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episode.29 どうか、奇跡を
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揺られ続けることしばらく。
がたん、と音を立てて、唐突に馬車が止まった。
向かいに座るエトーリアと顔を見合わせる。
恐らく、人か野生動物かと接触しかけて急停止した、といったところだろう。そんな風に思い、再び動き出すのを待つ。
だが、数分が経過しても馬車が再び動くことはなかった。
なかなか動き始めないことに違和感を抱き始めた頃、エトーリアが立ち上がる。
「何かあったのかしらね? 少し様子を見てくるわ」
エトーリアは入り口に向かって数歩進み、扉をゆっくりと開ける——直前、窓から人影が見えた。
「待って! 母さん!」
嫌な予感がして叫ぶ。
「え?」
「開けないで!」
エトーリアは戸惑った顔をしながらも、扉を開けないでいてくれた。
私は木材製の壁で身を隠すようにしながら、窓から外を覗く。人影の正体を確認するためである。
「……やっぱり」
銀の緩い三つ編みに、燃えるような赤い瞳——ウェスタだ。
私を狙っているのか。
それとも、リゴールを探しているのか。
そこのところは明確ではないが、顔を合わせるとなると厄介だ。リゴールがおらずとも、攻撃される可能性がないわけではないのだし。
「何がどうなっているの? エアリ」
「あの人……厄介な人だわ」
エトーリアは、私とは反対の窓から、外を覗いていた。
「厄介な人? あの女性が?」
「えぇ。前にリゴールを狙って襲ってきたの」
「それは確かに厄介ね」
呑気に「厄介ね」なんて言っている場合ではないと思うのだが。
「できれば顔を合わせたくないわ……」
私は思わず漏らす。
すると、エトーリアは閃いたように言う。
「分かった! じゃあ、わたしが話をしてみるわ!」
「え」
「エアリのことは知っているとしても、わたしのことまでは知らないはずだもの。わたしが話せば安全よ」
安全だとは思えない。
私が出ていくよりはましかもしれないけれど、知らない人だからといってウェスタが何もしないという保証は、どこにもない。
「危険よ、母さん」
「でも、ずっとこのままというわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ふふ。大丈夫よ、エアリ。きっと分かってもらえるわ」
エトーリアは穏やかに微笑みながら扉を開ける。そして、馬車から降りていった。
私は一人残される。
こんなところで一人隠れているなんて、怖いものから逃げているみたいでかっこ悪い。そう思いもしたが、それでも、馬車から降りていく勇気はなかった。
馬車の中でしゃがみ、エトーリアが戻ってくるのを待つ。
私が出ていくよりかはましだろうが、それでも、相手はウェスタ。油断はできない。
誰か一人でも彼女の相手をできる者がいればいいのに——そう思った時、ペンダントのことを思い出す。
「……そうだ」
首にかけている、銀と白のペンダント。リゴールから貰ったものだ。
確か、これは剣に変化させることができたはず。
今はペンダントの形だし、どうすれば剣になるのかも分からない。けれど、これを剣の形にすることができたなら、少しは戦えるかもしれない。
もっとも、素人の私が剣を握ったところで、ウェスタを撃退できる保証なんてどこにもないのだが。
「でもこれ……どうすれば剣になるのかしら」
前に剣になった時は、土壇場での変化だった。それゆえ、どうすれば変化するのか、はっきりとした答えは知らない。きっと何かあるのだろうが。
その時、何やら大きな破裂音が耳に飛び込んできた。
一瞬は耳を塞ぎ、その後すぐに、窓から外の様子を確認する——と、地面に倒れ込んでいるエトーリアの姿が見えて。
「……っ!」
思わず手で口を押さえる。
助けないと。
そう思った私は、半ば無意識のうちに馬車の外へ駆け出す。
「母さんっ!」
馬車を降り、地面に倒れ込んでいるエトーリアに駆け寄る。
「何をされたの!?」
倒れ込んでいるエトーリアに問う。
すると彼女は、掠れた声でそっと答える。
「……平気よ、エアリ」
「とても平気には見えないわ、母さん……」
意識ははっきりしているようだ。それに、目立った外傷もない。出血があるわけでもないから、早く手当てしなければ死ぬということはないだろう。
だが、それでも、心配であることに変わりはない。
「それより……駄目じゃない、エアリ。馬車から降りて……くるなんて」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ!?」
「駄目よ降りてくるなんて……。危険よ」
