あなたの剣になりたい

四季

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episode.43 ホウキ

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 リゴールは私が一緒に行くと言ったことに驚いていた。だが、本来そこは、驚くべきところではない。トランの声は「二人で」と言っていたのだから。

 それを伝えると。

「そういえば確かに、『二人で』と言っていたような気はしますね……」

 リゴールはそんな風に返してきた。
 彼は、トランが「二人で」と言ったことを、はっきりと記憶してはいないようで。しかし、私が間違ったことを言っていると捉えているわけでもないようだ。

「しかしエアリ。本当に一緒に行って下さるのですか?」
「えぇ、そのつもりよ」

 私は既に、彼と行くと決めたのだ。一度決めたことを変える気はない。

「危険な目に遭うことになるかもしれないのですよ……?」

 リゴールは遠慮がちに私の顔を見つめる。私の顔色を窺っているような目つきだ。

「それでもいいわ。リゴールを一人で行かせるくらいなら、危険な目に遭う方がましよ」
「……そ、そうなのですか」
「そうよ!」

 もちろん、進んで危険な目に遭いたいというわけではない。
 だが、彼を一人で行かせてもし帰ってこなかったりしたら、この先ずっと後悔することになるだろう。そんなことになるくらいなら、多少危険があったとしても、二人で行く方が良いと思うのだ。

「行くのは明日の朝だったわよね?」
「はい」
「じゃ、それまでに準備をしておくわ」

 リゴールは戸惑ったような顔をしながら「準備ですか?」と言ってくる。

「えぇ。武器の準備とかね」
「ぶ、武器とは……?」
「ホウキか何か、ミセさんから借りてくるわ!」

 リゴールには魔法がある。だが、私には武器がない。ペンダントが剣に変わってくれればそれを武器として使えるが、敵地へ乗り込む時にそんな不確かなものに頼るわけにはいかないのだ。だから、少しでも戦えるような物を持っていかなくてはならない。


 その後、私はミセの部屋へ向かった。

 既に自室から出ているという可能性もあったため、彼女の部屋へ訪れたからといって絶対に会えるとは限らず。

 しかし、扉をノックすると、ミセは出てきた。

「あーら? エアリ?」

 ミセは、肩から胸元にかけて大きく開いた、セクシーなデザインの白いネグリジェをまとっている。裾の方がレース生地になっていて脚のラインがうっすら透けて見えるところも、これまた刺激的。

 彼女の姿を男性が目にしたら、きっと、迷わず擦り寄りたくなるだろう。

 ……いや、それは冗談だが。

「今、少し構いませんか」
「何かしら」
「ホウキか何か……もしあれば、貸していただきたいのですが」

 いきなりこんなことを言ったら、怪しまれるに違いない。そう思いつつも、私は直球で行くことにした。

「ホウキ? また急ねぇ」

 ミセは面に戸惑いの色を浮かべつつ、一本だけ伸ばした人差し指を厚みのある唇に当てる。

「あったかしら……」
「なさそうですか?」
「いーえ。少し待ってちょうだい。確かあったはず」

 そう言って、彼女は部屋から出てくる。

「ついてきて」
「はい」


 暫し歩き、たどり着いたのは、私よりずっと背の高い掃除用具箱の前。

 木製の掃除用具箱は非常に古そうで、全体的に汚れている。しかもそれだけではなく、ところどころ欠けていたりもする。ボロボロという言葉がよく似合う見た目だ。

 その扉を、ミセはゆっくりと開ける。
 するとそこには何本ものホウキが。

「やっぱりあったわ」

 ミセは満足そうに漏らし、掃除用具箱の中からホウキを一本取り出す。そして、それを私に差し出してくる。

「こんな感じのホウキでいいのかしら?」

 差し出されたホウキを受け取る。
 掃除用具箱はかなりボロボロだったが、ホウキ本体は古くはなさそうだ。木でできた長い柄はしっかりしていて、簡単に折れそうな感じはしない。

 これなら武器として使えるかもしれない。

「はい! このホウキ、お借りしても構いませんか?」
「こんなホウキを何に使うのか不思議で仕方ないけれど……。ま、一本くらいなら貸してあげるわぁ」
「ありがとうございます!」

 ホウキを手に、頭を下げる。
 こんなにもすんなりと借りることができるとは思っていなかった。

「じゃ、その代わり、一つ教えてくれるかしら」

 ミセは唐突に話題を変えてくる。

「え。……あ、はい」
「デスタン、彼は一体何者なの?」

 急に「デスタン」という言葉が出てきたため、彼が連れていかれたことがバレていたのかと思い、一瞬焦った。胸の鼓動が急加速してしまった。

「何かあったのですか……?」
「昨夜、急におかしなことを言い出したの。『近いうちにここを出ることになるかもしれない』なんて」

 ミセの厚い唇から放たれる言葉、その一つ一つを聞き逃さないよう、しっかりと耳を澄ます。

「しかも『よその家へ移動しなくてはならないかもしれないから』なんて言うのよ。訳が分からないわ」

 ……もしかして、エトーリアの家へ移動することを提案したから?

 彼は彼なりに、密かに、早めに手を打っておこうとしてくれていたのかもしれない。

「彼、きっと、アタシには隠していることがあるんだわ」

 それはまぁ……そうよね、という感じである。
 デスタンのことだ、ホワイトスターやブラックスターのことを無関係な者にあっさりと話したりはしないだろう。

「エアリは何か知らないの?」
「私は……はい。あまり知りません」
「嘘! あまり知らない人間の顔じゃないわぁ」

 そんなに分かりやすいのか、私は。

「何か知っているのね。答えて!」
「……答えられません」
「どういうことかしらぁ?」

 ミセの眉間にしわが現れる。

「話したら、ミセさんに迷惑がかかってしまうかもしれないからです」
「あーら。それらしいこと言うじゃない」

 直後、ミセは私を睨んできた。

「まさか、アタシのデスタンに手を出したなんてことはないでしょうねぇ……?」

 ミセの怒りに満ちた視線は、恐るべき迫力だ。
 だが、彼女が心配しているようなことはない。絶対に。

「それはありません」
「怪しいわねぇ……」
「安心して下さい。デスタンさんはそんな安い男性ではありませんから」

 すると、ミセはようやく、私から視線を逸らした。

「……ま、そうねぇ。アタシのデスタンが、こーんな貧相な女に心を奪われるわけがないわよね」

 何その言い方。失礼。

「疑って悪かったわね」
「いえ」

 どちらかというと、疑ったことより貧相な女などと嫌みを言ったことを謝ってほしかったのだが。

「少し……不安になってね」
「不安に、ですか?」
「そう。あまりに進展がないから、少し不安になってきたのよ」

 進展がない、か。

 当たり前だ。

 ミセはデスタンに恋心を抱いているようだが、デスタンはミセを何とも思っていない。一応上手いこと言ってはいるようだが、デスタンがミセのことを愛していないことは明らか。

 そんな状態なのだ、進展するわけがない。

「時間がある晩はいつも、同じ部屋でお話するの。デスタンはいつでも快く付き合ってくれるわ」
「そうなんですね」
「けど、いつもそこまでなの。身を寄せても、いつもより少し露出が多い服を着ても、彼は少しも構ってくれない……」

 デスタンはそういった方面のことには関心がなさそうだ。それゆえ、アピールしても無視されてしまうというのは、当然の結果と言えるだろう。

 ただ、真剣に悩んでいるミセを見ていたら、段々彼女が可哀想に思えてきた。
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