あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
28 / 207

episode.27 母親との再会は唐突に

しおりを挟む
 リゴールとデスタンの始まりを聞いた日から三日ほどが経過した、ある朝。
 起きて間もない私を、ミセが呼びに来た。

「エアリ! お客様よ!」

 三十分ほど前に起きたばかりだから、寝巻きのままだし髪も整えていない。にもかかわらず、部屋の外へ出なくてはならなくなってしまった。

「お客様、ですか? 私に……?」
「そうよ! 早く来てちょうだい!」
「え、でも……」
「貴女の母を名乗っているのよ! いいから、早く来て!」

 身支度くらいさせてほしいのだが、ミセは聞いてくれそうにない。仕方がないから、私は、このままの状態で部屋を出ることにした。


 玄関を出てすぐのところに立っていたのは、私の母親——エトーリアだった。

 絹のように滑らかな長い金髪。サイドは長く伸びているが、後頭部側は華やかに結ばれている。また、肌は艶やかで、十代終わりの娘を持つ女性とは思えない。

 私にはまったく似ていない、美しい容姿をしている。

「……母さん」

 変わらない女神のような容姿を目にし、思わず漏らす。

「無事だったのね、エアリ!」
「どうしてここにいると……分かったの」

 すると、母親は抱き締めてきた。

「聞いたわ、屋敷が火事になったんですって? ……災難だったわね、エアリ。でももう大丈夫よ。エアリはわたしが護るわ。これまではあまり会えなかったけれど……これからは共に過ごしましょう」

 母親、エトーリア。
 彼女は仕事があるらしく、あまり家にいなかった。だから、今までずっと、たくさん話すことはできなくて。

 ——でも、その胸の温かさは失われていなかった。

 エトーリアは私を抱き締め終えると、ミセの方を向いて、すっと頭を下げる。

「うちの娘がお世話になりました」

 いきなり礼儀正しく礼を言われたミセは、きょとんとした顔をしながら「い、いえいえー」と返した。ミセは戸惑っているようだった。

「さぁエアリ、帰りましょう」
「待って母さん! 勝手に話を進めないで!」

 私を連れて帰る気満々の母親に向かって、私は言い放つ。

「一人でお世話になっているわけじゃないの。だから、勝手に帰るなんてできない」

 今度はエトーリアがきょとんとした顔をする番だった。

「一緒にお世話になっている人がいるの。それに、私たちをここへ泊まらせてくれた人もいる。だから、勝手に帰るわけにはいかないわ。彼らにきちんと話さなくちゃ駄目なの」

 リゴールにもデスタンにも、恩がある。
 だから、自分一人だけ勝手に脱出するようなこと、できるわけがない。

「そうなの?」
「えぇ。分かってくれた? 母さん」

 するとエトーリアは、穏やかな目をして、一度ゆっくりと頷いた。

「分かったわ。じゃあわたしは、エアリが準備できるまで待っているわね」
「……ありがとう、母さん」


 それから一旦自室へ戻り、リゴールに事情を話した。すると彼は「エアリのお母様になら、一度お会いしてみたい」と言った。私にはその意味がよく分からず、少々戸惑ってしまってしまったけれど、せっかくなので紹介することにした。それを聞いたミセは、気を利かせて、そのための部屋を用意してくれて。おかげで、三人で顔を合わせられることとなった。


 私が部屋へ入っていった時、エトーリアは既に、その部屋の中にいた。
 狭い部屋の中にある一つの丸いテーブル。それを取り囲むように置かれた幾つかの椅子の一つに、静かに座っていたのだ。

「お待たせ、母さん」

 私が先に部屋へ入る。
 するとエトーリアは、こちらを向いて、柔らかく微笑んだ。

「これは一体どういうことなの? エアリ。三人で、なんて、聞いていなかったわ」
「そうなの。そんなつもりはなくて……でも、彼が会ってみたいって言うから」

 すると、エトーリアは微笑む。

「……そう。分かったわ」

 三人にするべきではなかったかもしれない——そう不安になったりしたが、エトーリアが微笑んでくれたから、少しは心が軽くなった。

 ちょうどそのタイミングで、扉がほんの少し開く。
 細い隙間から、リゴールが覗いてきた。

「あ、あのー……」

 遠慮がちに声をかけてくるリゴール。
 私は彼をすぐに招き入れようとしたのだけれど——それより先に、エトーリアが発した。

「リゴール王子っ……!?」

 凄まじい勢いで、椅子から立ち上がる。
 無関係であるはずの母親がリゴールの名を呼んだことに、私は驚きを隠せない。

「え。ちょ……母さん?」
「……あ。ごめんなさい、人違いだわ」

 いや、人違いではないだろう。数多の名前の中から正しい名前を当てたのだから、それは人違いなどではない。見た目と名前のどちらもがまったく同じな者が二人もいるなんてことは、考えられないから。

「母さん……リゴールを知っているの?」

 改めて問うと、彼女は首を横に振った。

「……いいえ、彼ではないわね。彼なはずがない。人違いだわ。まだ故郷にいた頃……彼によく似た知り合いがいただけよ」
「故郷……?」
「えぇ。でも、もう昔のことよ。忘れてちょうだい」

 気になる点はいくつかある。だが、「忘れて」と言っている者に質問を続けるというのも問題だろうから、それ以上は質問しないでおいた。

「じゃあ! 改めて紹介するわ!」

 気を取り直して。

「彼はリゴール。あの火事の少し前に、森で出会ったの。出身は……」

 ホワイトスター。

 そう明かしてしまって良いのか分からず、リゴールを一瞥する。
 すると、彼は続けた。

「遠いところから参りました」

 そう言って、リゴールはエトーリアに笑いかける。

「エアリのお母様であると、お聞きしております」
「リゴールお……違ったわね。リゴールくん、エアリと一緒にいてくれてありがとう」

 リゴールくん、て。

 ……いや、べつに間違ってはいないのだが。

 しかし「くん」付けとは妙な感じがして仕方がない。

「わたしはエトーリア。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 頭を下げるリゴール。
 穏やかに微笑む私の母親——エトーリア。

 不思議な構図だ。

「リゴールくんがエアリを村の外へ避難させてくれたの? ありがとう。おかげで、エアリが無事で済んだわ」

 感謝の言葉を述べられたリゴールは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「い、いえ……勝手に彼女まで避難させてしまって、すみませんでした」
「許すわ。だって、おかげでエアリは無事だったんだもの」

 勝手な行動をしてしまったことを怒られなくて良かった。
 今、私の心は、その思いで満ちている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...