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episode.98 高齢男性
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扉を開けて、室内に入る。
そこには、ベッドに横たわっているデスタンと、不安げに寄り添うリゴールの姿があった。
「エアリ!」
リゴールは一瞬警戒心を露わにした。が、扉を開けたのが私だと気づくと、その顔面に安堵の色を滲ませる。
「大丈夫!?」
私が彼へ駆け寄るのとほぼ同時に、彼も私に駆け寄ってきた。
「はい! しかし、なぜここが?」
「バッサが教えてくれたの」
「そうでしたか! ……無事で何よりです」
少しして、リゴールは私の手元へ視線を落とす。そうして剣を目にし、ハッとしたような顔をする。
「もしかして……既に敵と?」
「えぇ、少しだけね」
「それは……申し訳ありません。エアリに戦わせるようなことになってしまって」
泣き出しそうな顔をするリゴールに、私は、首を横に振りながら「気にしないで」と言っておいた。リゴールに罪の意識を持ってほしくはないからである。
その頃になって、扉が再び開く。
駆け込んできたのはバッサ。
「失礼しますよ!」
「バッサ!」
「エアリお嬢様、やはりこちらに」
バッサはスムーズな足取りで寄ってきて、私の左手首を掴む。
「安全なところへ避難しましょう」
「無理よ。できないわ」
「エアリお嬢様、どうか……」
「私はここから離れないわ」
リゴールと離れる気はない。
たとえ、自分の身を護るためであったとしても。
そう心を決め、私はバッサをじっと見つめる。すると、十秒ほどの沈黙の後、バッサは口を開いた。
「……分かりました。では、バッサもここに待機しておきます」
呆れた、というような顔をされてしまっている。けれどそれで問題はない。むしろ、呆れられるくらいで済むならありがたいくらいだ。
「ありがとう!」
「ただし、このようなワガママはこれきりにして下さいよ」
「分かってる! 分かってるわ、バッサ!」
私は何度も大きく頷く。
ワガママはこれきりにする——そんな約束、果たせるわけがないけれど。
リゴールらがいる部屋へ着き、バッサとも合流して、十分ほどが経過しただろうか。
何の前触れもなく、突如扉が開いた。
——否、厳密には、吹き飛んだ。
「なっ……!」
埃が舞い上がる。
リゴールの顔は一瞬にして強張る。
「何事です、王子」
「デスタンはそこで寝ていて下さい」
「承知しました」
やがて、埃の舞い上がりが落ち着き、視界が晴れる。
するとそこには、高齢と思われる男性が立っていた。
しわの多い額や皮が弛んだ頬が年を感じさせる男性だ。背はさほど高くなく、手足は痩せ細っていて、杖をついている。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
高齢の男性は、攻撃を仕掛けてくるでもなく、文章を話すでもなく、ゆったりとした笑い声だけを発している。
リゴールは本を取り出し、戦闘準備を整えつつ、怪訝な顔をした。
海のような色をした二つの瞳は、高齢男性をじっと捉えている。
「何者ですか」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ」
警戒心を隠そうともせず、高齢男性へ問いを投げかけるリゴール。しかし高齢男性は何も答えなかった。いや、答えなかった、などという次元の話ではない。彼はそもそも、「ふぉ」以外の音を、まだ一度も発していないのだから。
「名乗りなさい!」
リゴールは調子を強める。
だが、高齢男性はニヤニヤするだけ。
このような調子では、高齢男性の正体は一向に分からないだろう。それでは、対話すべきなのか力を以て倒すべきなのかも決められない。
「彼は敵なの? リゴール」
「……恐らくは」
「ブラックスターの手の者?」
「そうと思われます、しかし……」
リゴールは眉をひそめている。
「しかし?」
「会ったことはないので、詳しいところまではよく分かりません」
控えめな口調でそう言って、リゴールは高齢男性の方を向く。さらに、視線を高齢男性へ集中させ、手に持っていた本を開く。
「敵意がないなら名乗りなさい。名乗らぬなら、敵意があるものと見なします」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉふぉ、ふぉぉ、ふぉ」
