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episode.117 我らが王を
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二人揃ってベッドに腰掛け、視線を重ねる。
不思議な感覚だ、ブラックスターの王妃とこんな風に向かい合うことになるなんて。
それに、不思議なのはそこだけではない。
こうしていると、まるで母と娘であるかのように、真っ直ぐ見つめ合うことができる。
ブラックスターはリゴールの命を狙っている。だから敵。そう認識しながらここまで来たけれど、今になって「本当に敵なのだろうか?」などという疑問を抱いてしまいそうになる。
グラネイトは、ハイテンション過ぎてついていけないが、曲がったところのない純粋な人。
ウェスタは、物静かで冷ややかなのに、時折とても優しい人。
二人とも、敵として向かい合う時には恐ろしかったけれど、敵同士という枠がなくなった途端に善良な部分が見えてきて、嫌いではなくなった。
だからもしかしたら、王妃にも、好意的に捉えられる部分があるかもしれない。
今はそんなことを思ってしまう。
「生まれたのは、貧しい地区。親に捨てられ、親族はおらず、友人たちと路上暮らしをしていたわ」
ゆっくりとした調子で語り始める王妃。
その話は、いきなり、決して明るくはないものだった。
「悲惨ね……」
思わず言ってしまった。
言ってから、失礼なことを言ってしまった、と焦る。こんな小さなところで怒らせてしまったら、大惨事だ。
だが、王妃は怒ったりはせず、むしろ笑みをこぼした。
「んふふ……直球な反応ね。嫌いじゃないわ」
「ごめんなさい」
「いいのよ、べつに。当然の反応だわ」
当然の反応。
上手く言葉にできないが、何だか寂しい表現だと思った。
「でも、ある時、友人たちは命を落としてしまった」
「命を? ……飢えか何か?」
「いいえ。皆で泥棒して、その途中で誤って殺されてしまったの」
泥棒なんて、私にはよく分からない。盗むしかないほどに貧しくて、ということなのかもしれないが、いまいちイメージが湧かない。それは多分、罪を犯すほどの貧しさを経験したことがないからなのだろうが。
「そうだったのね」
「けれど、一人生き残ってしまって。ブラックスター王に初めて出会ったのは、その時よ……んふふ。不思議な出会いでしょう」
それにしても不思議だ。
今、私と彼女は、敵味方としてではなく言葉を交わしている。
本当に、不思議でならない。
「友人を失い、自分も牢に入れられて、落ち込んだわ。そんな時、彼が声をかけてくれたの……直属軍に入らないかって」
王妃は、淡々と、しかしどこか嬉しげに話す。
「もちろん……最初は入る気なんて欠片もなかったわ。皆が死んでしまったことに落ち込んでいたから……。けれど、彼は温かく励ましてくれた。その時にね、教えてもらったの。『死を悲しむことはない』とね」
——そう、話はそこへ至る。
「彼が言うには……『死は救済』なの。人は誰しも、生きている限り、悩み苦しむわ。人は体験したことのない『死』を恐れるけれど、本来それは恐れるようなことではなくて、この世と別れられることはつまり……人に与えられた唯一の救いなんだわ」
それはあまりに抽象的で、私にはいまいちよく分からなかった。
人は死を恐れる。
そして、人は死に抗おうとする時にこそ最高の力を発揮する。
——なのに『死は救済』なの?
