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episode.89 夢と記憶と
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「あの女は、危険な女です。不気味な笑みを浮かべながら、鎌を振り回す。あれはもはや、思い出したくない光景です」
リゴールはベッドから立ち上がりながら、そんなことを述べる。
彼が発するその言葉に、私は動揺せずにはいられなかった。彼が述べる言葉の端々に、私がみた夢と共通する部分があったからである。
しかし、私が密かに動揺していることを、リゴールは気づいていないようで。彼はソファの前まで歩いてきて、私の手をそっと握った。
「……何もなくて、良かったです」
絞り出すような声だった。
「エアリだけでも無事で、良かった」
「ありがとう」
彼の青い瞳は、私をじっと捉えている。
私もその瞳を見つめ返す。
ここには私たちしかいない。二人だけの空間は静かで、でもどこか温かい。
「ねぇ、リゴール」
今なら何でも聞けそうな気がしたから、私はそっと尋ねてみることにした。
「何でしょう?」
「あのね、私、夢をみたの。しばらく前のことなんだけど……」
いきなりこんな話を始めても理解してもらえないかもしれない。
でも、それでも、誰かに言いたかった。
「貴方ともう一人男の人が話していて、そこにあの王妃が現れる、そんな夢」
リゴールは黙って、こちらへ真剣な眼差しを向けてくれている。
「今貴方の話を聞いていて、妙に共通点を感じてしまって。もしかしてあの夢は、貴方の記憶なんじゃないかって……」
言いたいことは明確にある。けれど、それを言葉に落とし込むのは難しく。何とか上手く言おうと努力してみてはいるが、なかなか思い通りにはならない。思いを言葉に変えようとする時には、これでは伝わらないのではないか、おかしいと思われるのではないか、というような不安が常に付きまとい。結局、まとまらない文章しか、口から出せなくなってしまう。
「……ごめんなさい、おかしなことを」
「いえ。実際にそうである可能性はありますよ」
「えっ」
思わず、怪訝な顔をしてしまった。
「多少であれホワイトスターの血を引く者であるならば、そういうことがあってもおかしくはありません」
リゴールはほんの少し頬を緩める。
「もしかしたら……それが貴女の力なのかもしれないですね」
その日以降、私はまたリョウカとの剣の訓練に戻った。
デスタンが戦えない状況だからこそ、私が強くならねばならない。今でも最初に比べればましだが、それで満足しているようでは意識が低すぎる。
「せいっ!」
「……っ!」
「とりゃ! はぁっ!」
「ちょっ……ま……」
「待って、なんてないよ!」
「えぇ!?」
だが、やる気さえあれば強くなれるというわけでもないようで。
「ま……また負けた……」
「えっへん!」
私はリョウカには勝てない。
木製の剣での模擬試合、今日だけで既に十戦十敗だ。
「ま、あたしが負けるわけないね!」
十試合も続けているというのに、リョウカは呼吸さえ乱れていない。彼女の体力は無尽蔵なのか。
「さすがに強いわね……」
「まぁね!」
私は立ってさえいられず、その場に座り込んでしまう。
「けど、エアリもいい感じじゃない? 短期間でここまで戦えるようになったのは凄いよっ」
座り込んでいるにもかかわらず息が整わない私のすぐ横へしゃがみ、リョウカはそんな言葉をかけてくれた。
「そう……?」
「この年でこの成長スピードは凄いよ!」
リョウカがかけてくれる言葉は、とても嬉しい言葉だ。
けれど、それに甘えていてはならない。
見据えるのはもっと上。
そうでなくては、私は強くなれない。
「何が凄いってさ、デスタンに『凄い』って言わせたことが凄い!」
「……デスタンさんが?」
「うん。前に一回話した時ね、処刑場でのエアリの動きは凄かったって、そう言ってたよ」
処刑場、なんていうのは、リョウカに言って良いところなのだろうか……。
「あと、もっと強くしてやってほしいって、なんか大金渡された!」
「大金?」
「自分の稼ぎだから遠慮なく受け取れーってさ。ま、遠慮なく返したけどね!」
返したのか。
受け取らなかったのね。
「……期待してくれているのね、デスタンさんは」
「みたいだねっ」
「なら一層……頑張らなくちゃ」
こんなことになるなんて、考えてもみなかった。けれど、これが定めだったのかもしれないと、今は思う。
リゴールと出会った時から。
彼の手を取った時から。
私はこの道に進むと決まっていたのかもしれない。
だとしたら、私がすべきことは一つ。
リゴールを護れるように、日々鍛練を怠らないことだ。
「エアリがその気なら、あたし、もっと協力するよ!」
「ありがとう、リョウカ」
「任せて任せてっ!」
こうして私がリョウカと剣の練習をしていた間、リゴールはバッサから家事の指導を受けていたそうだ。
ある日ばったり出会ったバッサから聞いた話によれば、彼は、家事の才能があるらしい。掃除やゴミまとめ、お茶淹れなど、様々な家事を教えたバッサが言うには「向いている」とか。
こう言っては失礼になるかもしれないが——家事が向いている王子なんて少し意外だ。
だが、リゴールは素直である。人の言うことを素直に聞ける心の持ち主ゆえ、習得するのも早いのかもしれない。
リゴールが頑張っているのだから、私も頑張らなくちゃ。
バッサから話を聞き、私はそう思った。
そうして時が過ぎてゆく中、ふと思うことがあった。
デスタンはどうすべきなのだろう、と。
彼の世話は使用人が付きっきりで行っているようだ。だが、それだけで良いのだろうかと、時折疑問に思ってしまうことがある。彼にも、もっと何か、楽しいことがある方が良いのではないか。そんなことを考えてしまって。
