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episode.44 それでも、できることはあるから
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家の片隅、古ぼけた掃除用具箱の前で、ミセと向かい合う。
私と彼女二人だけの空間で過ごすというのには、いまだに慣れない。それに。敵意を向けられていないことは救いだが、安心していられるような雰囲気ではないから、まったく落ち着かない。さらに、相手の顔色を窺い続けなくてはならないということが、妙にストレスを与えてくる。
「アタシね……ずっと、まともに愛されてこなかった。愛しているように振る舞ってくれる男性はいても、ほとんどが身体目当てだったわぁ」
唐突に自分のことを話し出すミセ。
「若い頃は色々騙されて。アタシが出会う男性は、みーんな嘘つきばかり。だからもう、素敵な男性に巡り会うことなんて諦めていたの。時折遊びに行く意外は、細々と暮らしていたのよ」
相応しい言葉を見つけられず、口を開くことができない。
できるのは、聞くことだけ。
「でも……デスタンを一目見た時、アタシの心は変わったわ」
そう話すミセは、夢見る乙女のような輝きに満ちた目をしていた。
「一目見て、ですか?」
「そう。ある日、酒場の近くを歩いていたら、道端に座り込んでいる彼にばったり出会って。その鋭い眼差しを見たら、一瞬で恋に落ちたわぁ」
一目惚れだったということか。
「だって彼、アタシを見ても何も感じないような顔をするんだもの! 他の男と違うって、すぐに分かったわ!」
リゴールを探している途中だったデスタンが、見知らぬ女性に鼻の下を伸ばすはずはない。それは、付き合いが長いわけではない私にでも分かること。
そこから分かるのは——ミセの話が事実だということだ。
「一目惚れ、素敵ですよね」
「エアリもそう思う!?」
「はい。一目見て恋に落ちるなんて、まさに乙女の夢ですから」
もっとも、私にはそんな日は来ないだろうが。
「リゴール! ホウキ借りてきたわ!」
ミセとの話を終えるや否や、私たち二人の自室へ駆け戻った。
ベッドに腰掛け一人ぼんやりしていたリゴールは、いきなり人が駆け込んできたことに驚いたらしく、唖然とした顔で私を見る。
「あ……エアリでしたか」
「ホウキ、借りてきたわ!」
「あ、はい。それは先ほどお聞きしました」
そう言いながら、リゴールはベッドから立ち上がる。そして、すたすたと歩み寄ってきて、私が持っているホウキの柄を優しく掴んだ。
「では魔法をおかけしますね」
「え?」
「わたくしの魔力でホウキを強化するのです」
いきなり過ぎやしないだろうか。
「そうすれば、ただのホウキよりも戦えるようになりますので」
「……そ、そう。ありがとう」
ブラックスターへ行くということは、敵と戦うことになるということと同義。それゆえ、少しでも強化してもらえるなら、それに越したことはない。
が、一つ気になるところがあったので質問してみる。
「でも、もうかけてしまって大丈夫なの?」
「どういう意味でしょうか」
「時間の経過で効果が消えたり、そういうことはない? それだけが気になって」
するとリゴールは頬を緩めて「はい。問題ありません」と答えた。
優しさの感じられる柔らかな声色ながら、その口調に迷いはない。多分、といった雰囲気ではなかったため、私は安堵した。
「わたくしが落命せぬ限り、効果は永続します」
「ならいいの。……変なことを聞いて悪かったわね」
彼を疑うような質問をしてしまったことを申し訳なく思い、謝罪する。すると彼は、穏やかな笑みを浮かべたまま、首を左右に動かした。
「いえ。気になることは、その都度お聞き下さい」
やはりリゴールは優しい。
改めてそう感じた瞬間だった。
そんなことを言ったら「だから何」と笑われてしまうかもしれないが。
「気遣いは不要ですからね、エアリ」
リゴールはさらに付け加えた。
私としては、これ以上何か質問する気は微塵もなかった。別段気になることもなかったため、質問すべきことがなかったのである。
ただ、わざわざ付け加えたということは何か聞いてほしいのかな、と思ってしまう部分もあって。だから私は、重大ではないが時折気になる、程度のことを質問してみることに決めた。
