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episode.45 ブラックスター
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翌朝、私とリゴールは起きるなり、素早く服を着替えた。寝巻きのままブラックスターへ行くわけにはいかないからである。
そうして着替えを終えた後、私は彼と顔を見合わせる。
「おかしなところはない?」
「はい。今日もよく似合っておられますよ」
そうじゃなくて、と言いたくなるのを飲み込んで。
「ありがとう」
軽くお礼を述べておいた。
今から敵地へ向かうという時に、空気を悪くしたくないからである。
その後リゴールが少し恥じらいつつ「いえ」と言うのを見て、ほっとした。不快な気分にしてしまっていないと、はっきり判断できたからである。
数秒の沈黙の後、リゴールは話題を変えてくる。
「それにしても、昨夜は少し大変でした」
「何かあったの?」
「ミセさんにデスタンについて色々と聞かれたのです。『なぜ帰ってこないのか』などと」
そういう意味の「大変」だったのか。
心なしか安心した。
「それで、どう答えたの?」
「仕事で明日まで帰ってこないと聞いている。そのようにお話しておきました」
リゴールが嘘をついて凌いだということには、少しばかり驚いた。彼に嘘をつくなどという器用さがあるとは想像していなかったから。
だが、今はそれで良かったと思う。
本当のことを明かしたらミセは心配するに違いない。心配し、混乱することにもなるだろう。
彼女にそんな思いをさせるわけにはいかない。
そういう意味では、リゴールの対応は正しかったとも言えるだろう。
「嘘をついてしまったという罪悪感はありますが……心配させてしまっても申し訳ないですから」
「えぇ。私は、リゴールの対応は正しかったと思うわ」
「……そうでしょうか」
青い瞳が自信なさげにこちらを見つめてくる。
「そうよ! 大丈夫。自信を持って!」
私はいつもより高めのトーンではっきりと発した。
貴方は悪くない、と、リゴールに伝えたかったから。
それに対しリゴールは、彼らしい丁寧な口調で「ありがとうございます」と礼を述べた。その時、彼の目つきは少し柔らかなものになっていて、私は密かに安堵した。
「ではそろそろ参りましょうか、エアリ」
「えぇ。あの紙は?」
「こちらに」
リゴールの華奢な手に、筒状になった紙が乗っていた。
準備は既に完了しているようだ。
私は速やかに、壁に立て掛けていたホウキの柄を掴む。ペンダントが剣にならなかった場合に武器として使う用のホウキだ。
「準備完了ね!」
「はい」
その後、私とリゴールは、ミセに気づかれないよう注意しながら家から出た。
街や海を見下ろせる高台には、今日も心地よい風が吹いている。それに加え、空気がとても澄んでいて、かなり遠くにある街すらもくっきりと見える。
自然に囲まれた美しい場所。
そこで、リゴールが、巻かれて筒状になっている紙をゆっくりと開く。
どう見てもただの紙としか思えない。そんな紙に人間を転移させるなどという非現実的な力があるとは、にわかには信じがたいことだ。
一人そんなことを考えていると、リゴールが「エアリ」と私の名を呼んできた。それに反応し彼の方へ視線を向ける。すると彼は、口元にほんの少し笑みを浮かべて、「念のため、わたくしの服の裾を掴んでおいて下さいね」と発した。私は最初戸惑わずにはいられなかったが、きっと何か意味があるのだろうと勝手に理解し、ホウキを持っていない方の指で彼の上衣の裾をそっとつまんだ。
直後、紙から灰色の光が滲み出てきて——視界が暗くなった。
次に視界が晴れた時、私は見たことのない場所に立っていた。
いまだに信じられないが、どうやら本当に移動したようだ。
片手にはきちんとホウキが握られている。
視線を少し横へ動かすと、リゴールの姿が視界に入った。
暫し見つめていると、彼と目があう。
「無事ですか? エアリ」
「……えぇ」
「本当に移動したようですね」
リゴールの手に乗っていたはずの紙は、完全に消滅していた。
