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episode.28 頭がパンクしそう
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その後、私は、久しぶりに再会した母親エトーリアと共に、今彼女が住んでいる家へ向かうことになった。
……と言っても、これからずっとそちらで暮らすというわけではない。
それは、私が望まないからである。
安定した生活を得るという意味では、エトーリアの家へ行きそこで暮らすことが一番良いのだろう。でも、そうすると、せっかく親しくなれたリゴールに会えなくなってしまう。それは寂しい。
だから、一旦は彼女の家へ行くけれど、またミセの家へ帰ってくると、リゴールにはそう伝えておいた。
移動している間、馬車の中には私とエトーリアだけ。馬車に乗るのは二度目だから慣れてきているものの、エトーリアと二人きりというのは初めてなので、不思議な気分になる。
「ふふ。二人で出掛けるなんて、いつ以来かしら。エアリ」
「記憶にないわ」
前に会ったのがいつだったかさえ、忘れてしまいそうなくらいだ。
そんな状態だから、前に出掛けたのがいつだったかなんて、思い出しようがない。
それでもやはり、私と彼女は母と娘で。
だから、しばらく会っていなくても、普通に言葉を交わすことができる。
「母さんは仕事が忙しいのでしょう? 父さんからそう聞いていたわ。一体何のお仕事をしているの?」
狭い馬車の中、向かいの席に座っているエトーリアは、本当に美しかった。
彼女が私の母親だなんて、見た目では、とても信じられない。
白いレースに包まれた胸元も、水色のワンピースがぴったりと密着しているくびれも、私よりずっと綺麗。
「……えぇ、しばらく忙しくしていたわ。だから、家にもあまり帰ることができなかった、ごめんなさいね、エアリ」
じっと見つめて謝られると、何だか恥ずかしくなってしまって。
私は、視線を窓の外へと泳がす。
答えをぼかされてしまった気がするが、まぁ、今日のところはそれでいいとしよう。
「べつに気にしていないわ」
エトーリアの顔を見ることはできなかったが、そう返すことはできた。
窓の外には、穏やかな青空が広がっている。
「ところで母さん。一つ聞いてもいい?」
「いいわよ」
「どうして……彼のこと、リゴール王子って知っていたの?」
聞かない方がいい。そう思いもしたのだが、やはりどうしても気になってしまうから、思いきって尋ねてみた。
その問いに、エトーリアは口を閉ざす。
何か考え事をしているような顔で、じっと黙っている。
「母さん……」
「……そうね、エアリには話すべきかもしれないわね」
彼女の第一声はそれだった。
「わたしの生まれ育った国の王子がね、彼に凄くよく似ていたの。それに、名前もリゴールだった……」
偶然の一致?
いや、そんな偶然はあり得ない。
「その生まれ育った国って……ホワイトスターっていうところ?」
そんなこと、あるわけがない——そう思いつつも、私は尋ねた。
するとエトーリアは目を大きく見開く。
「どうしてその名を!?」
エトーリアはかなり動揺しているようだった。
だが、今動揺しているのは、エトーリアだけではない。私だって、同じように驚いていた。
「リゴールはホワイトスターの王子だわ」
「……本気で言っているの? エアリ」
「えぇ、嘘じゃないわ。だって、彼はリゴール・ホワイトスター。今はもうないけれど、ホワイトスターという世界の王子だったって、そう言っていたもの」
言い終わるや否や、エトーリアは大きな声を出す。
「今はもうない、ですって!?」
「え、えぇ……そう言っていたけれど……」
「ホワイトスターが滅んだということ!?」
エトーリアの鋭い叫びによって、馬車内の空気が揺れる。
それまでは馬車特有の微かな震動以外の音はほとんどなかったため、彼女の叫びが余計に大きく聞こえた。
「……信じられないわ。あれからの間に、一体何があったというの」
いや、「信じられない」と言いたいのは私の方だ。
この世の者たちはホワイトスターのことなんて知らない。私だって、リゴールと出会ったから知ることができただけであって、彼と出会わなければ知ることはなかっただろう。
そのくらいの認知度なのに、エトーリアはホワイトスターを知っていて。
しかも、生まれ育ったなんて言い出す。
話についていけないのだが。
「何があったかまでは分からないわ。リゴールに聞けば分かるでしょうけど……」
私はそう述べた。
それに対しエトーリアは、胸に右手を当てながら、静かに返してくる。
「そう。そうよね、仕方ないわ。エアリは当事者じゃないものね」
私は一旦黙り、しばらくしてから発する。
「……それより、母さんがホワイトスターを知っていたことが驚きよ」
ホワイトスターが滅んだ理由も、大切でないことはない。特に、ホワイトスターをよく知る者にとっては、気になるところなのだろう。
だが、私にとっては、それより重要なところがある。
エトーリアが、私の母親が、ホワイトスター出身であった——というところだ。
