あなたの剣になりたい

四季

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episode.108 間に合った

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 一旦、デスタンの部屋から出た。
 ちょうどその時、廊下の向こうから、私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「エアリ!」

 声がした方へ視線を向けると、こちらに向かって駆けてくるリョウカの姿が見えた。

 橙色の髪が揺れている。
 ロングではないから重苦しさはないが、結構激しい揺れだ。

 右手に刀を持っている。だが左手は空いていて。彼女はその左手を頭の上まで掲げ、左右に大きく振っていた。

 それを走りながら行っているのだから、かなり激しい動作である。

「大丈夫!?」
「えぇ! 無事よ!」

 私はそう返しつつ、手を振り返す。
 その頃には既に、リョウカはかなり近くにまで来ていた。

「リョウカは?」

 私たちが戦っている間、彼女もまた、どこかで敵と交戦していたはず。見た感じ目立った負傷はなさそうだが、パッと見ただけで判断してはならないと考え、尋ねてみた。

 すると、リョウカは顔面に向日葵を咲かせる。

「あたしは平気! 協力してくれた人がいたから!」
「協力?」
「そうそう! えーとね、ウェスなんとかって女の人とか!」

 ウェスタか。
 ということは、彼女は来てくれていたのか。

「それと、デッカイ背の男の人っ」
「デッカイ背?」
「名前忘れちゃった! けど、確か、ウェスなんとかさんの知り合い!」

 リョウカの説明はかなり大雑把なもので。けれど理解できないことはなかった。
 可能なら、もう少し分かりやすい説明をしてほしいところだが。

「……グラネイト?」
「そうっ、それ!」

 びしっと指を差されてしまった。

「二人も協力してくれたら、楽勝! 退けられたよっ」

 リョウカはウインクしながら元気そうな声を発する。
 彼女には陰りというものがない。

 ——否、ないわけではないのだろう。

 ただ、彼女はいつだって元気そうに見える。とにかく明るく、晴れやか。
 そんな振る舞い、私には絶対できない。

「そっちの戦いは終わったの?」
「うん! そだよっ」
「良かった。それで……二人はまだ、屋敷にいるのかしら」

 協力してくれたのなら、せめて礼くらいは言わせてほしい。

「うーん、絶対とは言えないかな。でもまぁ、終わったのがさっきだし、まだ玄関にでもいるんじゃない?」

 リョウカは首を軽く傾げながら、曖昧なことを言う。
 けれど、そこに悪意なんてものは存在していない。それは私にも分かる。リョウカは意図的に曖昧なことを言うような人ではない。
 つまり、彼女の言葉こそが、彼女にとっての真実だということなのだろう。

「ありがとう! 少し会いに行ってくるわ」

 リョウカに向けて放った瞬間、付近で待機していたリゴールが怪訝な顔で問いかけてくる。

「エアリ? どこへ行かれるのですか?」

 なんて捻りのない問い。
 少しそう思ったが、その思いは無視して、返す。

「二人のところよ!」

 ウェスタとグラネイトが来てくれているなら、会いたい。会って、協力してくれたことへの感謝を伝えたいのだ。

 その一心で、私は廊下を駆けた。


「ウェスタさん! グラネイトさん!」

 玄関に近づき、二人らしき背中が見えた瞬間、私は二人の名を呼んだ。

 直後、ウェスタが振り返る。
 私の声に反応してなのかどうかは、はっきりとは分からないけれど。

「ウェスタさん!」

 もう一度、彼女の名を呼ぶ。
 すると、振り返っていた彼女の瞳がこちらへ向いた。

「……あ」
「お願い、待って!」

 心の底からの思いを放つ。
 その結果、ウェスタは足を止めてくれて、彼女たちに追いつくことができた。

「来てくれていたのね! ウェスタさん!」
「……グラネイトも」

 ウェスタの言葉に、グラネイトの存在を思い出す。それから、視線を僅かに動かしていると、引き返してきているグラネイトが視界に入った。

「グラネイトさんも来てくれたのね、ありがとう」
「ふはは! 感謝されるのは心地いいものだ!」

 ……相変わらずのテンション。

 私はすぐに視線をウェスタへ戻す。

「ウェスタも、戦ってくれたのよね?」
「……少しは」
「ありがとう。感謝するわ」

 ウェスタも、グラネイトも、私やリゴールとは違う。ブラックスター出身の身でブラックスターと戦うというのは、少なからず葛藤があったはず。

 だからこそ、ありがとうと言いたいのだ。

「……べつに、感謝しなくていい」

 目を伏せ、静かに述べるウェスタ。
 その表情は夜の湖畔のよう。暗い空のもと、音はなく、微かな風が木々を揺らすだけの、湖の畔。そんな光景をイメージさせるような表情だ。
 そんな何とも言えない顔をしているウェスタに、グラネイトが覆い被さる。

「そう照れるな! ウェスタ!」
「……入ってこないで」
「感謝を述べられた時にはな! ふはは! と返せば、それでよし!」

 そんなことを言うグラネイトを見て、ウェスタは渋い顔。

「……今すぐ離れて」

 ウェスタは凄く不快そうな顔をしている。だが、それも仕方のないことかもしれない。赤の他人ではないにしても、異性にいきなり触られれば、渋い顔になってしまうのも無理はないだろう。

 愛し合っているならともかく、というやつだ。

「あまり恥ずかしがっていると損するぞ? ほら、このグラネイト様を見習ってふははと言ってみ——グハァッ!?」

 凄まじい勢いで喋っていたグラネイトは、鳩尾みぞおちに肘を入れられ、思わず涙目になる。

 気の毒なような、自業自得なような……。

「みっともないところを見せて、すまない」

 ウェスタは何事もなかったかのような静かな顔つきで、私の方を見つめて謝罪してくる。
 鳩尾を肘を突かれたグラネイトのことを心配してあげた方が良いのでは? と、少し思ってしまう部分はあるのだが。

「い、いえ……気にしないで……」

 私は控えめに返しておいた。
 そんな私に、ウェスタは話を振ってくる。

「また何かあれば来る」
「構わないの? ウェスタさん」
「もちろん……構わない。兄さんがいるのだから」

 ウェスタは、デスタンがいるから、こちらへ協力する道を選んでくれたのだろう。なら、たまには会えた方が良いのではないだろうか。

 そんなことを思い、私は尋ねてみる。

「そうだ、ウェスタさん。せっかくの機会だし、デスタンさんのところまで来ない?」

 だが、彼女は頷かなかった。

「……それは遠慮しておく」
「そうなの? でも、兄妹なら、会いたいのではないの?」
「いや……そこまで単純なことではない」

 単純なことではない、か。
 姉妹兄弟のいない私には、ウェスタの胸の内を理解することはできないのかもしれない。
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