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episode.62 偽と真と
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エアリらがミセの家を出ていっていた、その頃。
ブラックスターでは、トランがウェスタを、人の気配のない岩場へ呼び出していた。
「やぁ。来てくれたんだね」
「……何の用」
血のように赤い空の下。水滴どころか、雑草さえ生えない、乾いた大地。黒や茶褐色の岩が剥き出しになっている。
そこには、「美しい」の「う」の字さえない。
——そんな場所で、トランとウェスタは顔を合わせている。
「グラネイト、って人のことは知ってるかな?」
トランは、自分の背の高さほどある一個の岩の天辺に腰掛けたまま、柔らかな表情でウェスタに問いかける。だが、対するウェスタは怪訝な顔。どことなく楽しげな顔のトランとは対照的に、彼女は固さのある顔つきをしている。
「……それが何」
「彼のことで、伝えなくちゃならないことがあるんだ。聞いてもらえるかなー?」
軽やかな口調に苛立ったのか、ウェスタは眉をつり上げる。しかも、それだけでは収まらず。右の手のひらを胸の前で上向け、炎の小さな塊を生み出す。
「わざわざこんなところへ呼び出して……何のつもり」
「まぁまぁ。そうカッとしないでよー」
今にも攻撃を仕掛けそうな空気を漂わせるウェスタを宥めようと、トランは頬を柔らかく緩める。
だがそれに意味はなく。
ウェスタが漂わせる空気は、さらに殺伐としたものへと変化していってしまう。
「まずはボクの話を聞いてほしいなぁ」
「……最短で済ませて」
トランはウェスタの言葉に「分かったよー」と返すと、急激に真剣な顔つきになった。
そして、彼らしからぬ重苦しい声色で告げる。
「グラネイトが死んだ」
その言葉が、ウェスタの瞳を派手に揺らした。
ここまでの彼女は冷静だった。不真面目な雰囲気をまとうトランに少々苛立っている様子ではあったものの、声を荒らげたり表情を大きく変えることはしておらず。ただ早く帰りたそうにしているだけだった。
しかし、ここに来て、ウェスタの顔つきに変化が訪れた。
「……あり得ない」
「いいや、真実だよ。ボクに力を貸してくれていた彼は、王子やその仲間との戦いの中で、不運にも命を落としてしまったんだ」
トランは悲しげに語る。
だが、その表情は微かな余裕を感じさせるもので。
「……姿を隠しただけ、その可能性もないことはない」
だからかどうかは分からないが、ウェスタは、トランの言葉が偽りのものであると気づいているかのような発言をした。
「ふふふ。それはないと思うなぁ」
「……なぜ」
ウェスタはトランを睨む。
しかしトランは平常心を保ち続けた。
「ボクは確かに見たからねー。彼の体が消えてなくなったところを」
「そう易々死ぬとは思えない」
「信じたくないのは分かるよ? けど、真実から目を逸らそうとするのは止めなよ。そういうのは良くないよー」
その時になって、トランはついに、座っていた岩から飛び降りた。
自分の背ほどの高さはある岩から飛び降りるとなると、普通は少しくらい身構えるであろう。下手に飛び降りると、怪我をする可能性も無ではないからだ。
だが、今の彼には、身構えている様子など欠片もなく。
彼は、平地を歩くのと変わらないほどあっさりと飛び降り、見事な着地を決めた。
その結果、ウェスタとトランは同じ大地に立って向かい合うこととなる。
背を比べるなら、ウェスタの方が高い。
「君と彼、結構付き合いが長いんだってね?」
「……どうしてそんなことを」
「彼から聞いていたんだよ。もうずっと一緒に仕事してるーって」
「……そう」
微かな風が吹く。
それによって乱れた髪を、ウェスタは片手で整えた。
「仲間をやられたんだよ。悔しいとは思わないのかな?」
トランは少しばかり目を細め、煽るような問いを放つ。
