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episode.79 あの夢の、でも
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トランが言葉を発した瞬間、垂れ下がっていた半透明の黒い布は消えた。
その様子を目にしたトランは、私の方へと視線を移し、にっこり笑って言ってくれる。
「入っていいみたいだよー」
黒い布が消えれば入っていい、と、決まっているのだろうか。
「……本当に大丈夫なの?」
「うんうん、問題ないよー」
私は彼をじっと見つめる。すると彼は、私を、真っ直ぐに見つめ返してきた。
嘘をついている人間の顔ではない。
だから私は、信じてみることにした。
手足はもう拘束されていない。己の意思で、好きなように動かせる。
私は足を進め、王妃の間へと入っていく。
「んふふ……来てくれたのね……」
王妃の間で私を待っていたのは、見覚えのある人物だった。
肩まで伸びる唐紅の髪。唯一黒い、前髪の一房。華やかな顔立ち。そして、衣服を身にまとっていても女性の魅力を放っている、豊満な体。
「貴女!」
間違いない。
彼女は、私の悪夢に出てきた人物だ。
私がみた夢の中で、リゴールを襲っていた彼女。違いない。
「……どうかしたのかしら?」
かなり体のラインが出る、血のように赤いドレス。肩から手首まで伸びる袖は、黒いレースでできている。
「貴女、王妃だったの!?」
夢に出てきた人物とこんなところで会うなんて、と驚き、思わず大声を発してしまう。
後から「いきなり大声はまずかったか」と自身の行動を悔やむ。しかし、目の前の王妃は何も言わず、魅惑的な笑みを浮かべるだけだった。
「んふふ……何を驚いているのかしら……」
「ごめんなさい、いきなり。少しびっくりしてしまって」
「びっ、くり……?」
「えぇ。というのも、つい最近みた夢に貴女が出てきていたの」
何となく普通に話してしまっているが、相手はブラックスター王妃。本人は怒っていないようだが、このような話し方をしていて問題ないのか少々不安である。
「んふふ……面白いことを言うわね……。少し、気に入ったわ。こうして巡り会えたのも何かの縁。二人でお話、しましょう……?」
王妃は妙に友好的。
なぜなのだろう。
その後、私は、王妃の間にて王妃と二人の時間を過ごした。
王妃の話によれば、ブラックスターでは、王妃を名前で呼ぶことはほとんどないらしい。何者であろうが、王妃は王妃という捉え方なのだとか。
個人的には、永遠に名で呼ばれないというのは寂しくなりそうな気がする。しかし、彼女はあまり気にしていないようだった。もしかしたら、慣れれば案外気にならないものなのかもしれない。
「それにしても……驚いたわ」
王妃の間のベッドに腰掛け、私は彼女と話す。
「え?」
「ホワイトスターの王子はお子ちゃまでしょう。あれが気に入るくらいたぶらかした女なんて、どんな色っぽい女なのかと気になっていたのだけれど……んふふ……」
黒く塗られた長い爪が目立つ手を口元に添えつつ、王妃はそんなことを言う。
「案外……地味な女、だったわね……んふふ……」
ちょっと! 馬鹿にしないでちょうだい!
