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episode.58 混乱してる?
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足を止め、振り返る。
爆発音が聞こえてきた方向から、灰色の煙が昇っているのが見えた。
デスタンがグラネイトにあっさり負けるなんてことはないだろう。けど、一人にしてしまったから、不安は拭えない。
「……なぜ」
震える声を聞き、リゴールへ視線を移す。
彼は肩を上下させながらも、煙が昇っている方向を見つめていた。その青い瞳は、不安の色で塗り潰されている。
そんな彼に、私は話しかける。
「体は大丈夫? 走ったりして、無理させてごめんなさい」
すると彼は私を横目で見て、「いえ」と返してくる。しかし、その後すぐに、私から目を逸らした。それも、凄く気まずそうな表情で。
私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。
「リゴール?」
恐る恐る名を呼んでみると、彼は再び少しだけこちらを見た。
「……なぜ逃げさせたのですか」
「え。どういうこと?」
「エアリ……貴女は、敵の前で一人にして、デスタンが危険だとは思わないのですか」
リゴールの瞳から放たれる眼差しは、いつものように柔らかくはなかった。
「私だって、危険だと思いはしたわ。でも、デスタンさんがリゴールを逃がすことを望んだの。だから、私は、彼の望みを叶えただけ——っ!」
最後まで言い終わらないうちに、頬に乾いた痛みが走った。
何が起きたのか、すぐには分からず。私はただ、驚きと戸惑いに満ちた目で、すぐそこにいるリゴールを見つめる。
「……何をするの?」
「貴女はなぜ、そんなにも平然としていられるのです!」
鋭く放つリゴールの体は、微かに震えていた。
「しばらく共に暮らしていても、所詮は他人……そういうことなのですね?」
その時、リゴールは私を睨んだ。
いつも穏やかに笑いかけてくれていた彼に睨まれたこの瞬間を、私は生涯忘れないだろう。
「強い絆が生じていると、そう信じようとしたわたくしが、愚かだったのですね?」
人が人を睨む時、そこに存在する感情というのは多様だ。
怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、悔しさなど——様々なものが考えられる。
でも、私を睨むリゴールの瞳に浮かんでいた色は、そういったよくあるものではない。
それは確信できることだった。
「待って。どうしてそんなことを言うの、様子が変よ」
彼の双眸に満ちるは、悲嘆。
そしてそれは、多分、私に対する感情だけではない。
「分かってはいるのです……貴女が本当はわたくしを許してはいないこと」
「ちょっと、何を言い出すの」
「親の仇の大切な人など、どうでもいい。そういうことなのでしょう?」
デスタンを敵の前に残して、自分だけが逃げてしまった。その事実が引き金となり、これまで溜め込んできていた負の感情が、一気に溢れ出たのだろう。
「待って、落ち着いて。そんなこと、あるわけがないわ」
「ならなぜ、デスタンをあそこへ残して逃げさせたのです!」
「言ったでしょ。それは、リゴールを逃がすことを、デスタンさんが望んだからよ」
リゴールは言葉を詰まらせる。
そんな彼の華奢な体を、私はそっと抱き締めた。
「デスタンさんのことが心配なのは分かるわ。けど、貴方が彼を心配するのと同じくらい、彼も貴方を心配しているのよ。だからデスタンさんは、貴方を逃がすよう私に指示した……きっと、そういうことなんだわ」
片手は剣で塞がっているため若干使いづらい。が、両腕で彼の体を包むようにして、抱き締める。
「エアリ、一体何をして……」
突然のことに、リゴールは困惑したように発する。
「貴方の気持ちを無視したことは謝るわ。けど、貴方たちのことを他人だと思っているわけではないということは、分かって。私は、リゴールたちのこと、大事に思っているから」
それから数十秒が経ったところで、私はようやく、彼から腕を離した。
その頃には、リゴールの目つきは普段と変わらないものに戻っていた。もう、私を睨んでもいない。
正気を取り戻したようだ。
「……すみません、エアリ」
リゴールは黄色い髪を触りながら、目を伏せて、いきなり謝罪してくる。
「その……わたくし、どうかしていました。世話になっているエアリに余計なことを言い、しかもビンタして……」