「残念だが、思わない」
ウェスタはきっぱり答えた。
「あれ? 君って案外冷たいんだねー」
「何とでも言えばいい。それに、もしグラネイトが本当に殺られたのだとしたら……それは、弱かったから。残念なこと、でも仕方がない」
するとトランは、唐突に「ふふふ」と笑い声を漏らした。
愉快そうに口角を持ち上げている。
「……何がおかしい」
「ううん、何でも。ただ、案外シビアなんだなーと思っただけだよ」
トランの返答に、わけが分からない、というような顔をするウェスタ。彼女が言葉を発することはなかったが、その面には、何か言いたそうな色が浮かんでいた。
「そろそろ……時間。帰らせてもらう」
「んー? 時間ってー?」
「仕事がある」
「えぇー。ボクより仕事を優先するんだー」
「当然のこと」
ウェスタは呆れたように、はぁ、と、大きな溜め息をつく。
そんな彼女の背に向かって、トランは言葉を飛ばした。
「最後に一つ聞いても良いかなぁ?」
そんな言葉を。
「……何」
「君の望みは?」
少年のような無邪気さで問われ、ウェスタは戸惑った顔をする。が、数秒経ってから、「それに答える気はない」とはっきり返した。その時の彼女の表情に迷いはなかった。
冷たい態度をとる彼女に、トランは「もしかして、お兄さんを取り返すこと?」と尋ねる。
もちろん満面の笑みで。
だが、それでもウェスタは答えない。前回の問いの時とは違って、今度はもう、何一つとして言葉を返さなかった。
答えたくないのか。
答えられないのか。
彼女の心、そのすべては暗闇の中。
闇に沈む本当のそれを知る者など、この世には存在しない。
もし、たった一人それを知ることができる者がいるとしたら、彼女自身だろうが。
けれど、本人さえすべてを知ってはいないと考えた方が、現実に近いのかもしれない。人の心とは難解で、本人であっても易々と理解することはできないものだから。
「……うーん、今回はあまり上手くいかなかったなぁ」
ウェスタが去った後、荒れた地に一人残されたトランは、その場に佇みながら、独り言を漏らしていた。
ブラックスターでは、トランがウェスタを、人の気配のない岩場へ呼び出していた。
「やぁ。来てくれたんだね」
「……何の用」
血のように赤い空の下。水滴どころか、雑草さえ生えない、乾いた大地。黒や茶褐色の岩が剥き出しになっている。
そこには、「美しい」の「う」の字さえない。
——そんな場所で、トランとウェスタは顔を合わせている。
「グラネイト、って人のことは知ってるかな?」
トランは、自分の背の高さほどある一個の岩の天辺に腰掛けたまま、柔らかな表情でウェスタに問いかける。だが、対するウェスタは怪訝な顔。どことなく楽しげな顔のトランとは対照的に、彼女は固さのある顔つきをしている。
「……それが何」
「彼のことで、伝えなくちゃならないことがあるんだ。聞いてもらえるかなー?」
軽やかな口調に苛立ったのか、ウェスタは眉をつり上げる。しかも、それだけでは収まらず。右の手のひらを胸の前で上向け、炎の小さな塊を生み出す。
「わざわざこんなところへ呼び出して……何のつもり」
「まぁまぁ。そうカッとしないでよー」
今にも攻撃を仕掛けそうな空気を漂わせるウェスタを宥めようと、トランは頬を柔らかく緩める。
だがそれに意味はなく。
ウェスタが漂わせる空気は、さらに殺伐としたものへと変化していってしまう。
「まずはボクの話を聞いてほしいなぁ」
「……最短で済ませて」
トランはウェスタの言葉に「分かったよー」と返すと、急激に真剣な顔つきになった。
そして、彼らしからぬ重苦しい声色で告げる。
「グラネイトが死んだ」
その言葉が、ウェスタの瞳を派手に揺らした。
ここまでの彼女は冷静だった。不真面目な雰囲気をまとうトランに少々苛立っている様子ではあったものの、声を荒らげたり表情を大きく変えることはしておらず。ただ早く帰りたそうにしているだけだった。
しかし、ここに来て、ウェスタの顔つきに変化が訪れた。