エトーリアは私のことを心配してくれているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
横たわるエトーリアを抱えようと彼女の体に手を回した、ちょうどその時。
冷ややかな声が聞こえてきた。
「……来たね」
聞き覚えのある声に、私は視線を上げる。
——その先にはウェスタ。
「貴女……!」
「……こんなところで会うとはね」
銀の三つ編みが風に揺れている。
「正直驚いた。でも……ちょうどいい」
ウェスタは淡々と述べつつ、私とエトーリアの方へ歩み寄ってくる。
「来ないで!」
「……それはできない」
「貴女、母さんに何をしたの!」
「……答える必要はない」
こんな形で彼女と再会することになるなんて、何ともついていない。
街から少し外れた人通りのない道。
助けを呼ぶことはできない。
一体どうしろと。
戦えとでも言いたいのか、運命は。
「貴女の狙いはリゴールでしょう? 残念だけど、彼はここにはいないわよ」
「……それは問題ない。ホワイトスターの王子は、今頃グラネイトが殺しているだろう」
「何ですって!?」
……いや、落ち着こう。
ウェスタの発言は偽りかもしれない。私を動揺させるための嘘ということも考えられる。
それに、リゴールはそう易々と殺されるような弱者ではない。
「そんなことを言って、何のつもり?」
「……事実を述べたまで」
ウェスタの赤い瞳は、私をじっと捉えて離さない。
その視線は、まるで刃のよう。鋭くて恐ろしい。
けれど、その程度で怯む私ではない!
「残念だけどね! リゴールはそんなに弱くないわよ! あんな間抜けに負けたりしないわ!」
本当は怖いのだが、弱気なところを見せたくなくて、日頃より強気に振る舞う。
「……そうは思えない」
ウェスタは相変わらずの淡々とした口調で言った。
「グラネイトが間抜けであることは認める。だが……ホワイトスターの王子にも勝てぬほどの間抜けではない」
ウェスタはそう言って、右手を掲げる。すると、その手に赤い炎が宿った。
「……今日こそは仕留める」
逃げることが最善。
それができるなら、迷わずそうしただろう。
だが、今の私には、逃げるという道がなかった。どうしても、その道は見つけられなくて。
——だから。
「分かったわ! 相手してあげるわよ!」
私はペンダントを握る。
奇跡は何度も起こらない。世の中そんなに上手くできてはいない。
それは分かっている。
でも、それでも——。
どうか、奇跡を。
がたん、と音を立てて、唐突に馬車が止まった。
向かいに座るエトーリアと顔を見合わせる。
恐らく、人か野生動物かと接触しかけて急停止した、といったところだろう。そんな風に思い、再び動き出すのを待つ。
だが、数分が経過しても馬車が再び動くことはなかった。
なかなか動き始めないことに違和感を抱き始めた頃、エトーリアが立ち上がる。
「何かあったのかしらね? 少し様子を見てくるわ」
エトーリアは入り口に向かって数歩進み、扉をゆっくりと開ける——直前、窓から人影が見えた。
「待って! 母さん!」
嫌な予感がして叫ぶ。
「え?」
「開けないで!」
エトーリアは戸惑った顔をしながらも、扉を開けないでいてくれた。
私は木材製の壁で身を隠すようにしながら、窓から外を覗く。人影の正体を確認するためである。
「……やっぱり」
銀の緩い三つ編みに、燃えるような赤い瞳——ウェスタだ。
私を狙っているのか。
それとも、リゴールを探しているのか。
そこのところは明確ではないが、顔を合わせるとなると厄介だ。リゴールがおらずとも、攻撃される可能性がないわけではないのだし。
「何がどうなっているの? エアリ」
「あの人……厄介な人だわ」
エトーリアは、私とは反対の窓から、外を覗いていた。
「厄介な人? あの女性が?」
「えぇ。前にリゴールを狙って襲ってきたの」
「それは確かに厄介ね」
呑気に「厄介ね」なんて言っている場合ではないと思うのだが。
「できれば顔を合わせたくないわ……」
私は思わず漏らす。
すると、エトーリアは閃いたように言う。
「分かった! じゃあ、わたしが話をしてみるわ!」
「え」
「エアリのことは知っているとしても、わたしのことまでは知らないはずだもの。わたしが話せば安全よ」
安全だとは思えない。
私が出ていくよりはましかもしれないけれど、知らない人だからといってウェスタが何もしないという保証は、どこにもない。
「危険よ、母さん」
「でも、ずっとこのままというわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ふふ。大丈夫よ、エアリ。きっと分かってもらえるわ」
エトーリアは穏やかに微笑みながら扉を開ける。そして、馬車から降りていった。
私は一人残される。