確かに、頬をはたかれた時は少し驚いた。が、それは、気が動転していたからの行動だったのだろう。そこは分かっている。それゆえ、彼を責める気はない。
「申し訳ありません!」
リゴールは凄まじい勢いで頭を下げた。
彼だけが悪いわけではないにもかかわらず彼一人に謝らせるのは申し訳なくて、私は慌てて「いいの! 謝らないで!」と返す。するとリゴールはゆっくり頭を上げたが、「わたくしは未熟です……。こんなだから、不幸ばかりを引き寄せるのでしょうね……」などと漏らしていた。
「さて。じゃあ家へ戻りましょ」
「そうでしたね……!」
「ここからはゆっくりで大丈夫よ」
私は改めて手を差し出す。
その手を、彼はそっと握った。
リゴールが落ち着き、ようやく再び歩き出した——その時。
背後から微かな音が聞こえ、咄嗟に振り返る。と、視界の端に、飛んでくる黒い矢が見えた。
この矢は見たことがある。
これは、初めてトランに会った日に、デスタンを射った矢——あれと同じだ。
「なっ……!?」
耳に入るのは、リゴールの引きつった驚きの声。
矢の先端は確かにリゴールの胸元を狙っている。恐らく、即死させようとしているのだろう。矢の飛び方は、驚くほどぶれがない。
「危ない!」
咄嗟に剣を持ち上げ、横向けにして、体の前へと出す。
——数秒後。
飛んできたいくつもの黒い矢は、剣の刃の部分へ命中した。
「エアリ、ご無事でっ……!?」
「えぇ。取り敢えず防いだわ」
闇雲に放たれた矢なら、こんなに上手く防いぐことはできなかっただろう。たとえ数本を防ぐことはできたとしても、数本はどこかに刺さっていたはずだ。
剣の刃部分だけですべてを防げたのは、全部の矢がぶれずにリゴールの胸元に向かって飛んできていたからと言えるだろう。
そういう意味では、矢の正確さ、ぶれなさに、救われたと言えるかもしれない。
「これは、グラネイトだけでなく、トランも来ているということでしょうか!?」
「分からない……けど、その可能性も高いわね」
「では、より一層、早く逃げなくてはなりませんね!?」
今のところ、再び黒い矢が飛んできそうな感じはない。
けれど、油断はできない。
「そうね。急ぎましょう」
「はい!」
私たち二人がミセの家に到着した時、ちょうど玄関からミセが出てきたところだった。
「エアリ! リゴールくん!」
ベージュの、体のラインが出ない大きめワンピースを着たミセは、私たちの姿を見るや否や厚みのある唇を動かす。
「今さっき爆発みたいな音がしたけれど……何かあったのかしら!?」
爆発音が聞こえてきた方向から、灰色の煙が昇っているのが見えた。
デスタンがグラネイトにあっさり負けるなんてことはないだろう。けど、一人にしてしまったから、不安は拭えない。
「……なぜ」
震える声を聞き、リゴールへ視線を移す。
彼は肩を上下させながらも、煙が昇っている方向を見つめていた。その青い瞳は、不安の色で塗り潰されている。
そんな彼に、私は話しかける。
「体は大丈夫? 走ったりして、無理させてごめんなさい」
すると彼は私を横目で見て、「いえ」と返してくる。しかし、その後すぐに、私から目を逸らした。それも、凄く気まずそうな表情で。
私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。
「リゴール?」
恐る恐る名を呼んでみると、彼は再び少しだけこちらを見た。
「……なぜ逃げさせたのですか」
「え。どういうこと?」
「エアリ……貴女は、敵の前で一人にして、デスタンが危険だとは思わないのですか」
リゴールの瞳から放たれる眼差しは、いつものように柔らかくはなかった。
「私だって、危険だと思いはしたわ。でも、デスタンさんがリゴールを逃がすことを望んだの。だから、私は、彼の望みを叶えただけ——っ!」
最後まで言い終わらないうちに、頬に乾いた痛みが走った。
何が起きたのか、すぐには分からず。私はただ、驚きと戸惑いに満ちた目で、すぐそこにいるリゴールを見つめる。
「……何をするの?」
「貴女はなぜ、そんなにも平然としていられるのです!」
鋭く放つリゴールの体は、微かに震えていた。
「しばらく共に暮らしていても、所詮は他人……そういうことなのですね?」
その時、リゴールは私を睨んだ。
いつも穏やかに笑いかけてくれていた彼に睨まれたこの瞬間を、私は生涯忘れないだろう。
「強い絆が生じていると、そう信じようとしたわたくしが、愚かだったのですね?」
人が人を睨む時、そこに存在する感情というのは多様だ。
怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、悔しさなど——様々なものが考えられる。