救済から逃れるために、そんなにも必死になるのだとしたら、人は何て憐れな生き物なのだろう。
「んふふ……分かってくれるかしら?」
「ごめんなさい。ちょっと、よく分からないわ」
私は正直に答えた。
本当はもう少し理解を示した方が良かったのかもしれないが、心を偽るなんて高度なことは、私にはできなかったのだ。
「ま、そうよね……んふふ。無理もないわ」
「新鮮な捉え方だとは思うけれど」
「そうね。ブラックスターで育ったわけでないあなたには……理解できない部分もあるかもしれないわね」
生まれ育ちが違えば、思考も思想も異なってくる。
確かにそれは真実。
だが、死に縋るほどに満ち足りていないのだとしたら、ブラックスターの環境には恐ろしいものがあると言わずにはいられない。
「ブラックスターはそんなに悲惨な状況なの? そんなことになっているのだとしたら、王様が何か手を打たなければならないのではないの?」
率直な意見を言ってみた。
刹那、王妃の顔つきが急変する。
「……我らが王を悪く言わないでちょうだい」
声も急激に冷ややかになった。
「王は素晴らしいお方。皆の心を癒やすお言葉をお持ちよ。それを否定する者に……容赦はできないわ」
ものの数秒で空気が変わってしまった。
王を否定するような発言は、さすがに迂闊だったかもしれない。
王妃は王のことを心から慕っている。そのことは知っていた。なのに私は、王を否定するようなことを言ってしまった。それは完全にミス。私は、犯してはならない過ちを犯してしまった。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「あなたは可愛い娘。でも、我らが王を悪く言うというのなら……敵と見なすしかないわね……」
感情のこもっていない声でそんなことを述べ、王妃はその場で立ち上がる。数秒後、右手に鎌が現れた。黒く光る、不気味な鎌が。
「っ……!」
さらに数秒後、鎌の先が私の喉元へ突きつけられた。
ひんやりとした感触。
あまりに恐ろしく、背中を一筋の汗が伝う。
「歩み寄れるかもしれないと思ったけれど……それは勘違いだったようね。やはりこうなる結末しかありはしなかった……んふふ……」
笑みさえ今は恐ろしい。
怪物だ、彼女は。
グラネイトやウェスタにも善良な部分があったように、王妃にも良いところはあるのではないかと、私は本気でそんなことを考えていた。けれど、それは違った。それはただ、私がそう信じたかっただけで。
彼女は、グラネイトともウェスタとも違う。もちろんデスタンとも。
「こ、こんなこと! 止めて!」
「それはできないわ」
王妃の耳に、私の制止は届かない。
「どうして急に……こんな危険なことをするのよ!」
「あなたは王を否定した。それは、許されることではないわ」
不思議な感覚だ、ブラックスターの王妃とこんな風に向かい合うことになるなんて。
それに、不思議なのはそこだけではない。
こうしていると、まるで母と娘であるかのように、真っ直ぐ見つめ合うことができる。
ブラックスターはリゴールの命を狙っている。だから敵。そう認識しながらここまで来たけれど、今になって「本当に敵なのだろうか?」などという疑問を抱いてしまいそうになる。
グラネイトは、ハイテンション過ぎてついていけないが、曲がったところのない純粋な人。
ウェスタは、物静かで冷ややかなのに、時折とても優しい人。
二人とも、敵として向かい合う時には恐ろしかったけれど、敵同士という枠がなくなった途端に善良な部分が見えてきて、嫌いではなくなった。
だからもしかしたら、王妃にも、好意的に捉えられる部分があるかもしれない。
今はそんなことを思ってしまう。
「生まれたのは、貧しい地区。親に捨てられ、親族はおらず、友人たちと路上暮らしをしていたわ」
ゆっくりとした調子で語り始める王妃。
その話は、いきなり、決して明るくはないものだった。
「悲惨ね……」
思わず言ってしまった。
言ってから、失礼なことを言ってしまった、と焦る。こんな小さなところで怒らせてしまったら、大惨事だ。
だが、王妃は怒ったりはせず、むしろ笑みをこぼした。
「んふふ……直球な反応ね。嫌いじゃないわ」
「ごめんなさい」
「いいのよ、べつに。当然の反応だわ」
当然の反応。
上手く言葉にできないが、何だか寂しい表現だと思った。
「でも、ある時、友人たちは命を落としてしまった」
