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episode.97 叩き起こされ
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ある朝。
自室のベッドで眠っていると、バッサに叩き起こされた。
「お嬢様! エアリお嬢様!」
「ん……」
まだ早い時間でしょう。
もう少し寝かせて。
——そう言おうと思ったのだが。
ぼんやりとした視界に入ったバッサの顔は、異様に青ざめていて。それを見た私は、非常事態かもしれないと感じ、飛び起きた。
「何か……あったの?」
心臓が鳴る。
胸元が痛くなるほどに。
「良かった! 気がつかれましたか!」
「え、な、何……?」
「得体の知れない者たちが現れたのです!」
「えぇ!?」
敵襲。
となると、敵は恐らく、ブラックスターの手の者なのだろう。
「そ、そんな」
情けないことだが、声が震えてしまう。
敵襲なんてしばらくなかった。だから、急に言われても戸惑うことしかできない。心の準備ができていないのだ。
「バッサ、どういう状況なの?」
「今はリョウカさんが、怪しい者たちの相手をして下さっています」
「リゴールは!?」
「動けないデスタンさんを護らなくてはと、デスタンさんの部屋へ行かれました」
私が訓練を積んでも積んでも敵わないくらいの強さを持つリョウカがいてくれるから、多少心強くはある。しかし、彼女一人に任せっきりにするわけにはいかない。それに、数で負けていたら、さすがのリョウカでも勝てるとは限らないだろう。だから、油断はできない。
「私、リゴールのところへ行くわ」
ベッドから下り、枕元のペンダントを握る。
「バッサ。気をつけて」
「お、お待ち下さい! エアリお嬢様をお一人にはできません!」
歩き出そうとした私の右手首を、バッサの片手が掴んだ。
「……お願い、離して」
私は静かにそう言ったけれど、バッサがそれに頷いてくれることはなく。彼女は低い声で「それはできません」と返してきた。
「エアリお嬢様を護るようにと、エトーリアさんから命ぜられております。ですから、このバッサ、今回ばかりはお嬢様から離れるわけには参りません!」
どうして、と言いたくて。
でも言えなかった。
エトーリアは私の身を案じてくれているはず。そしてバッサも、その心は同じのはずだ。
そんな二人の気持ちを無視することは、私にはできない。
私はリゴールに会いに行きたい。彼のことが心配だから、傍へ行って、少しでも護りたいと思っている。
だからこそ、エトーリアやバッサの心も理解できてしまって。
手を振り払い、無理矢理走り去るなんてことは、どうしてもできなかった。
「バッサも一緒に来てくれない?」
「……お嬢様?」
顔面に困惑の色を濃く滲ませるバッサ。
「リゴールのことが心配なの。だから彼のところへ行きたいの。お願い、どうか分かって」
デスタンは戦えない状態だ。だからこそ、私が戦力にならなくてはならない。もしもの時には剣を抜き、敵を倒さなくてはならないのだ。
「お願い、バッサ。理解して」
「……エアリお嬢様。貴女はなぜ、エトーリアさんやこのバッサが心の底から心配しているということが、お分かりにならないのです」
バッサは目を細め、切なげな表情で言ってきた。
「違う! 分からないわけじゃないわ。他人の身を案じる心は私にだってあるもの!」
「ならお分かりになるはずです。なぜこのバッサが貴女を止めるのか」
そう、分かっている。
エトーリアも、バッサも、私のことを本当に大切に思ってくれていて、だから心配し、無茶なことをしようとするのを制止するのだろう。
私とて、その程度のことは理解できるのだ。
でも、だからといって彼女たちの意見のすべてに賛同できるわけではない。
私の人生は、私自身が決めるもの。誰かに言われたからといって、納得してもいないのに道を変えるなんてことは、したくない。他人の人生ではないのだから。
「でも、私だってリゴールのことが心配なの」
「あの方は男性ですよ、お嬢様。きっと大丈夫です」