「そうね。驚かせてしまってごめんなさい、エアリ。黙っていたことは悪かったと思っているわ」
こんな身近に、ホワイトスターにルーツを持つ者がいたなんて。
「そのこと、父さんは知っているの?」
「知らないわ」
「えっ。隠しているの?」
「そうよ。彼は、私がこちらへ来て働いていた時に出会った人だもの」
父親が知らないのなら、私が知らなかったのも仕方がない、か。
「じゃあ、今後も父さんには言わない方がいいわね」
何も考えずそう発すると、エトーリアの表情が一変する。
それだけは言わないでほしかった、とでも言わんばかりに。
「……エアリ」
「え?」
「父さんは……その」
目を伏せ、悲しげに声を揺らす。
「この前の火事で……亡くなったのよ」
時が止まった。
ほんの一瞬、そんな気がした。
「やはりまだエアリは知らなかったのね。……伝えるのが遅くなってごめんなさい」
エトーリアは顔を俯け、秋の夕暮れのような声で述べる。
馬車内に、葬式のような空気が広がっていく。私にとっては父親、エトーリアにとっては夫にあたる人が命を落としたというのだから、仕方のないことではあるのだけれど。でも、つい先ほどまでの穏やかな時間が恋しい。
「父さんは……逃げ遅れたの?」
いきなり言われても、どうも実感が湧かない。
「わたしもその場にいたわけではないから、詳しいことまでは分からないわ」
エトーリアは瞼を閉じたまま、ゆっくりと首を左右に動かす。
「母さんはどうして知ったの?」
「家で働いてくれていた方いらっしゃったでしょう? えぇと……バッサさん、だったかしら」
「バッサが伝えたのね!」
「えぇ、そうなの。他二人くらいの使用人の方を連れて、わたしが暮らしている家まで知らせに来てくれたのよ」
こんなことを考えては叱られるかもしれないが……バッサが無事だと分かって嬉しかった。実質母親のような存在であったバッサに、あんな形で別れてもう二度と会えないなんて、そんなのは胸が痛い。
「バッサ……無事だったのね。良かった……」
彼女の無事を耳にした途端、急に心が解れた。
日々の中で特別彼女の身を案じていたというわけではないけれど、心のどこかで実は心配していたのかもしれない。
「彼女もわたしの家にいるわ。会えるわよ、エアリ」
「それは嬉しいわ! 変な別れ方になってしまったから、きちんと謝りたかったの!」
バッサが生きていたことは、とても嬉しいことだ。今すぐここで踊り出したくなるくらい、嬉しい。
けれど、正直、頭が追いついていない部分もかなりあった。
エトーリアがホワイトスターを知っていたこと。
父親があの世へ旅立ってしまったこと。
新しい情報が多すぎて、頭がパンクしてしまいそうだ。
……と言っても、これからずっとそちらで暮らすというわけではない。
それは、私が望まないからである。
安定した生活を得るという意味では、エトーリアの家へ行きそこで暮らすことが一番良いのだろう。でも、そうすると、せっかく親しくなれたリゴールに会えなくなってしまう。それは寂しい。
だから、一旦は彼女の家へ行くけれど、またミセの家へ帰ってくると、リゴールにはそう伝えておいた。
移動している間、馬車の中には私とエトーリアだけ。馬車に乗るのは二度目だから慣れてきているものの、エトーリアと二人きりというのは初めてなので、不思議な気分になる。
「ふふ。二人で出掛けるなんて、いつ以来かしら。エアリ」
「記憶にないわ」
前に会ったのがいつだったかさえ、忘れてしまいそうなくらいだ。
そんな状態だから、前に出掛けたのがいつだったかなんて、思い出しようがない。
それでもやはり、私と彼女は母と娘で。
だから、しばらく会っていなくても、普通に言葉を交わすことができる。
「母さんは仕事が忙しいのでしょう? 父さんからそう聞いていたわ。一体何のお仕事をしているの?」
狭い馬車の中、向かいの席に座っているエトーリアは、本当に美しかった。
彼女が私の母親だなんて、見た目では、とても信じられない。
白いレースに包まれた胸元も、水色のワンピースがぴったりと密着しているくびれも、私よりずっと綺麗。
「……えぇ、しばらく忙しくしていたわ。だから、家にもあまり帰ることができなかった、ごめんなさいね、エアリ」
じっと見つめて謝られると、何だか恥ずかしくなってしまって。
私は、視線を窓の外へと泳がす。
答えをぼかされてしまった気がするが、まぁ、今日のところはそれでいいとしよう。
「べつに気にしていないわ」
エトーリアの顔を見ることはできなかったが、そう返すことはできた。
窓の外には、穏やかな青空が広がっている。
「ところで母さん。一つ聞いてもいい?」
「いいわよ」
「どうして……彼のこと、リゴール王子って知っていたの?」
聞かない方がいい。そう思いもしたのだが、やはりどうしても気になってしまうから、思いきって尋ねてみた。
その問いに、エトーリアは口を閉ざす。
何か考え事をしているような顔で、じっと黙っている。
「母さん……」
「……そうね、エアリには話すべきかもしれないわね」
彼女の第一声はそれだった。
「わたしの生まれ育った国の王子がね、彼に凄くよく似ていたの。それに、名前もリゴールだった……」
偶然の一致?