「今凄く関係ないことでもいい?」
念のため確認しておく。
確認に対し、彼は、柔らかな声で「はい」と返してきた。
「前にも一度話したことなのだけど……リゴールはデスタンにどうして丁寧語なの?」
今でこそ慣れたが、出会った当初は非常に違和感があったところである。
「その件でしたか」
リゴールは「前に話したことをきちんと覚えている」と主張しているような視線を送ってくる。
「答えとしては、誰に対してでも丁寧な言葉遣いで接するよう育てられたというのが一つです。また、もう一つの理由としましては、デスタンとは元々敵同士であったということがありますね」
誰に対してでも丁寧な言葉遣い。それは、私にはなかった発想だ。
ある意味では、見習うべきところと言えるかもしれない。
「わたくしの方から『護衛になってほしい』と頼みましたので、彼に対して偉そうに振る舞うわけにはいかないのです」
リゴールは私にも丁寧な話し方をしている。それも、出会ってすぐの時から始まって、かなり馴染んだ今日まで、ずっとだ。それだけに、彼が偉そうに振る舞っているところというのは、まったくもって想像できない。むしろ、少し見てみたいと思うくらいだ。
「ふぅん、そうだったのね」
「はい。エアリが不快だと仰るなら改善しますが……」
「いいえ、改善なんてしなくていいのよ。もう慣れたもの」
「そうですか! ありがとうございます。では、今のままにしておきますね」
デスタンをブラックスターへ連れていかれたという状況なのだ、リゴールとて心配でないということはないだろう。心の内ではデスタンの身を案じているに違いない。
それでも、リゴールは穏やかな表情を保っている。
彼の顔に不安の色が浮かぶことはなくて。
そんなリゴールを見ていたら、余計に「彼の力になりたい」と思うようになった。
不安の波に追われ、拭い去れぬ黒い影が忍び寄る。
それが彼の、亡きホワイトスター王子リゴールの運命であるのなら、逃れようのないものなのかもしれない。
だとしたら——否、だからこそ、私は彼の傍にありたい。
強さはなくとも。敵の前には無力であるとしても。
——それでも、彼に寄り添い続けることはできるから。
私と彼女二人だけの空間で過ごすというのには、いまだに慣れない。それに。敵意を向けられていないことは救いだが、安心していられるような雰囲気ではないから、まったく落ち着かない。さらに、相手の顔色を窺い続けなくてはならないということが、妙にストレスを与えてくる。
「アタシね……ずっと、まともに愛されてこなかった。愛しているように振る舞ってくれる男性はいても、ほとんどが身体目当てだったわぁ」
唐突に自分のことを話し出すミセ。
「若い頃は色々騙されて。アタシが出会う男性は、みーんな嘘つきばかり。だからもう、素敵な男性に巡り会うことなんて諦めていたの。時折遊びに行く意外は、細々と暮らしていたのよ」
相応しい言葉を見つけられず、口を開くことができない。
できるのは、聞くことだけ。
「でも……デスタンを一目見た時、アタシの心は変わったわ」
そう話すミセは、夢見る乙女のような輝きに満ちた目をしていた。
「一目見て、ですか?」
「そう。ある日、酒場の近くを歩いていたら、道端に座り込んでいる彼にばったり出会って。その鋭い眼差しを見たら、一瞬で恋に落ちたわぁ」
一目惚れだったということか。
「だって彼、アタシを見ても何も感じないような顔をするんだもの! 他の男と違うって、すぐに分かったわ!」
リゴールを探している途中だったデスタンが、見知らぬ女性に鼻の下を伸ばすはずはない。それは、付き合いが長いわけではない私にでも分かること。
そこから分かるのは——ミセの話が事実だということだ。
「一目惚れ、素敵ですよね」
「エアリもそう思う!?」
「はい。一目見て恋に落ちるなんて、まさに乙女の夢ですから」
もっとも、私にはそんな日は来ないだろうが。
「リゴール! ホウキ借りてきたわ!」
ミセとの話を終えるや否や、私たち二人の自室へ駆け戻った。
ベッドに腰掛け一人ぼんやりしていたリゴールは、いきなり人が駆け込んできたことに驚いたらしく、唖然とした顔で私を見る。
「あ……エアリでしたか」