「……あり得ない」
「いいや、真実だよ。ボクに力を貸してくれていた彼は、王子やその仲間との戦いの中で、不運にも命を落としてしまったんだ」
トランは悲しげに語る。
だが、その表情は微かな余裕を感じさせるもので。
「……姿を隠しただけ、その可能性もないことはない」
だからかどうかは分からないが、ウェスタは、トランの言葉が偽りのものであると気づいているかのような発言をした。
「ふふふ。それはないと思うなぁ」
「……なぜ」
ウェスタはトランを睨む。
しかしトランは平常心を保ち続けた。
「ボクは確かに見たからねー。彼の体が消えてなくなったところを」
「そう易々死ぬとは思えない」
「信じたくないのは分かるよ? けど、真実から目を逸らそうとするのは止めなよ。そういうのは良くないよー」
その時になって、トランはついに、座っていた岩から飛び降りた。
自分の背ほどの高さはある岩から飛び降りるとなると、普通は少しくらい身構えるであろう。下手に飛び降りると、怪我をする可能性も無ではないからだ。
だが、今の彼には、身構えている様子など欠片もなく。
彼は、平地を歩くのと変わらないほどあっさりと飛び降り、見事な着地を決めた。
その結果、ウェスタとトランは同じ大地に立って向かい合うこととなる。
背を比べるなら、ウェスタの方が高い。
「君と彼、結構付き合いが長いんだってね?」
「……どうしてそんなことを」
「彼から聞いていたんだよ。もうずっと一緒に仕事してるーって」
「……そう」
微かな風が吹く。
それによって乱れた髪を、ウェスタは片手で整えた。
「仲間をやられたんだよ。悔しいとは思わないのかな?」
トランは少しばかり目を細め、煽るような問いを放つ。
「残念だが、思わない」
ウェスタはきっぱり答えた。
「あれ? 君って案外冷たいんだねー」
「何とでも言えばいい。それに、もしグラネイトが本当に殺られたのだとしたら……それは、弱かったから。残念なこと、でも仕方がない」
するとトランは、唐突に「ふふふ」と笑い声を漏らした。
愉快そうに口角を持ち上げている。
「……何がおかしい」
「ううん、何でも。ただ、案外シビアなんだなーと思っただけだよ」
トランの返答に、わけが分からない、というような顔をするウェスタ。彼女が言葉を発することはなかったが、その面には、何か言いたそうな色が浮かんでいた。
「そろそろ……時間。帰らせてもらう」
「んー? 時間ってー?」
「仕事がある」
「えぇー。ボクより仕事を優先するんだー」
「当然のこと」
ウェスタは呆れたように、はぁ、と、大きな溜め息をつく。
そんな彼女の背に向かって、トランは言葉を飛ばした。
「最後に一つ聞いても良いかなぁ?」
そんな言葉を。
「……何」
「君の望みは?」
少年のような無邪気さで問われ、ウェスタは戸惑った顔をする。が、数秒経ってから、「それに答える気はない」とはっきり返した。その時の彼女の表情に迷いはなかった。
冷たい態度をとる彼女に、トランは「もしかして、お兄さんを取り返すこと?」と尋ねる。
もちろん満面の笑みで。
だが、それでもウェスタは答えない。前回の問いの時とは違って、今度はもう、何一つとして言葉を返さなかった。
答えたくないのか。
答えられないのか。
彼女の心、そのすべては暗闇の中。
闇に沈む本当のそれを知る者など、この世には存在しない。
もし、たった一人それを知ることができる者がいるとしたら、彼女自身だろうが。
けれど、本人さえすべてを知ってはいないと考えた方が、現実に近いのかもしれない。人の心とは難解で、本人であっても易々と理解することはできないものだから。
「……うーん、今回はあまり上手くいかなかったなぁ」
ウェスタが去った後、荒れた地に一人残されたトランは、その場に佇みながら、独り言を漏らしていた。
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