顔を上げると、瞳が、マグマのように赤黒い空を捉える。こんなにも毒々しい色をした空は、今まで一度も目にしたことがない。
「ここがブラックスターなの?」
「わたくしも来るのは初めてなので、確かなことは分かりかねますが……恐らくはそうかと」
「……そう」
真っ赤に染まった空。
それを見つめていると、どことなく悲しくなってしまう。
空は確かに毒々しく痛々しい色をしているのに、心はその裏に潜む悲しみに触れそうになる。奇妙な感覚だ。
「どこへ行けば良いのかしら」
「……申し訳ありませんが、わたくしには分かりかねます」
「ここで待っていたら、あのトランとかいう人が来るのかしら……」
しばらくその場から動けなかった。
というのも、どこへ行けば良いのか分からなかったのだ。
私もリゴールもブラックスターへ来るのは初めてで。だから、どう動くべきなのか、少しも見当がつかなくて。
その場に留まっている間、私は周囲を見回した。
足下へ視線を下ろせば、乾いた大地が目に映る。舗装はまったくされておらず、黒い土がぽろぽろと崩れて散らばっていて。そんな状態だから、植物らしきものは何一つ見当たらない。
「……荒れているわね」
思わず呟くと、隣のリゴールは静かに頷く。
「はい。わたくしもそう思います。ブラックスターがこんなに不気味な場所だとは思いませんでした」
リゴールの言葉を最後に、私たちは黙り込む。
深い沈黙が訪れた。
音は何一つない。人の声どころか、風が吹くことさえない。まるで世界が死んでしまったかのような静寂が、二人を包む。
こぼっ。
突如静寂を破ったのは、気味の悪い低音。
すぐさまリゴールへ視線を向ける。彼も音を聞き逃してはいなかったようで、同じようにこちらを見ていた。両者から放たれる視線が重なる。
「今のは何?」
「……分かりかねます。が、良い雰囲気ではありませんでしたね……」
リゴールは上衣の中から小さな本を取り出す。
ちなみに、本とは、魔法を放つ時に大抵持っている本のことである。
つまり、リゴールは既に戦闘体勢に入っているということ。なので私も、ホウキをしっかりと握り直した。
「敵かもしれませんね」
「……同意見だわ」
リゴールと背中合わせに立つ。
その数秒後。
二人を取り囲むような形で、黒い土に覆われた地面が盛り上がった。
そうして着替えを終えた後、私は彼と顔を見合わせる。
「おかしなところはない?」
「はい。今日もよく似合っておられますよ」
そうじゃなくて、と言いたくなるのを飲み込んで。
「ありがとう」
軽くお礼を述べておいた。
今から敵地へ向かうという時に、空気を悪くしたくないからである。
その後リゴールが少し恥じらいつつ「いえ」と言うのを見て、ほっとした。不快な気分にしてしまっていないと、はっきり判断できたからである。
数秒の沈黙の後、リゴールは話題を変えてくる。
「それにしても、昨夜は少し大変でした」
「何かあったの?」
「ミセさんにデスタンについて色々と聞かれたのです。『なぜ帰ってこないのか』などと」
そういう意味の「大変」だったのか。
心なしか安心した。
「それで、どう答えたの?」
「仕事で明日まで帰ってこないと聞いている。そのようにお話しておきました」
リゴールが嘘をついて凌いだということには、少しばかり驚いた。彼に嘘をつくなどという器用さがあるとは想像していなかったから。
だが、今はそれで良かったと思う。
本当のことを明かしたらミセは心配するに違いない。心配し、混乱することにもなるだろう。
彼女にそんな思いをさせるわけにはいかない。
そういう意味では、リゴールの対応は正しかったとも言えるだろう。
「嘘をついてしまったという罪悪感はありますが……心配させてしまっても申し訳ないですから」
「えぇ。私は、リゴールの対応は正しかったと思うわ」
「……そうでしょうか」
青い瞳が自信なさげにこちらを見つめてくる。
「そうよ! 大丈夫。自信を持って!」
私はいつもより高めのトーンではっきりと発した。
貴方は悪くない、と、リゴールに伝えたかったから。
それに対しリゴールは、彼らしい丁寧な口調で「ありがとうございます」と礼を述べた。その時、彼の目つきは少し柔らかなものになっていて、私は密かに安堵した。