できるなら、そう言ってやりたいところだ。
しかし、彼女の発言のすべてが間違っているわけではないため、鋭い物言いはしづらい。特に、私が地味な女であるというところなどは、まぎれもない事実である。
そういったこともあるため、私は、何も言い返さないでおいた。
それに。
ここは敵地、彼女は敵陣営の王妃。それゆえ、あまり刺激するのは良くない。
私はホワイトスター王族ではないから少しはましかもしれないけれど。でも、好戦的な態度をとったがために痛い目に遭わされるという可能性も、ゼロではない。
ここは大人しくしておくに限る。
「んふふ……ホワイトスターの王子の趣味は、よく分からないわね」
さりげなく失礼なことを言われたが、我慢。怒りを露わにしてしまわないよう耐えながら、王妃の様子を窺う。
するとその時、彼女は、唐突に立ち上がった。
「んふふ。じゃあそろそろ……お開きとしましょうか?」
立ち上がった王妃は、くるりと振り返り、まだベッドに腰掛けている私へ視線を落とす。そして、色気のある唇に怪しい笑みを浮かべた。
「話は終わり、ということ?」
「んふふ。そうよ」
そう聞き、私は腰を上げる。
「気に入ったわ……可愛い娘ね。良ければ……んふふ。またいらっしゃい」
「ありがとう」
話している間、ずっと、気を抜きすぎず様子を窺ってみていた。しかし、王妃にもその周囲にも、不自然な動きはなかった。王妃が私を「地味な女」などと言ったりしていたのもただの私語の一環であったようだし。
「んふふ……じゃ、迎えを呼んであげる」
分からないことが多すぎる。
この世界——ブラックスターは、まだ、私にはよく分からない。
その後、王妃が迎えを呼んでくれ、トランが迎えにやって来た。私の身柄は彼へと渡され、来た道を引き返す。
「王妃様はどうだったー?」
歩いている途中、私の両手首を掴んで動かないようにしているトランが、そんなことを尋ねてきた。
「なんというか……よく分からなかったわ」
「ふーん。よく分からなかったんだ」
下手な答え方をしたら、何をされるか分かったものじゃない。当たり障りのないことだけを言うようにしておかなくては。
「意外と優しかったからよ。だから、少し不自然な感じがしたの」
私たちが歩む道には、人の気配がほとんどない。
「そっか。あの人、元はボクらと同じでさぁ」
「同じ……?」
「王直属軍の一員だったんだ」
歩きながら、トランはそんなことを話す。
彼の言葉は信頼できない。
彼自身が、常に怪しいから。
「そこから成り上がったんだよ、王妃様にまでねー」
「……そうなの」
「いいよねー、女は。少し可愛いだけで出世できるんだから」
足を動かしながら、トランは軽い調子で言った。
その言葉に、私は、ほんの少し切ない気持ちになる。そんな風に思われるのか、と。
その様子を目にしたトランは、私の方へと視線を移し、にっこり笑って言ってくれる。
「入っていいみたいだよー」
黒い布が消えれば入っていい、と、決まっているのだろうか。
「……本当に大丈夫なの?」
「うんうん、問題ないよー」
私は彼をじっと見つめる。すると彼は、私を、真っ直ぐに見つめ返してきた。
嘘をついている人間の顔ではない。
だから私は、信じてみることにした。
手足はもう拘束されていない。己の意思で、好きなように動かせる。
私は足を進め、王妃の間へと入っていく。
「んふふ……来てくれたのね……」
王妃の間で私を待っていたのは、見覚えのある人物だった。
肩まで伸びる唐紅の髪。唯一黒い、前髪の一房。華やかな顔立ち。そして、衣服を身にまとっていても女性の魅力を放っている、豊満な体。
「貴女!」
間違いない。
彼女は、私の悪夢に出てきた人物だ。
私がみた夢の中で、リゴールを襲っていた彼女。違いない。
「……どうかしたのかしら?」
かなり体のラインが出る、血のように赤いドレス。肩から手首まで伸びる袖は、黒いレースでできている。
「貴女、王妃だったの!?」
夢に出てきた人物とこんなところで会うなんて、と驚き、思わず大声を発してしまう。
後から「いきなり大声はまずかったか」と自身の行動を悔やむ。しかし、目の前の王妃は何も言わず、魅惑的な笑みを浮かべるだけだった。
「んふふ……何を驚いているのかしら……」
「ごめんなさい、いきなり。少しびっくりしてしまって」
「びっ、くり……?」
「えぇ。というのも、つい最近みた夢に貴女が出てきていたの」
何となく普通に話してしまっているが、相手はブラックスター王妃。本人は怒っていないようだが、このような話し方をしていて問題ないのか少々不安である。
「んふふ……面白いことを言うわね……。少し、気に入ったわ。こうして巡り会えたのも何かの縁。二人でお話、しましょう……?」
王妃は妙に友好的。
なぜなのだろう。
その後、私は、王妃の間にて王妃と二人の時間を過ごした。
王妃の話によれば、ブラックスターでは、王妃を名前で呼ぶことはほとんどないらしい。何者であろうが、王妃は王妃という捉え方なのだとか。
個人的には、永遠に名で呼ばれないというのは寂しくなりそうな気がする。しかし、彼女はあまり気にしていないようだった。もしかしたら、慣れれば案外気にならないものなのかもしれない。
「それにしても……驚いたわ」
王妃の間のベッドに腰掛け、私は彼女と話す。
「え?」
「ホワイトスターの王子はお子ちゃまでしょう。あれが気に入るくらいたぶらかした女なんて、どんな色っぽい女なのかと気になっていたのだけれど……んふふ……」
黒く塗られた長い爪が目立つ手を口元に添えつつ、王妃はそんなことを言う。
「案外……地味な女、だったわね……んふふ……」
ちょっと! 馬鹿にしないでちょうだい!