でも、私を睨むリゴールの瞳に浮かんでいた色は、そういったよくあるものではない。
それは確信できることだった。
「待って。どうしてそんなことを言うの、様子が変よ」
彼の双眸に満ちるは、悲嘆。
そしてそれは、多分、私に対する感情だけではない。
「分かってはいるのです……貴女が本当はわたくしを許してはいないこと」
「ちょっと、何を言い出すの」
「親の仇の大切な人など、どうでもいい。そういうことなのでしょう?」
デスタンを敵の前に残して、自分だけが逃げてしまった。その事実が引き金となり、これまで溜め込んできていた負の感情が、一気に溢れ出たのだろう。
「待って、落ち着いて。そんなこと、あるわけがないわ」
「ならなぜ、デスタンをあそこへ残して逃げさせたのです!」
「言ったでしょ。それは、リゴールを逃がすことを、デスタンさんが望んだからよ」
リゴールは言葉を詰まらせる。
そんな彼の華奢な体を、私はそっと抱き締めた。
「デスタンさんのことが心配なのは分かるわ。けど、貴方が彼を心配するのと同じくらい、彼も貴方を心配しているのよ。だからデスタンさんは、貴方を逃がすよう私に指示した……きっと、そういうことなんだわ」
片手は剣で塞がっているため若干使いづらい。が、両腕で彼の体を包むようにして、抱き締める。
「エアリ、一体何をして……」
突然のことに、リゴールは困惑したように発する。
「貴方の気持ちを無視したことは謝るわ。けど、貴方たちのことを他人だと思っているわけではないということは、分かって。私は、リゴールたちのこと、大事に思っているから」
それから数十秒が経ったところで、私はようやく、彼から腕を離した。
その頃には、リゴールの目つきは普段と変わらないものに戻っていた。もう、私を睨んでもいない。
正気を取り戻したようだ。
「……すみません、エアリ」
リゴールは黄色い髪を触りながら、目を伏せて、いきなり謝罪してくる。
「その……わたくし、どうかしていました。世話になっているエアリに余計なことを言い、しかもビンタして……」
確かに、頬をはたかれた時は少し驚いた。が、それは、気が動転していたからの行動だったのだろう。そこは分かっている。それゆえ、彼を責める気はない。
「申し訳ありません!」
リゴールは凄まじい勢いで頭を下げた。
彼だけが悪いわけではないにもかかわらず彼一人に謝らせるのは申し訳なくて、私は慌てて「いいの! 謝らないで!」と返す。するとリゴールはゆっくり頭を上げたが、「わたくしは未熟です……。こんなだから、不幸ばかりを引き寄せるのでしょうね……」などと漏らしていた。
「さて。じゃあ家へ戻りましょ」
「そうでしたね……!」
「ここからはゆっくりで大丈夫よ」
私は改めて手を差し出す。
その手を、彼はそっと握った。
リゴールが落ち着き、ようやく再び歩き出した——その時。
背後から微かな音が聞こえ、咄嗟に振り返る。と、視界の端に、飛んでくる黒い矢が見えた。
この矢は見たことがある。
これは、初めてトランに会った日に、デスタンを射った矢——あれと同じだ。
「なっ……!?」
耳に入るのは、リゴールの引きつった驚きの声。
矢の先端は確かにリゴールの胸元を狙っている。恐らく、即死させようとしているのだろう。矢の飛び方は、驚くほどぶれがない。
「危ない!」
咄嗟に剣を持ち上げ、横向けにして、体の前へと出す。
——数秒後。
飛んできたいくつもの黒い矢は、剣の刃の部分へ命中した。
「エアリ、ご無事でっ……!?」
「えぇ。取り敢えず防いだわ」
闇雲に放たれた矢なら、こんなに上手く防いぐことはできなかっただろう。たとえ数本を防ぐことはできたとしても、数本はどこかに刺さっていたはずだ。
剣の刃部分だけですべてを防げたのは、全部の矢がぶれずにリゴールの胸元に向かって飛んできていたからと言えるだろう。
そういう意味では、矢の正確さ、ぶれなさに、救われたと言えるかもしれない。
「これは、グラネイトだけでなく、トランも来ているということでしょうか!?」
「分からない……けど、その可能性も高いわね」
「では、より一層、早く逃げなくてはなりませんね!?」
今のところ、再び黒い矢が飛んできそうな感じはない。
けれど、油断はできない。
「そうね。急ぎましょう」
「はい!」
私たち二人がミセの家に到着した時、ちょうど玄関からミセが出てきたところだった。
「エアリ! リゴールくん!」
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