あなたの剣になりたい

四季

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episode.52 訪問者

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 チャイムを鳴らしたのは、昨日お世話になった医者だった。

「どうも、こんにちは」

 白色のあごひげが生えた優しそうな顔立ちの医者が、うぐいす色の布製鞄を持って、訪ねてきたのだ。

「あーら、リゴールくんの様子を見に来たのかしら?」
「あぁ、はい。そうです。呼ばれたら、というつもりでいたものの、つい気になってしまいましてな」

 医者とミセのやり取りを傍で聞いていると、リゴールのことを気にかけてくれていたのだなと分かり、嬉しい気持ちになった。

「あらあら。相変わらずねぇ」
「迷惑でしたかな? なら帰りますが……」
「あーら。別に、迷惑だなんて言っていないわよ?」

 ミセは唐突に、こちらへ視線を向けてくる。

「ね? エアリ」

 いきなり振ってこられたことに戸惑い、すぐに返事することはできなかった。が、数秒後に「はい」と言って頷くことはできた。私にしてはましな方だろう。

「そういうことだから、入っていいわよ」
「おぉ……! それは嬉しい!」


 私は、ミセと医者と三人で、リゴールがいる自室へと戻った。

 最初に私が部屋に入ると、ベッドに寝ているリゴールは目を輝かせた。デスタンを連れてきたと思ったのだろう。私は、彼に期待させてしまわないよう、「デスタンは連れてこれなかった」という事実を簡潔に伝えた。するとリゴールは、落胆とまではいかないが残念そうな顔をする。

 その様子を見たら、申し訳ない気分になった。

 だが仕方ない。
 デスタンが出てきてくれないのだから。

「代わりと言ってはおかしいかもしれないけれど、お医者さんが来てくれたわよ」
「そうなのですか……!」

 ちょうどその後のタイミングで、医者とミセが入室してくる。
 ミセは入室するや否や、扉から一番近い隅に移動する。

「こんにちは。調子はいかがかな?」

 医者は面に穏やかな笑みを浮かべ、リゴールに柔らかく話しかけた。

「あっ……! 昨日さくじつお世話になったお医者様……ですか!」

 医者の姿を捉えたリゴールは、半ば反射的に上半身を起こそうとする。医者はそれを、素早く制止した。リゴールは医者の制止に素直に従い、再び体を横にする。

「覚えてくれていたのですかな?」
「いえ……その、エアリからお聞きしました」
「なるほど」
「お世話に、なったにも……かかわらず……覚えておらず、申し訳ありません……」

 医者は歌うように「いやいや」と発しつつ、おおらかな足取りでリゴールが横になっているベッドへ近づいていく。そして、持っていたうぐいす色の布製鞄を、ベッドのすぐ近くへ下ろした。

「では、傷を少し診ましょうか」
「そんな……わたくしは、その……代金を払えません」
「代金は結構ですよ。今日はこちらが勝手に来てしまっただけですから」
「しかし……ただでというわけには……」

 リゴールの遠慮がちな言葉を遮り、医者は言う。

「さて。では傷の様子を確認させていただきましょうかね」

 それでもリゴールは断ろうとしているようだった。しかし、医者は意外と押しが強くて。断ろうとしているリゴールのことなどお構いなしに、処置を始めた。


 昨日巻いた包帯を解き、傷口の状態を確認した後、消毒して薬を塗って、新しい包帯を巻く。医者は慣れた手つきでそれらを行っていた。何げにたくさんのことを行わなくてはならないから、大変そうだ。

 しかし、十数分ほどですべての作業が終わった。
 さすがに仕事が早い。

 処置を終わらせると、医者は「また明日も覗かせていただきますからね」と告げて、去っていった。

 医者が出ていくと同時にミセも部屋から出ていき、室内には私とリゴール、二人だけになってしまった。

「お疲れ様!」

 ベッドの脇へ移動し、俯せで寝ているリゴールに声をかける。
 すると、彼はすぐに首から上だけを私の方へと向けた。青い双眸には、たおやかな光が宿っている。

「あ……お気遣いありがとうございます」
「背中、結構痛む?」
「いえ。安静にしていれば問題ありません」

 リゴールの答えは、迷いのない、はっきりしたものだった。
 答え方に芯の強さが見え隠れしている。

「ところでエアリ。デスタンはどのような状態でしたか」
「……え?」
「ですから、デスタンの様子についてお尋ねしたのです」
「そ、そうだったわね! ごめんなさい」

 デスタンの様子。可能ならば、きちんと伝えたいところだ。ただ、今のままでは私にもよく分からないから、伝えようがない。

「部屋にいるみたいなのだけど……呼んでも出てきてくれないの」

 私がそう言うと、リゴールは怪訝な顔をする。そしてそれから、僅かに動き、体の左側面が下になるように体勢を変えた。

「それは……何かあったのでしょうかね……?」
「ミセさんの話によれば、昨夜から様子がおかしかったみたいよ」
「……わたくしが自ら行くしかないのでしょうか」

 それは良い案かもしれない。

 リゴール本人が呼べば、さすがに出てくるだろう。デスタンはああ見えて真面目なところもあるから、主を無視するなんてことはできないはずだ。

 ただ、良い案であっても、実行できるかとなると話は別である。

「リゴール。動くのはまだ止めておいた方がいいわ」

 手のひらをベッドにつき、腕の力だけで無理に体を起こそうとするリゴールを、私は制止した。
 致命傷にならなかったとはいえ、斧で豪快にやられたのだ。一日二日で回復する傷ではない。

「しかし、デスタンの様子が気になります。体調不良なら、早めに処置した方が良いでしょうし……」

 言いたいことがたくさんありそうな目をしている。

「待って、リゴール。デスタンのことが心配なのは分かるけど、今は自分の体をいたわるべきだわ」

 そう告げると、リゴールは子どものように頬を膨らませた。

「……ですが、気になるものは気になるのです」

 なぜ、こんな時に限って頑固なのか。
 自分の意思を通そうなんて、いつもは絶対にしないのに。

「分かったわ。じゃあ、もう一度私が見てくるから。だから、リゴールはここにいて?」
「……しかし、エアリが呼んだのでは……出てこないのでは?」
「それはそうかもしれないわね。けど、リゴールを動かすわけにはいかないわ。だから私が呼んで来る。それでもいいでしょ?」

 するとリゴールは四秒ほど考えて。

「え、えぇ。もちろんです」

 頬を緩めつつ、そう答えた。
 いつものリゴール、というような顔に戻っている。

「じゃあ早速。呼びに行ってみるわね」
「お手数お掛けします……」
「いいのよ。気にしないで」
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