「ではそろそろ参りましょうか、エアリ」
「えぇ。あの紙は?」
「こちらに」
リゴールの華奢な手に、筒状になった紙が乗っていた。
準備は既に完了しているようだ。
私は速やかに、壁に立て掛けていたホウキの柄を掴む。ペンダントが剣にならなかった場合に武器として使う用のホウキだ。
「準備完了ね!」
「はい」
その後、私とリゴールは、ミセに気づかれないよう注意しながら家から出た。
街や海を見下ろせる高台には、今日も心地よい風が吹いている。それに加え、空気がとても澄んでいて、かなり遠くにある街すらもくっきりと見える。
自然に囲まれた美しい場所。
そこで、リゴールが、巻かれて筒状になっている紙をゆっくりと開く。
どう見てもただの紙としか思えない。そんな紙に人間を転移させるなどという非現実的な力があるとは、にわかには信じがたいことだ。
一人そんなことを考えていると、リゴールが「エアリ」と私の名を呼んできた。それに反応し彼の方へ視線を向ける。すると彼は、口元にほんの少し笑みを浮かべて、「念のため、わたくしの服の裾を掴んでおいて下さいね」と発した。私は最初戸惑わずにはいられなかったが、きっと何か意味があるのだろうと勝手に理解し、ホウキを持っていない方の指で彼の上衣の裾をそっとつまんだ。
直後、紙から灰色の光が滲み出てきて——視界が暗くなった。
次に視界が晴れた時、私は見たことのない場所に立っていた。
いまだに信じられないが、どうやら本当に移動したようだ。
片手にはきちんとホウキが握られている。
視線を少し横へ動かすと、リゴールの姿が視界に入った。
暫し見つめていると、彼と目があう。
「無事ですか? エアリ」
「……えぇ」
「本当に移動したようですね」
リゴールの手に乗っていたはずの紙は、完全に消滅していた。
顔を上げると、瞳が、マグマのように赤黒い空を捉える。こんなにも毒々しい色をした空は、今まで一度も目にしたことがない。
「ここがブラックスターなの?」
「わたくしも来るのは初めてなので、確かなことは分かりかねますが……恐らくはそうかと」
「……そう」
真っ赤に染まった空。
それを見つめていると、どことなく悲しくなってしまう。
空は確かに毒々しく痛々しい色をしているのに、心はその裏に潜む悲しみに触れそうになる。奇妙な感覚だ。
「どこへ行けば良いのかしら」
「……申し訳ありませんが、わたくしには分かりかねます」
「ここで待っていたら、あのトランとかいう人が来るのかしら……」
しばらくその場から動けなかった。
というのも、どこへ行けば良いのか分からなかったのだ。
私もリゴールもブラックスターへ来るのは初めてで。だから、どう動くべきなのか、少しも見当がつかなくて。
その場に留まっている間、私は周囲を見回した。
足下へ視線を下ろせば、乾いた大地が目に映る。舗装はまったくされておらず、黒い土がぽろぽろと崩れて散らばっていて。そんな状態だから、植物らしきものは何一つ見当たらない。
「……荒れているわね」
思わず呟くと、隣のリゴールは静かに頷く。
「はい。わたくしもそう思います。ブラックスターがこんなに不気味な場所だとは思いませんでした」
リゴールの言葉を最後に、私たちは黙り込む。
深い沈黙が訪れた。
音は何一つない。人の声どころか、風が吹くことさえない。まるで世界が死んでしまったかのような静寂が、二人を包む。
こぼっ。
突如静寂を破ったのは、気味の悪い低音。
すぐさまリゴールへ視線を向ける。彼も音を聞き逃してはいなかったようで、同じようにこちらを見ていた。両者から放たれる視線が重なる。
「今のは何?」
「……分かりかねます。が、良い雰囲気ではありませんでしたね……」
リゴールは上衣の中から小さな本を取り出す。
ちなみに、本とは、魔法を放つ時に大抵持っている本のことである。
つまり、リゴールは既に戦闘体勢に入っているということ。なので私も、ホウキをしっかりと握り直した。
「敵かもしれませんね」
「……同意見だわ」
リゴールと背中合わせに立つ。
その数秒後。
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