あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
24 / 207

episode.23 ペンダント

しおりを挟む
 デスタンが出ていくと、私はリゴールと二人きりになった。

 初めて来た部屋で彼と二人。
 何だか、不思議な感覚だ。

 数日前に知り合ったばかりの人と、慣れない場所で過ごす。それは、何となく奇妙な感覚を覚えるようなことで。でも、悪い気はしなかった。良い刺激があるという意味では、悪いことばかりでもないのかもしれない。

「あ、そうでした。エアリ」

 そんな何とも言えない空気が漂う中で、先に口を開いたのはリゴールだった。

「あのペンダント、お返ししますね」

 彼はそう言って、襟を開ける。そして、首にかけてあったペンダントを取り出す。

 いつの間にか彼のところへ戻っていたことが驚きだ。だが、驚いた点はそこだけではなく。いつの間にやら剣の形ではなくペンダントの形に戻っていたというところも、驚いた点と言えよう。

「これは……」
「剣になっていたペンダントです。なぜだか分かりませんが、いつの間にかペンダントの状態に戻っていたみたいで」
「そうだったの。不思議ね」

 うっかり馬車の中に忘れたりしなくて良かった、と安堵する。
 そんな私に、リゴールは歩み寄ってきた。

「……何?」

 私がそう問うと、彼は少し笑みを浮かべてペンダントを差し出してきた。

「これ、エアリに差し上げます」

 リゴールは穏やかに微笑みつつ言う。

「えっ。いいわよ、そんなの。それはリゴールの大切なものじゃない」
「いえ……貴女に受け取っていただきたいのです」

 私は暫し、言葉を失った。

「貴女は初対面のわたくしに泊まる場所を恵んで下さった。それに、わたくしのせいで襲撃に巻き込まれた時も、責めずにいて下さった。……そのお礼として、これを貴女に贈りたいのです」

 リゴールの青い双眸は、私をじっと捉えていた。

「……悪いわ、そんなの」

 少ししてようやく言葉を取り戻した私は、小さな声で返す。

「それはリゴールのものよ。私が持つべきものなんかじゃないわ」

 するとリゴールは、ほんの僅かに両の眉を寄せ、それから軽く首を傾げた。
 その様は、まるで、純粋な子どものよう。

「……そうでしょうか?」
「えぇ。無関係な私が持つべきものではないと思うの」

 すると、リゴールは心なしか険しい顔つきになる。

「エアリは……無関係ということはありません。このペンダントを初めて剣に変えた人ですから」

 言われると、確かに、と思ってしまった。
 彼が言うことも間違いではない。

 ほんの数日前までの私なら、リゴールらの世界とはまったく無関係の人間だった。けれど、リゴールに出会い事情を聞いてしまったその時からは、無関係ではなくなったのだ。

 まだ、自らを「関係者」と言えるほどではないけれど。

「確かに……言われてみればそうね。無関係ではなかったわね」
「はい! ですから、受け取って下さい!」

 ……いや、それはさすがにこじつけだろう。

 だが、ペンダントを受け取るくらいは何の問題もないだろう。彼がせっかくこう言ってくれているのだから、わざわざ拒否することもなさそうだ。

 そんなことを考え、私は、ペンダントを貰うことにした。

「ありがとう、リゴール」
「受け取っていただけますか……?」
「えぇ。貴方がそう言ってくれるなら」

 途端にリゴールの表情が柔らかくなる。

「本当ですか! ありがとうございます!」

 よく晴れた日の空のように曇りのない顔つきをしているリゴールから、ペンダントを手渡される。受け取る瞬間、ほんの一瞬だけ指と指が触れたので、不思議な感じがした。

 手のひらにペンダント。
 こちらも、これまた不思議な感じだ。

 磨きあげたばかりのように輝く銀色の円盤。そこに埋め込まれた、星形の白い石。何か深いメッセージが込められていそうな、厳かな空気を漂わせたデザインである。

「近くで見ると綺麗なペンダントね」
「そう言っていただけると、嬉しいです!」
「大切にするわ。ありがとう」

 言いながら、私は少し移動。室内に一つだけある大きめのベッドの端に腰掛ける。

 ……ん?

 ちょっと待って。
 この部屋にあるベッドは一つだけ。二人で一室なのに、ベッドは部屋に一つだけ。

 これって、少しおかしくない?

「ねぇリゴール」
「はい?」
「この部屋、ベッドは一つしかないわよね?」

 それまでとまったく違う話をいきなり振ったからか、リゴールは顔に戸惑い色を浮かべていた。が、戸惑いつつも周囲をきちんと見回す。それから答える。

「確かに。そのようですね」
「二人の部屋なのに、変だわ」
「そうですか?」
「いや、だって、異性と同じベッドに入るなんてリゴールも嫌でしょう?」

 こんな状況下だから仕方ないとも言えないことはないが。

「そうですか? わたくしはべつに、気にはしませんよ」
「えっ……」
「昔は親と一緒に寝ていましたし。よく子守唄を歌ってもらったりしたものです」

 リゴールはそう言って笑う。

 その表情に穢れはない。
 真っ白な、純粋な、そんな笑顔だ。

「エアリはそうではないのですか?」
「私は……そういう経験はあまりないわ。母は仕事が忙しかったし、父は堅物だから」
「そうでしたか」
「あ、でも、バッサに物語を読んでもらったことはあるわよ」

 遠い昔のことだから、それがどんな物語だったかは忘れてしまった。ただ、バッサが枕元で物語を読み聞かせてくれたということだけは、今でも覚えている。

「……あの家も、今はもうないのでしょうけどね」

 ふと、父親やバッサのことが脳裏をよぎる。

 父親やバッサはもちろん、他の使用人たちも、皆無事だったのだろうか。怪我はなかったか、命を落とした者はいなかったのか、気になり出すと気になって仕方がない。

 楽しいことばかりではなかったし、あの村が大好きだったわけでもないけれど。

 でも、あそこは確かに、私が生まれ育った場所であって。

「……エアリ」

 リゴールが掠れたような小さな声をかけてくる。

「辛いのですか、やはり」
「まぁ、ね……。さすがに平気ってわけにはいかないわ」

 はぁ、と溜め息を漏らす。

「こんな心持ちじゃ駄目よね。今は生き延びられたことに感謝しなくてはならない時だというのに」

 するとリゴールは、私の両手を、包み込むように握ってきた。

「分かります」

 彼は私の手を優しく握ったまま、真っ直ぐに見つめてくる。

「……分かったようなことを言うなと、そう言われてしまうかもしれませんが。それでも、それでもどうか……分かると言わせて下さい」

 リゴールの眼差しが真剣な色を滲ませたものだったから、私は何も返せなかった。

「こんなですが、わたくしも一応、故郷を追われた身ですから……」

 そこまで言いきってから、リゴールは苦笑い。

「……少しはお力になれるかと」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...