できるなら、そう言ってやりたいところだ。
しかし、彼女の発言のすべてが間違っているわけではないため、鋭い物言いはしづらい。特に、私が地味な女であるというところなどは、まぎれもない事実である。
そういったこともあるため、私は、何も言い返さないでおいた。
それに。
ここは敵地、彼女は敵陣営の王妃。それゆえ、あまり刺激するのは良くない。
私はホワイトスター王族ではないから少しはましかもしれないけれど。でも、好戦的な態度をとったがために痛い目に遭わされるという可能性も、ゼロではない。
ここは大人しくしておくに限る。
「んふふ……ホワイトスターの王子の趣味は、よく分からないわね」
さりげなく失礼なことを言われたが、我慢。怒りを露わにしてしまわないよう耐えながら、王妃の様子を窺う。
するとその時、彼女は、唐突に立ち上がった。
「んふふ。じゃあそろそろ……お開きとしましょうか?」
立ち上がった王妃は、くるりと振り返り、まだベッドに腰掛けている私へ視線を落とす。そして、色気のある唇に怪しい笑みを浮かべた。
「話は終わり、ということ?」
「んふふ。そうよ」
そう聞き、私は腰を上げる。
「気に入ったわ……可愛い娘ね。良ければ……んふふ。またいらっしゃい」
「ありがとう」
話している間、ずっと、気を抜きすぎず様子を窺ってみていた。しかし、王妃にもその周囲にも、不自然な動きはなかった。王妃が私を「地味な女」などと言ったりしていたのもただの私語の一環であったようだし。
「んふふ……じゃ、迎えを呼んであげる」
分からないことが多すぎる。
この世界——ブラックスターは、まだ、私にはよく分からない。
その後、王妃が迎えを呼んでくれ、トランが迎えにやって来た。私の身柄は彼へと渡され、来た道を引き返す。
「王妃様はどうだったー?」
歩いている途中、私の両手首を掴んで動かないようにしているトランが、そんなことを尋ねてきた。
「なんというか……よく分からなかったわ」
「ふーん。よく分からなかったんだ」
下手な答え方をしたら、何をされるか分かったものじゃない。当たり障りのないことだけを言うようにしておかなくては。
「意外と優しかったからよ。だから、少し不自然な感じがしたの」
私たちが歩む道には、人の気配がほとんどない。
「そっか。あの人、元はボクらと同じでさぁ」
「同じ……?」
「王直属軍の一員だったんだ」
歩きながら、トランはそんなことを話す。
彼の言葉は信頼できない。
彼自身が、常に怪しいから。
「そこから成り上がったんだよ、王妃様にまでねー」
「……そうなの」
「いいよねー、女は。少し可愛いだけで出世できるんだから」
足を動かしながら、トランは軽い調子で言った。
その言葉に、私は、ほんの少し切ない気持ちになる。そんな風に思われるのか、と。
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