「ごめんなさいバッサ。私にはそうは思えない。だから行くわ」
それだけ言って、部屋を出る。退室する直前、バッサが「お待ち下さい!」と叫ぶのが背後から聞こえたけれど、振り返ることはしなかった。
デスタンの部屋まではそう遠くない。だから、冷静さを欠かず進めば、たいして苦労することなくたどり着けた。
が、そこからが問題だった。
というのも、扉の前に敵がいたのだ。
扉の前に集っている敵は、一見、背が高いだけのただの人間のよう。
だが、よく見れば、人間ではないことがすぐに分かる。
肌は、昆布色を白寄りの灰色で薄めたような微妙な色み。耳は人の三倍ほどの長さがあり、その先端は二股に分かれ尖っている。
背が低いタイプしか見たことがないためはっきりとは判断できないが、恐らく、ブラックスターの使いだろう。
「剣!」
ペンダントを持っていた手に力を込め、剣へと変化させる。
敵の視線がこちらを向く。
彼らの大きな瞳から放たれる眼差しは、敵に向ける眼差しそのもの。
実は味方ということはなさそうだ。
なら、遠慮なくいける。
「ごめんなさい!」
柄を両手でしっかりと握り、敵が接近してきたところを狙って、剣を振り抜く。剣の先が、勢いよく突っ込んできた敵を薙ぐ。
刹那、右斜め後ろから気配。
鳩尾の前辺りに剣を構えたまま、その場で回転する。
右斜め後ろより接近してきていた敵一体は、一二秒ほどで消滅した。
敵はまだ残っている。
もっとも、そう易々と負ける気はないけれど。
「悪いけど……」
数や身長ではあちらの方が有利かもしれないが、その代わり、こちらには剣がある。それゆえ、こちらが圧倒的に不利ということはない。
そもそも、一度斬りさえすれば倒せる相手だ。彼らの迫力に飲まれさえしなければ、負けることはない。
「構ってる暇はないの!」
数体の敵に真っ直ぐ突っ込み、剣を振る。一体、一体、確実に剣を当て、消滅させていく。
そして。
結局、一分も経たないうちに、すべての敵を消滅させることができた。
早くリゴールに会いに行かねば。
その思いを胸に、デスタンの部屋へと続く扉のノブへ手をかけた。
自室のベッドで眠っていると、バッサに叩き起こされた。
「お嬢様! エアリお嬢様!」
「ん……」
まだ早い時間でしょう。
もう少し寝かせて。
——そう言おうと思ったのだが。
ぼんやりとした視界に入ったバッサの顔は、異様に青ざめていて。それを見た私は、非常事態かもしれないと感じ、飛び起きた。
「何か……あったの?」
心臓が鳴る。
胸元が痛くなるほどに。
「良かった! 気がつかれましたか!」
「え、な、何……?」
「得体の知れない者たちが現れたのです!」
「えぇ!?」
敵襲。
となると、敵は恐らく、ブラックスターの手の者なのだろう。
「そ、そんな」
情けないことだが、声が震えてしまう。
敵襲なんてしばらくなかった。だから、急に言われても戸惑うことしかできない。心の準備ができていないのだ。
「バッサ、どういう状況なの?」
「今はリョウカさんが、怪しい者たちの相手をして下さっています」
「リゴールは!?」
「動けないデスタンさんを護らなくてはと、デスタンさんの部屋へ行かれました」
私が訓練を積んでも積んでも敵わないくらいの強さを持つリョウカがいてくれるから、多少心強くはある。しかし、彼女一人に任せっきりにするわけにはいかない。それに、数で負けていたら、さすがのリョウカでも勝てるとは限らないだろう。だから、油断はできない。
「私、リゴールのところへ行くわ」
ベッドから下り、枕元のペンダントを握る。
「バッサ。気をつけて」
「お、お待ち下さい! エアリお嬢様をお一人にはできません!」
歩き出そうとした私の右手首を、バッサの片手が掴んだ。
「……お願い、離して」
私は静かにそう言ったけれど、バッサがそれに頷いてくれることはなく。彼女は低い声で「それはできません」と返してきた。
「エアリお嬢様を護るようにと、エトーリアさんから命ぜられております。ですから、このバッサ、今回ばかりはお嬢様から離れるわけには参りません!」
