべてじゃないわ」
人が戦いの強さでしか評価されない世界なんて、虚しすぎる。
「優しさだって、時には武器になるものよ」
買い物の途中だというのに、なぜこんなシリアスな空気になってしまっているのだろう。そんなことを考えつつも、淡々と足を動かし続ける。
それからしばらく、私たちは言葉を交わさなかった。
「これで買い物は終わりだわ」
何とも言えない空気になってしまってから、しばらく、まとも言葉を交わしていなかった。隣を歩いてはいたけれど、話すことはなかったのだ。
だが、いつまでもこんな空気のままというのも嫌で。
だから私は、ミセに頼まれた買い物がすべて終わったタイミングで、自ら沈黙を破った。
「本当ですか! 早いですね!」
リゴールは意外にも、気まずくなさそうだ。
気まずくなっていたのは私の方だけだったのかもしれない。
「……そう?」
「はい! 驚きました!」
「それって、驚くほどのことなの?」
「えっと、それは分かりません。ただ、わたくしにとっては、驚くようなことだったのです」
一人気まずくなっていた私だったが、いざ話すとなると、案外自然に話すことができた。
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