こんなところで一人隠れているなんて、怖いものから逃げているみたいでかっこ悪い。そう思いもしたが、それでも、馬車から降りていく勇気はなかった。
馬車の中でしゃがみ、エトーリアが戻ってくるのを待つ。
私が出ていくよりかはましだろうが、それでも、相手はウェスタ。油断はできない。
誰か一人でも彼女の相手をできる者がいればいいのに——そう思った時、ペンダントのことを思い出す。
「……そうだ」
首にかけている、銀と白のペンダント。リゴールから貰ったものだ。
確か、これは剣に変化させることができたはず。
今はペンダントの形だし、どうすれば剣になるのかも分からない。けれど、これを剣の形にすることができたなら、少しは戦えるかもしれない。
もっとも、素人の私が剣を握ったところで、ウェスタを撃退できる保証なんてどこにもないのだが。
「でもこれ……どうすれば剣になるのかしら」
前に剣になった時は、土壇場での変化だった。それゆえ、どうすれば変化するのか、はっきりとした答えは知らない。きっと何かあるのだろうが。
その時、何やら大きな破裂音が耳に飛び込んできた。
一瞬は耳を塞ぎ、その後すぐに、窓から外の様子を確認する——と、地面に倒れ込んでいるエトーリアの姿が見えて。
「……っ!」
思わず手で口を押さえる。
助けないと。
そう思った私は、半ば無意識のうちに馬車の外へ駆け出す。
「母さんっ!」
馬車を降り、地面に倒れ込んでいるエトーリアに駆け寄る。
「何をされたの!?」
倒れ込んでいるエトーリアに問う。
すると彼女は、掠れた声でそっと答える。
「……平気よ、エアリ」
「とても平気には見えないわ、母さん……」
意識ははっきりしているようだ。それに、目立った外傷もない。出血があるわけでもないから、早く手当てしなければ死ぬということはないだろう。
だが、それでも、心配であることに変わりはない。
「それより……駄目じゃない、エアリ。馬車から降りて……くるなんて」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ!?」
「駄目よ降りてくるなんて……。危険よ」
エトーリアは私のことを心配してくれているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
横たわるエトーリアを抱えようと彼女の体に手を回した、ちょうどその時。
冷ややかな声が聞こえてきた。
「……来たね」
聞き覚えのある声に、私は視線を上げる。
——その先にはウェスタ。
「貴女……!」
「……こんなところで会うとはね」
銀の三つ編みが風に揺れている。
「正直驚いた。でも……ちょうどいい」
ウェスタは淡々と述べつつ、私とエトーリアの方へ歩み寄ってくる。
「来ないで!」
「……それはできない」
「貴女、母さんに何をしたの!」
「……答える必要はない」
こんな形で彼女と再会することになるなんて、何ともついていない。
街から少し外れた人通りのない道。
助けを呼ぶことはできない。
一体どうしろと。
戦えとでも言いたいのか、運命は。
「貴女の狙いはリゴールでしょう? 残念だけど、彼はここにはいないわよ」
「……それは問題ない。ホワイトスターの王子は、今頃グラネイトが殺しているだろう」
「何ですって!?」
……いや、落ち着こう。
ウェスタの発言は偽りかもしれない。私を動揺させるための嘘ということも考えられる。
それに、リゴールはそう易々と殺されるような弱者ではない。
「そんなことを言って、何のつもり?」
「……事実を述べたまで」
ウェスタの赤い瞳は、私をじっと捉えて離さない。
その視線は、まるで刃のよう。鋭くて恐ろしい。
けれど、その程度で怯む私ではない!
「残念だけどね! リゴールはそんなに弱くないわよ! あんな間抜けに負けたりしないわ!」
本当は怖いのだが、弱気なところを見せたくなくて、日頃より強気に振る舞う。
「……そうは思えない」
ウェスタは相変わらずの淡々とした口調で言った。
「グラネイトが間抜けであることは認める。だが……ホワイトスターの王子にも勝てぬほどの間抜けではない」
ウェスタはそう言って、右手を掲げる。すると、その手に赤い炎が宿った。
「……今日こそは仕留める」
逃げることが最善。
それができるなら、迷わずそうしただろう。
だが、今の私には、逃げるという道がなかった。どうしても、その道は見つけられなくて。
——だから。
「分かったわ! 相手してあげるわよ!」
私はペンダントを握る。
奇跡は何度も起こらない。世の中そんなに上手くできてはいない。
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でも、それでも——。
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