「ホウキ、借りてきたわ!」
「あ、はい。それは先ほどお聞きしました」
そう言いながら、リゴールはベッドから立ち上がる。そして、すたすたと歩み寄ってきて、私が持っているホウキの柄を優しく掴んだ。
「では魔法をおかけしますね」
「え?」
「わたくしの魔力でホウキを強化するのです」
いきなり過ぎやしないだろうか。
「そうすれば、ただのホウキよりも戦えるようになりますので」
「……そ、そう。ありがとう」
ブラックスターへ行くということは、敵と戦うことになるということと同義。それゆえ、少しでも強化してもらえるなら、それに越したことはない。
が、一つ気になるところがあったので質問してみる。
「でも、もうかけてしまって大丈夫なの?」
「どういう意味でしょうか」
「時間の経過で効果が消えたり、そういうことはない? それだけが気になって」
するとリゴールは頬を緩めて「はい。問題ありません」と答えた。
優しさの感じられる柔らかな声色ながら、その口調に迷いはない。多分、といった雰囲気ではなかったため、私は安堵した。
「わたくしが落命せぬ限り、効果は永続します」
「ならいいの。……変なことを聞いて悪かったわね」
彼を疑うような質問をしてしまったことを申し訳なく思い、謝罪する。すると彼は、穏やかな笑みを浮かべたまま、首を左右に動かした。
「いえ。気になることは、その都度お聞き下さい」
やはりリゴールは優しい。
改めてそう感じた瞬間だった。
そんなことを言ったら「だから何」と笑われてしまうかもしれないが。
「気遣いは不要ですからね、エアリ」
リゴールはさらに付け加えた。
私としては、これ以上何か質問する気は微塵もなかった。別段気になることもなかったため、質問すべきことがなかったのである。
ただ、わざわざ付け加えたということは何か聞いてほしいのかな、と思ってしまう部分もあって。だから私は、重大ではないが時折気になる、程度のことを質問してみることに決めた。
「今凄く関係ないことでもいい?」
念のため確認しておく。
確認に対し、彼は、柔らかな声で「はい」と返してきた。
「前にも一度話したことなのだけど……リゴールはデスタンにどうして丁寧語なの?」
今でこそ慣れたが、出会った当初は非常に違和感があったところである。
「その件でしたか」
リゴールは「前に話したことをきちんと覚えている」と主張しているような視線を送ってくる。
「答えとしては、誰に対してでも丁寧な言葉遣いで接するよう育てられたというのが一つです。また、もう一つの理由としましては、デスタンとは元々敵同士であったということがありますね」
誰に対してでも丁寧な言葉遣い。それは、私にはなかった発想だ。
ある意味では、見習うべきところと言えるかもしれない。
「わたくしの方から『護衛になってほしい』と頼みましたので、彼に対して偉そうに振る舞うわけにはいかないのです」
リゴールは私にも丁寧な話し方をしている。それも、出会ってすぐの時から始まって、かなり馴染んだ今日まで、ずっとだ。それだけに、彼が偉そうに振る舞っているところというのは、まったくもって想像できない。むしろ、少し見てみたいと思うくらいだ。
「ふぅん、そうだったのね」
「はい。エアリが不快だと仰るなら改善しますが……」
「いいえ、改善なんてしなくていいのよ。もう慣れたもの」
「そうですか! ありがとうございます。では、今のままにしておきますね」
デスタンをブラックスターへ連れていかれたという状況なのだ、リゴールとて心配でないということはないだろう。心の内ではデスタンの身を案じているに違いない。
それでも、リゴールは穏やかな表情を保っている。
彼の顔に不安の色が浮かぶことはなくて。
そんなリゴールを見ていたら、余計に「彼の力になりたい」と思うようになった。
不安の波に追われ、拭い去れぬ黒い影が忍び寄る。
それが彼の、亡きホワイトスター王子リゴールの運命であるのなら、逃れようのないものなのかもしれない。
だとしたら——否、だからこそ、私は彼の傍にありたい。
強さはなくとも。敵の前には無力であるとしても。
——それでも、彼に寄り添い続けることはできるから。
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