いや、そんな偶然はあり得ない。
「その生まれ育った国って……ホワイトスターっていうところ?」
そんなこと、あるわけがない——そう思いつつも、私は尋ねた。
するとエトーリアは目を大きく見開く。
「どうしてその名を!?」
エトーリアはかなり動揺しているようだった。
だが、今動揺しているのは、エトーリアだけではない。私だって、同じように驚いていた。
「リゴールはホワイトスターの王子だわ」
「……本気で言っているの? エアリ」
「えぇ、嘘じゃないわ。だって、彼はリゴール・ホワイトスター。今はもうないけれど、ホワイトスターという世界の王子だったって、そう言っていたもの」
言い終わるや否や、エトーリアは大きな声を出す。
「今はもうない、ですって!?」
「え、えぇ……そう言っていたけれど……」
「ホワイトスターが滅んだということ!?」
エトーリアの鋭い叫びによって、馬車内の空気が揺れる。
それまでは馬車特有の微かな震動以外の音はほとんどなかったため、彼女の叫びが余計に大きく聞こえた。
「……信じられないわ。あれからの間に、一体何があったというの」
いや、「信じられない」と言いたいのは私の方だ。
この世の者たちはホワイトスターのことなんて知らない。私だって、リゴールと出会ったから知ることができただけであって、彼と出会わなければ知ることはなかっただろう。
そのくらいの認知度なのに、エトーリアはホワイトスターを知っていて。
しかも、生まれ育ったなんて言い出す。
話についていけないのだが。
「何があったかまでは分からないわ。リゴールに聞けば分かるでしょうけど……」
私はそう述べた。
それに対しエトーリアは、胸に右手を当てながら、静かに返してくる。
「そう。そうよね、仕方ないわ。エアリは当事者じゃないものね」
私は一旦黙り、しばらくしてから発する。
「……それより、母さんがホワイトスターを知っていたことが驚きよ」
ホワイトスターが滅んだ理由も、大切でないことはない。特に、ホワイトスターをよく知る者にとっては、気になるところなのだろう。
だが、私にとっては、それより重要なところがある。
エトーリアが、私の母親が、ホワイトスター出身であった——というところだ。
「そうね。驚かせてしまってごめんなさい、エアリ。黙っていたことは悪かったと思っているわ」
こんな身近に、ホワイトスターにルーツを持つ者がいたなんて。
「そのこと、父さんは知っているの?」
「知らないわ」
「えっ。隠しているの?」
「そうよ。彼は、私がこちらへ来て働いていた時に出会った人だもの」
父親が知らないのなら、私が知らなかったのも仕方がない、か。
「じゃあ、今後も父さんには言わない方がいいわね」
何も考えずそう発すると、エトーリアの表情が一変する。
それだけは言わないでほしかった、とでも言わんばかりに。
「……エアリ」
「え?」
「父さんは……その」
目を伏せ、悲しげに声を揺らす。
「この前の火事で……亡くなったのよ」
時が止まった。
ほんの一瞬、そんな気がした。
「やはりまだエアリは知らなかったのね。……伝えるのが遅くなってごめんなさい」
エトーリアは顔を俯け、秋の夕暮れのような声で述べる。
馬車内に、葬式のような空気が広がっていく。私にとっては父親、エトーリアにとっては夫にあたる人が命を落としたというのだから、仕方のないことではあるのだけれど。でも、つい先ほどまでの穏やかな時間が恋しい。
「父さんは……逃げ遅れたの?」
いきなり言われても、どうも実感が湧かない。
「わたしもその場にいたわけではないから、詳しいことまでは分からないわ」
エトーリアは瞼を閉じたまま、ゆっくりと首を左右に動かす。
「母さんはどうして知ったの?」
「家で働いてくれていた方いらっしゃったでしょう? えぇと……バッサさん、だったかしら」
「バッサが伝えたのね!」
「えぇ、そうなの。他二人くらいの使用人の方を連れて、わたしが暮らしている家まで知らせに来てくれたのよ」
こんなことを考えては叱られるかもしれないが……バッサが無事だと分かって嬉しかった。実質母親のような存在であったバッサに、あんな形で別れてもう二度と会えないなんて、そんなのは胸が痛い。
「バッサ……無事だったのね。良かった……」
彼女の無事を耳にした途端、急に心が解れた。
日々の中で特別彼女の身を案じていたというわけではないけれど、心のどこかで実は心配していたのかもしれない。
「彼女もわたしの家にいるわ。会えるわよ、エアリ」
「それは嬉しいわ! 変な別れ方になってしまったから、きちんと謝りたかったの!」
バッサが生きていたことは、とても嬉しいことだ。今すぐここで踊り出したくなるくらい、嬉しい。
けれど、正直、頭が追いついていない部分もかなりあった。
エトーリアがホワイトスターを知っていたこと。
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