リゴールは目を細める。
「……参ります」
直後、持っている本の紙面から黄金の光が湧く。
直視したら目を傷めそうなほど、目映い輝き。それは、宙に弧を描き、じっとしている高齢男性に向かって飛んでいく。
いくつもの黄金の弧が高齢男性を襲う——直前。
高齢男性が初めて動いた。
杖の先をリゴールへ向けたのだ。
「リゴール!」
「……分かっています!」
杖の先端より放たれるは、銀の刃。
リゴールは咄嗟に自身の前へ防御膜を張る。
黄金の膜が刃をギリギリのところで防いだ。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ふぉふぉふぉふぉ、ふぉ」
防がれてもなお、高齢男性は笑っていた。しかも、とても穏やかな笑い方だ。しわがれてはいるが、綿菓子のように軽やかな、不思議な声である。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
高齢男性は杖をつきながら、ゆっくり、私たちがいる方へと近づいてくる。
一歩。二歩。そんな風に足を進める速度は、非常にゆっくりで。しかし、そのゆっくりさが、逆に恐怖心を掻き立ててくる。
「ふぉ!」
突如、男性はまたしても銀の刃を飛ばしてきた。
私は半ば無意識のうちにリゴールと高齢男性の間に飛び込み、剣を振って刃を弾き返す。
——が、大きく振り過ぎて、隙が生まれてしまった。
「……っ!」
高齢男性の口角がほんの僅かに持ち上がるのが、スローモーションのように見える。
このままでは駄目だ。
そう思った瞬間。
男性とは逆の方向から、黄金の光が迫ってきていることに気づく。
「え……」
黄金の光は私へ向かっている。
なぜ?
高齢男性にではなく?
リゴールにそんなことを問う暇はなく。
黄金の光は私に命中。私の体を遠くへ飛ばした。
私の体は制御不能な勢いで宙を飛び、一瞬にして床に落ちる。頭からの落下は何とか防ぐことはできたが、肩から床へ落ちたため、右肩を強打してしまった。
これは、普通に痛い。
「ちょっとリゴール、何を!?」
「申し訳ありませんエアリ! わたくしはただ、エアリが怪我させられてはいけないと……!」
いやいや。魔法をぶち当てておいて、そんなことを言われても。
ただ、リゴールの行動によって高齢男性からの攻撃をかわせたということは、事実だ。
そこには、ベッドに横たわっているデスタンと、不安げに寄り添うリゴールの姿があった。
「エアリ!」
リゴールは一瞬警戒心を露わにした。が、扉を開けたのが私だと気づくと、その顔面に安堵の色を滲ませる。
「大丈夫!?」
私が彼へ駆け寄るのとほぼ同時に、彼も私に駆け寄ってきた。
「はい! しかし、なぜここが?」
「バッサが教えてくれたの」
「そうでしたか! ……無事で何よりです」
少しして、リゴールは私の手元へ視線を落とす。そうして剣を目にし、ハッとしたような顔をする。
「もしかして……既に敵と?」
「えぇ、少しだけね」
「それは……申し訳ありません。エアリに戦わせるようなことになってしまって」
泣き出しそうな顔をするリゴールに、私は、首を横に振りながら「気にしないで」と言っておいた。リゴールに罪の意識を持ってほしくはないからである。
その頃になって、扉が再び開く。
駆け込んできたのはバッサ。
「失礼しますよ!」
「バッサ!」
「エアリお嬢様、やはりこちらに」
バッサはスムーズな足取りで寄ってきて、私の左手首を掴む。
「安全なところへ避難しましょう」
「無理よ。できないわ」
「エアリお嬢様、どうか……」
「私はここから離れないわ」
リゴールと離れる気はない。
たとえ、自分の身を護るためであったとしても。
そう心を決め、私はバッサをじっと見つめる。すると、十秒ほどの沈黙の後、バッサは口を開いた。
「……分かりました。では、バッサもここに待機しておきます」
呆れた、というような顔をされてしまっている。けれどそれで問題はない。むしろ、呆れられるくらいで済むならありがたいくらいだ。
「ありがとう!」
「ただし、このようなワガママはこれきりにして下さいよ」
「分かってる! 分かってるわ、バッサ!」
私は何度も大きく頷く。
ワガママはこれきりにする——そんな約束、果たせるわけがないけれど。
リゴールらがいる部屋へ着き、バッサとも合流して、十分ほどが経過しただろうか。
何の前触れもなく、突如扉が開いた。