「命を? ……飢えか何か?」
「いいえ。皆で泥棒して、その途中で誤って殺されてしまったの」
泥棒なんて、私にはよく分からない。盗むしかないほどに貧しくて、ということなのかもしれないが、いまいちイメージが湧かない。それは多分、罪を犯すほどの貧しさを経験したことがないからなのだろうが。
「そうだったのね」
「けれど、一人生き残ってしまって。ブラックスター王に初めて出会ったのは、その時よ……んふふ。不思議な出会いでしょう」
それにしても不思議だ。
今、私と彼女は、敵味方としてではなく言葉を交わしている。
本当に、不思議でならない。
「友人を失い、自分も牢に入れられて、落ち込んだわ。そんな時、彼が声をかけてくれたの……直属軍に入らないかって」
王妃は、淡々と、しかしどこか嬉しげに話す。
「もちろん……最初は入る気なんて欠片もなかったわ。皆が死んでしまったことに落ち込んでいたから……。けれど、彼は温かく励ましてくれた。その時にね、教えてもらったの。『死を悲しむことはない』とね」
——そう、話はそこへ至る。
「彼が言うには……『死は救済』なの。人は誰しも、生きている限り、悩み苦しむわ。人は体験したことのない『死』を恐れるけれど、本来それは恐れるようなことではなくて、この世と別れられることはつまり……人に与えられた唯一の救いなんだわ」
それはあまりに抽象的で、私にはいまいちよく分からなかった。
人は死を恐れる。
そして、人は死に抗おうとする時にこそ最高の力を発揮する。
——なのに『死は救済』なの?
救済から逃れるために、そんなにも必死になるのだとしたら、人は何て憐れな生き物なのだろう。
「んふふ……分かってくれるかしら?」
「ごめんなさい。ちょっと、よく分からないわ」
私は正直に答えた。
本当はもう少し理解を示した方が良かったのかもしれないが、心を偽るなんて高度なことは、私にはできなかったのだ。
「ま、そうよね……んふふ。無理もないわ」
「新鮮な捉え方だとは思うけれど」
「そうね。ブラックスターで育ったわけでないあなたには……理解できない部分もあるかもしれないわね」
生まれ育ちが違えば、思考も思想も異なってくる。
確かにそれは真実。
だが、死に縋るほどに満ち足りていないのだとしたら、ブラックスターの環境には恐ろしいものがあると言わずにはいられない。
「ブラックスターはそんなに悲惨な状況なの? そんなことになっているのだとしたら、王様が何か手を打たなければならないのではないの?」
率直な意見を言ってみた。
刹那、王妃の顔つきが急変する。
「……我らが王を悪く言わないでちょうだい」
声も急激に冷ややかになった。
「王は素晴らしいお方。皆の心を癒やすお言葉をお持ちよ。それを否定する者に……容赦はできないわ」
ものの数秒で空気が変わってしまった。
王を否定するような発言は、さすがに迂闊だったかもしれない。
王妃は王のことを心から慕っている。そのことは知っていた。なのに私は、王を否定するようなことを言ってしまった。それは完全にミス。私は、犯してはならない過ちを犯してしまった。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「あなたは可愛い娘。でも、我らが王を悪く言うというのなら……敵と見なすしかないわね……」
感情のこもっていない声でそんなことを述べ、王妃はその場で立ち上がる。数秒後、右手に鎌が現れた。黒く光る、不気味な鎌が。
「っ……!」
さらに数秒後、鎌の先が私の喉元へ突きつけられた。
ひんやりとした感触。
あまりに恐ろしく、背中を一筋の汗が伝う。
「歩み寄れるかもしれないと思ったけれど……それは勘違いだったようね。やはりこうなる結末しかありはしなかった……んふふ……」
笑みさえ今は恐ろしい。
怪物だ、彼女は。
グラネイトやウェスタにも善良な部分があったように、王妃にも良いところはあるのではないかと、私は本気でそんなことを考えていた。けれど、それは違った。それはただ、私がそう信じたかっただけで。
彼女は、グラネイトともウェスタとも違う。もちろんデスタンとも。
「こ、こんなこと! 止めて!」
「それはできないわ」
王妃の耳に、私の制止は届かない。
「どうして急に……こんな危険なことをするのよ!」
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