どうして、と言いたくて。
でも言えなかった。
エトーリアは私の身を案じてくれているはず。そしてバッサも、その心は同じのはずだ。
そんな二人の気持ちを無視することは、私にはできない。
私はリゴールに会いに行きたい。彼のことが心配だから、傍へ行って、少しでも護りたいと思っている。
だからこそ、エトーリアやバッサの心も理解できてしまって。
手を振り払い、無理矢理走り去るなんてことは、どうしてもできなかった。
「バッサも一緒に来てくれない?」
「……お嬢様?」
顔面に困惑の色を濃く滲ませるバッサ。
「リゴールのことが心配なの。だから彼のところへ行きたいの。お願い、どうか分かって」
デスタンは戦えない状態だ。だからこそ、私が戦力にならなくてはならない。もしもの時には剣を抜き、敵を倒さなくてはならないのだ。
「お願い、バッサ。理解して」
「……エアリお嬢様。貴女はなぜ、エトーリアさんやこのバッサが心の底から心配しているということが、お分かりにならないのです」
バッサは目を細め、切なげな表情で言ってきた。
「違う! 分からないわけじゃないわ。他人の身を案じる心は私にだってあるもの!」
「ならお分かりになるはずです。なぜこのバッサが貴女を止めるのか」
そう、分かっている。
エトーリアも、バッサも、私のことを本当に大切に思ってくれていて、だから心配し、無茶なことをしようとするのを制止するのだろう。
私とて、その程度のことは理解できるのだ。
でも、だからといって彼女たちの意見のすべてに賛同できるわけではない。
私の人生は、私自身が決めるもの。誰かに言われたからといって、納得してもいないのに道を変えるなんてことは、したくない。他人の人生ではないのだから。
「でも、私だってリゴールのことが心配なの」
「あの方は男性ですよ、お嬢様。きっと大丈夫です」
「ごめんなさいバッサ。私にはそうは思えない。だから行くわ」
それだけ言って、部屋を出る。退室する直前、バッサが「お待ち下さい!」と叫ぶのが背後から聞こえたけれど、振り返ることはしなかった。
デスタンの部屋まではそう遠くない。だから、冷静さを欠かず進めば、たいして苦労することなくたどり着けた。
が、そこからが問題だった。
というのも、扉の前に敵がいたのだ。
扉の前に集っている敵は、一見、背が高いだけのただの人間のよう。
だが、よく見れば、人間ではないことがすぐに分かる。
肌は、昆布色を白寄りの灰色で薄めたような微妙な色み。耳は人の三倍ほどの長さがあり、その先端は二股に分かれ尖っている。
背が低いタイプしか見たことがないためはっきりとは判断できないが、恐らく、ブラックスターの使いだろう。
「剣!」
ペンダントを持っていた手に力を込め、剣へと変化させる。
敵の視線がこちらを向く。
彼らの大きな瞳から放たれる眼差しは、敵に向ける眼差しそのもの。
実は味方ということはなさそうだ。
なら、遠慮なくいける。
「ごめんなさい!」
柄を両手でしっかりと握り、敵が接近してきたところを狙って、剣を振り抜く。剣の先が、勢いよく突っ込んできた敵を薙ぐ。
刹那、右斜め後ろから気配。
鳩尾の前辺りに剣を構えたまま、その場で回転する。
右斜め後ろより接近してきていた敵一体は、一二秒ほどで消滅した。
敵はまだ残っている。
もっとも、そう易々と負ける気はないけれど。
「悪いけど……」
数や身長ではあちらの方が有利かもしれないが、その代わり、こちらには剣がある。それゆえ、こちらが圧倒的に不利ということはない。
そもそも、一度斬りさえすれば倒せる相手だ。彼らの迫力に飲まれさえしなければ、負けることはない。
「構ってる暇はないの!」
数体の敵に真っ直ぐ突っ込み、剣を振る。一体、一体、確実に剣を当て、消滅させていく。
そして。
結局、一分も経たないうちに、すべての敵を消滅させることができた。
早くリゴールに会いに行かねば。
その思いを胸に、デスタンの部屋へと続く扉のノブへ手をかけた。
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