だが、善意からであっても、余計なことをしてしまったら申し訳ない。
だから私は、本人に直接尋ねてみることに決めた。
リゴールはベッドから立ち上がりながら、そんなことを述べる。
彼が発するその言葉に、私は動揺せずにはいられなかった。彼が述べる言葉の端々に、私がみた夢と共通する部分があったからである。
しかし、私が密かに動揺していることを、リゴールは気づいていないようで。彼はソファの前まで歩いてきて、私の手をそっと握った。
「……何もなくて、良かったです」
絞り出すような声だった。
「エアリだけでも無事で、良かった」
「ありがとう」
彼の青い瞳は、私をじっと捉えている。
私もその瞳を見つめ返す。
ここには私たちしかいない。二人だけの空間は静かで、でもどこか温かい。
「ねぇ、リゴール」
今なら何でも聞けそうな気がしたから、私はそっと尋ねてみることにした。
「何でしょう?」
「あのね、私、夢をみたの。しばらく前のことなんだけど……」
いきなりこんな話を始めても理解してもらえないかもしれない。
でも、それでも、誰かに言いたかった。
「貴方ともう一人男の人が話していて、そこにあの王妃が現れる、そんな夢」
リゴールは黙って、こちらへ真剣な眼差しを向けてくれている。
「今貴方の話を聞いていて、妙に共通点を感じてしまって。もしかしてあの夢は、貴方の記憶なんじゃないかって……」
言いたいことは明確にある。けれど、それを言葉に落とし込むのは難しく。何とか上手く言おうと努力してみてはいるが、なかなか思い通りにはならない。思いを言葉に変えようとする時には、これでは伝わらないのではないか、おかしいと思われるのではないか、というような不安が常に付きまとい。結局、まとまらない文章しか、口から出せなくなってしまう。
「……ごめんなさい、おかしなことを」
「いえ。実際にそうである可能性はありますよ」
「えっ」
思わず、怪訝な顔をしてしまった。
「多少であれホワイトスターの血を引く者であるならば、そういうことがあってもおかしくはありません」
リゴールはほんの少し頬を緩める。
「もしかしたら……それが貴女の力なのかもしれないですね」
その日以降、私はまたリョウカとの剣の訓練に戻った。
デスタンが戦えない状況だからこそ、私が強くならねばならない。今でも最初に比べればましだが、それで満足しているようでは意識が低すぎる。
「せいっ!」
「……っ!」
「とりゃ! はぁっ!」
「ちょっ……ま……」
「待って、なんてないよ!」
「えぇ!?」
だが、やる気さえあれば強くなれるというわけでもないようで。
「ま……また負けた……」
「えっへん!」
私はリョウカには勝てない。
木製の剣での模擬試合、今日だけで既に十戦十敗だ。
「ま、あたしが負けるわけないね!」
十試合も続けているというのに、リョウカは呼吸さえ乱れていない。彼女の体力は無尽蔵なのか。
「さすがに強いわね……」
「まぁね!」
私は立ってさえいられず、その場に座り込んでしまう。
「けど、エアリもいい感じじゃない? 短期間でここまで戦えるようになったのは凄いよっ」
座り込んでいるにもかかわらず息が整わない私のすぐ横へしゃがみ、リョウカはそんな言葉をかけてくれた。
「そう……?」
「この年でこの成長スピードは凄いよ!」
リョウカがかけてくれる言葉は、とても嬉しい言葉だ。
けれど、それに甘えていてはならない。
見据えるのはもっと上。
そうでなくては、私は強くなれない。
「何が凄いってさ、デスタンに『凄い』って言わせたことが凄い!」
「……デスタンさんが?」
「うん。前に一回話した時ね、処刑場でのエアリの動きは凄かったって、そう言ってたよ」
処刑場、なんていうのは、リョウカに言って良いところなのだろうか……。
「あと、もっと強くしてやってほしいって、なんか大金渡された!」
「大金?」
「自分の稼ぎだから遠慮なく受け取れーってさ。ま、遠慮なく返したけどね!」
返したのか。
受け取らなかったのね。
「……期待してくれているのね、デスタンさんは」
「みたいだねっ」
「なら一層……頑張らなくちゃ」
こんなことになるなんて、考えてもみなかった。けれど、これが定めだったのかもしれないと、今は思う。
リゴールと出会った時から。
彼の手を取った時から。
私はこの道に進むと決まっていたのかもしれない。
だとしたら、私がすべきことは一つ。
リゴールを護れるように、日々鍛練を怠らないことだ。
「エアリがその気なら、あたし、もっと協力するよ!」
「ありがとう、リョウカ」
「任せて任せてっ!」
こうして私がリョウカと剣の練習をしていた間、リゴールはバッサから家事の指導を受けていたそうだ。
ある日ばったり出会ったバッサから聞いた話によれば、彼は、家事の才能があるらしい。掃除やゴミまとめ、お茶淹れなど、様々な家事を教えたバッサが言うには「向いている」とか。
こう言っては失礼になるかもしれないが——家事が向いている王子なんて少し意外だ。
だが、リゴールは素直である。人の言うことを素直に聞ける心の持ち主ゆえ、習得するのも早いのかもしれない。
リゴールが頑張っているのだから、私も頑張らなくちゃ。
バッサから話を聞き、私はそう思った。
そうして時が過ぎてゆく中、ふと思うことがあった。
デスタンはどうすべきなのだろう、と。
彼の世話は使用人が付きっきりで行っているようだ。だが、それだけで良いのだろうかと、時折疑問に思ってしまうことがある。彼にも、もっと何か、楽しいことがある方が良いのではないか。そんなことを考えてしまって。
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