あなたの剣になりたい

四季

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episode.34 一泊して

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 その後、私とエトーリアは、話題を変えて話を続けた。

 亡くなった父親の遺産をどうするかだとか、これからどこでどのように生活するかだとか、あまり明るくない話ばかりで。正直私は楽しくなかったし、エトーリアも薄暗い曇り空のような表情のままだった。必要なことだから仕方ない。話さなくてはならない。そう分かっていても、進んで話そうという気にはなれなかった。それは多分、エトーリアも同じだっただろう。

 話がひと段落した後、エトーリアと二人で昼食をとった。

 その後は、彼女に、屋敷の中を案内してもらうことになり。彼女の背を追うように、屋敷の内部を歩き回った。

 日が落ちる頃になると、また二人で、今度は夕食をとる。バッサを中心に数名の使用人が、昼食よりやや本格的な料理を用意してくれて、結構美味しかった。

 夕食の後しばらくして風呂に入り、エトーリアの部屋で眠る。

 エトーリアとこんなにも一緒にいる日、というのは、いつ以来だっただろうか。もう思い出せないし、あったのかどうかすら分からない。

 でも、過去のことなんて、本当はどうでもいいのかもしれない。
 大切なのは過去ではなく、今この手の内にある現在と、いつか来る変えようのある未来。

 ——私はそう思う。

 こうして、一日はあっという間に過ぎたのだった。


「本当にもう帰ってしまうの? エアリ」

 翌朝、朝食をとっている時、エトーリアは寂しそうに質問してきた。

「えぇ、そのつもりよ」

 私はふわふわの白いパンを指で千切り、口に入れる直前で手を止めて答える。

「寂しくなるわ……」
「ごめんなさい、母さん」

 そう謝ると、エトーリアは慌てたように首を左右に動かす。

「あ、いえ! いいのよ! 気にすることはないわ」

 白いパンは柔らかくて甘みが強い。砂糖のような甘さではなく、自然な素材の甘さという感じが、私の口には合っていた。

「でもエアリ。本当にここで暮らす気はないの?」
「えぇ。リゴールを心配させるのは嫌なの」
「……大切に思っているのね」
「そうよ。だって、年の近い友人なんて、滅多にできないもの」

 事実、あの村には、同年代の者はあまりいなかった。だから、年の近い友人ができることなんて、滅多になかった。だからこそ、彼のことは大切にしたいと思う。

 その時、ふと思いついた。

「あ、そうだ」
「どうしたの? エアリ」
「リゴールもここで暮らすようにすれば、私も母さんと一緒にいられるわ」

 すると、「また?」というような顔をされてしまった。

「やっぱり……駄目?」

 正直、駄目と言われる気しかしない。が、ほんの少しでも可能性があるなら諦めたくなくて。だから私は、一応、もう一度確認しておく。

 しかし、返答は予想通り。
 何の面白みもないもの。

「駄目とは言いたくないけれど……でもね、エアリ。ここはリゴール王子を受け入れるに相応しいような家ではないのよ」

 エトーリアの口調は柔らかく優しげだ。けれど、その言葉は、完全に拒否していた。

「そんなことはないと思うわ! むしろ、ホワイトスターのことだとか、事情が理解されやすい環境の方が、リゴールも過ごしやすいはずだわ!」

 エトーリアは唇を結ぶ。
 それからしばらく、彼女は、何やら思考を巡らせているような顔をしていた。

 その間、私は食事を続ける。

 綿のような触り心地の白いパンを千切り、トマト風味の濃厚なスープに浸けてから、口へ運ぶ。すると、口の中に、パンの甘みとスープの酸味が広がった。甘い物と酸っぱい物というと正反対なように感じるけれど、案外しっくりくる。

「……そうね」

 密かに食事を楽しんでいると、エトーリアが控えめに口を開いた。

「もし彼がそれを良しとするのなら……悪くはないかもしれないわね。そうすればエアリと一緒にいられるのだし……」

 私は咄嗟に立ち上がる。

「でしょ!?」

 食事中に意味もなくいきなり椅子から立つというのは、問題だったかもしれない。

 が、ある意味仕方がなかったのだ。
 考えてやったことではなく、勢いでやってしまったことだったから。

「母さんが許してくれるなら、私、リゴールに話してみるわ! それで、もし彼が『それでいい』って言ってくれたら、ここで暮らすわ!」

 リゴールならきっと、分かってくれるだろう。そして、私と一緒に来てくれるはずだ。ただ、デスタンという存在が若干不安ではあるが。

「あ……でも」
「どうしたの? エアリ」
「昨日みたいに敵に絡まれることになる可能性はあるわ……」

 すると、エトーリアは頬を緩める。

「……リゴール王子を迎えるとなったら、それも仕方ないわね」
「許してくれる!?」
「なるべくそんなことにはならないようにしたいところだけれど……最悪の場合は仕方ないわ」

 エトーリアの言葉に、私は、大きく「ありがとう!」と返した。

 本当のところを言えば、こんなに上手くいくとは思っていなかった。リゴールをここへ連れてくるというだけのことでも断られていたのだ、敵に襲われることを許してもらえるはずがない。そう考えていた。

 でも、現実は意外と違って。

 予想より温かい返答を貰うことができた——それは嬉しい。


 朝食を済ませると、私は一人、屋敷の前から馬車へ乗る。
 エトーリアとバッサは、門の前まで見送りに来てくれた。二人とも、どことなく寂しげな顔つきだ。

「エアリお嬢様、お気をつけて」

 バッサはゆったりとお辞儀をする。

「道中襲われないよう気をつけるのよ、エアリ」

 エトーリアは不安げな眼差しをこちらへ向けていた。

 心配させてしまうなんて。
 そんな思いも強い。
 だが、私は戻ると決めたのだ。一度決めたことだから、もう迷いはしない。

 それに、リゴールのもとへ帰ったからといって、エトーリアとは永遠に別れることになるというわけではない。またそう遠くない未来で会えるだろう。

「ありがとう、母さん。今度はリゴールと一緒に帰ってこられるように、頑張ってみるわ」
「無理そうなら、無理して連れてこなくていいのよ」
「分かったわ。でも、きっと大丈夫よ。リゴールなら……分かってくれるはず」

 やがて、馬車は走り始める。
 私は最後に、窓から、屋敷の方を見た。そして、見送ってくれているバッサとエトーリアに手を振った。
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