あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
59 / 207

episode.58 混乱してる?

しおりを挟む
 足を止め、振り返る。
 爆発音が聞こえてきた方向から、灰色の煙が昇っているのが見えた。

 デスタンがグラネイトにあっさり負けるなんてことはないだろう。けど、一人にしてしまったから、不安は拭えない。

「……なぜ」

 震える声を聞き、リゴールへ視線を移す。

 彼は肩を上下させながらも、煙が昇っている方向を見つめていた。その青い瞳は、不安の色で塗り潰されている。

 そんな彼に、私は話しかける。

「体は大丈夫? 走ったりして、無理させてごめんなさい」

 すると彼は私を横目で見て、「いえ」と返してくる。しかし、その後すぐに、私から目を逸らした。それも、凄く気まずそうな表情で。

 私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。

「リゴール?」

 恐る恐る名を呼んでみると、彼は再び少しだけこちらを見た。

「……なぜ逃げさせたのですか」
「え。どういうこと?」
「エアリ……貴女は、敵の前で一人にして、デスタンが危険だとは思わないのですか」

 リゴールの瞳から放たれる眼差しは、いつものように柔らかくはなかった。

「私だって、危険だと思いはしたわ。でも、デスタンさんがリゴールを逃がすことを望んだの。だから、私は、彼の望みを叶えただけ——っ!」

 最後まで言い終わらないうちに、頬に乾いた痛みが走った。

 何が起きたのか、すぐには分からず。私はただ、驚きと戸惑いに満ちた目で、すぐそこにいるリゴールを見つめる。

「……何をするの?」
「貴女はなぜ、そんなにも平然としていられるのです!」

 鋭く放つリゴールの体は、微かに震えていた。

「しばらく共に暮らしていても、所詮は他人たにん……そういうことなのですね?」

 その時、リゴールは私を睨んだ。
 いつも穏やかに笑いかけてくれていた彼に睨まれたこの瞬間を、私は生涯忘れないだろう。

「強い絆が生じていると、そう信じようとしたわたくしが、愚かだったのですね?」

 人が人を睨む時、そこに存在する感情というのは多様だ。
 怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、悔しさなど——様々なものが考えられる。

 でも、私を睨むリゴールの瞳に浮かんでいた色は、そういったよくあるものではない。

 それは確信できることだった。

「待って。どうしてそんなことを言うの、様子が変よ」

 彼の双眸に満ちるは、悲嘆。
 そしてそれは、多分、私に対する感情だけではない。

「分かってはいるのです……貴女が本当はわたくしを許してはいないこと」
「ちょっと、何を言い出すの」
「親の仇の大切な人など、どうでもいい。そういうことなのでしょう?」

 デスタンを敵の前に残して、自分だけが逃げてしまった。その事実が引き金となり、これまで溜め込んできていた負の感情が、一気に溢れ出たのだろう。

「待って、落ち着いて。そんなこと、あるわけがないわ」
「ならなぜ、デスタンをあそこへ残して逃げさせたのです!」
「言ったでしょ。それは、リゴールを逃がすことを、デスタンさんが望んだからよ」

 リゴールは言葉を詰まらせる。
 そんな彼の華奢な体を、私はそっと抱き締めた。

「デスタンさんのことが心配なのは分かるわ。けど、貴方が彼を心配するのと同じくらい、彼も貴方を心配しているのよ。だからデスタンさんは、貴方を逃がすよう私に指示した……きっと、そういうことなんだわ」

 片手は剣で塞がっているため若干使いづらい。が、両腕で彼の体を包むようにして、抱き締める。

「エアリ、一体何をして……」

 突然のことに、リゴールは困惑したように発する。

「貴方の気持ちを無視したことは謝るわ。けど、貴方たちのことを他人だと思っているわけではないということは、分かって。私は、リゴールたちのこと、大事に思っているから」

 それから数十秒が経ったところで、私はようやく、彼から腕を離した。

 その頃には、リゴールの目つきは普段と変わらないものに戻っていた。もう、私を睨んでもいない。
 正気を取り戻したようだ。

「……すみません、エアリ」

 リゴールは黄色い髪を触りながら、目を伏せて、いきなり謝罪してくる。

「その……わたくし、どうかしていました。世話になっているエアリに余計なことを言い、しかもビンタして……」

 確かに、頬をはたかれた時は少し驚いた。が、それは、気が動転していたからの行動だったのだろう。そこは分かっている。それゆえ、彼を責める気はない。

「申し訳ありません!」

 リゴールは凄まじい勢いで頭を下げた。

 彼だけが悪いわけではないにもかかわらず彼一人に謝らせるのは申し訳なくて、私は慌てて「いいの! 謝らないで!」と返す。するとリゴールはゆっくり頭を上げたが、「わたくしは未熟です……。こんなだから、不幸ばかりを引き寄せるのでしょうね……」などと漏らしていた。

「さて。じゃあ家へ戻りましょ」
「そうでしたね……!」
「ここからはゆっくりで大丈夫よ」

 私は改めて手を差し出す。
 その手を、彼はそっと握った。


 リゴールが落ち着き、ようやく再び歩き出した——その時。

 背後から微かな音が聞こえ、咄嗟に振り返る。と、視界の端に、飛んでくる黒い矢が見えた。

 この矢は見たことがある。
 これは、初めてトランに会った日に、デスタンを射った矢——あれと同じだ。

「なっ……!?」

 耳に入るのは、リゴールの引きつった驚きの声。
 矢の先端は確かにリゴールの胸元を狙っている。恐らく、即死させようとしているのだろう。矢の飛び方は、驚くほどぶれがない。

「危ない!」

 咄嗟に剣を持ち上げ、横向けにして、体の前へと出す。

 ——数秒後。

 飛んできたいくつもの黒い矢は、剣の刃の部分へ命中した。

「エアリ、ご無事でっ……!?」
「えぇ。取り敢えず防いだわ」

 闇雲に放たれた矢なら、こんなに上手く防いぐことはできなかっただろう。たとえ数本を防ぐことはできたとしても、数本はどこかに刺さっていたはずだ。

 剣の刃部分だけですべてを防げたのは、全部の矢がぶれずにリゴールの胸元に向かって飛んできていたからと言えるだろう。

 そういう意味では、矢の正確さ、ぶれなさに、救われたと言えるかもしれない。

「これは、グラネイトだけでなく、トランも来ているということでしょうか!?」
「分からない……けど、その可能性も高いわね」
「では、より一層、早く逃げなくてはなりませんね!?」

 今のところ、再び黒い矢が飛んできそうな感じはない。
 けれど、油断はできない。

「そうね。急ぎましょう」
「はい!」


 私たち二人がミセの家に到着した時、ちょうど玄関からミセが出てきたところだった。

「エアリ! リゴールくん!」

 ベージュの、体のラインが出ない大きめワンピースを着たミセは、私たちの姿を見るや否や厚みのある唇を動かす。

「今さっき爆発みたいな音がしたけれど……何かあったのかしら!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...