——否、厳密には、吹き飛んだ。
「なっ……!」
埃が舞い上がる。
リゴールの顔は一瞬にして強張る。
「何事です、王子」
「デスタンはそこで寝ていて下さい」
「承知しました」
やがて、埃の舞い上がりが落ち着き、視界が晴れる。
するとそこには、高齢と思われる男性が立っていた。
しわの多い額や皮が弛んだ頬が年を感じさせる男性だ。背はさほど高くなく、手足は痩せ細っていて、杖をついている。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
高齢の男性は、攻撃を仕掛けてくるでもなく、文章を話すでもなく、ゆったりとした笑い声だけを発している。
リゴールは本を取り出し、戦闘準備を整えつつ、怪訝な顔をした。
海のような色をした二つの瞳は、高齢男性をじっと捉えている。
「何者ですか」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ」
警戒心を隠そうともせず、高齢男性へ問いを投げかけるリゴール。しかし高齢男性は何も答えなかった。いや、答えなかった、などという次元の話ではない。彼はそもそも、「ふぉ」以外の音を、まだ一度も発していないのだから。
「名乗りなさい!」
リゴールは調子を強める。
だが、高齢男性はニヤニヤするだけ。
このような調子では、高齢男性の正体は一向に分からないだろう。それでは、対話すべきなのか力を以て倒すべきなのかも決められない。
「彼は敵なの? リゴール」
「……恐らくは」
「ブラックスターの手の者?」
「そうと思われます、しかし……」
リゴールは眉をひそめている。
「しかし?」
「会ったことはないので、詳しいところまではよく分かりません」
控えめな口調でそう言って、リゴールは高齢男性の方を向く。さらに、視線を高齢男性へ集中させ、手に持っていた本を開く。
「敵意がないなら名乗りなさい。名乗らぬなら、敵意があるものと見なします」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉふぉ、ふぉぉ、ふぉ」
リゴールは目を細める。
「……参ります」
直後、持っている本の紙面から黄金の光が湧く。
直視したら目を傷めそうなほど、目映い輝き。それは、宙に弧を描き、じっとしている高齢男性に向かって飛んでいく。
いくつもの黄金の弧が高齢男性を襲う——直前。
高齢男性が初めて動いた。
杖の先をリゴールへ向けたのだ。
「リゴール!」
「……分かっています!」
杖の先端より放たれるは、銀の刃。
リゴールは咄嗟に自身の前へ防御膜を張る。
黄金の膜が刃をギリギリのところで防いだ。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ふぉふぉふぉふぉ、ふぉ」
防がれてもなお、高齢男性は笑っていた。しかも、とても穏やかな笑い方だ。しわがれてはいるが、綿菓子のように軽やかな、不思議な声である。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
高齢男性は杖をつきながら、ゆっくり、私たちがいる方へと近づいてくる。
一歩。二歩。そんな風に足を進める速度は、非常にゆっくりで。しかし、そのゆっくりさが、逆に恐怖心を掻き立ててくる。
「ふぉ!」
突如、男性はまたしても銀の刃を飛ばしてきた。
私は半ば無意識のうちにリゴールと高齢男性の間に飛び込み、剣を振って刃を弾き返す。
——が、大きく振り過ぎて、隙が生まれてしまった。
「……っ!」
高齢男性の口角がほんの僅かに持ち上がるのが、スローモーションのように見える。
このままでは駄目だ。
そう思った瞬間。
男性とは逆の方向から、黄金の光が迫ってきていることに気づく。
「え……」
黄金の光は私へ向かっている。
なぜ?
高齢男性にではなく?
リゴールにそんなことを問う暇はなく。
黄金の光は私に命中。私の体を遠くへ飛ばした。
私の体は制御不能な勢いで宙を飛び、一瞬にして床に落ちる。頭からの落下は何とか防ぐことはできたが、肩から床へ落ちたため、右肩を強打してしまった。
これは、普通に痛い。
「ちょっとリゴール、何を!?」
「申し訳ありませんエアリ! わたくしはただ、エアリが怪我させられてはいけないと……!」
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