あなたの剣になりたい

四季

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episode.142 気絶中

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「エアリ! 一体何を!?」

 数秒して、それまで呆然とこちらを見ていたリゴールが、駆け寄ってきた。

 私の腕の中には、気を失ったトラン。

 瞼を閉じ、口も開かず。そんな状態のトランは、どこにでもいる平凡な少年のよう。トランがいつも放っている不気味な無邪気さがないからだろうか。

「リゴール、バッサを呼んできてくれないかしら」
「バッサさんを? しかし……それは一体、どういう意図で?」

 リゴールは戸惑いの色が濃く浮かんだ顔をしながら問いかけてくる。

「できれば殺したくないの」
「え? そ、それは一体?」
「殺し合いとは別の方法を考えてみたいの」

 トランに好意を抱いていたわけではない。それに、彼は過去、卑怯な手でデスタンやリゴールを傷つけた。そういったこともあるから、さらりと許せる相手ではない。

 けれど、命を奪うことはないのではないかと、そんな風に思ってしまって。

 馬鹿、と罵られること。
 甘い、と嘲笑われること。
 想像できないわけではない。いや、むしろ、生々しくイメージできるくらいだ。

 けれど、それでも、殺すことで物事を解決するということを繰り返したくはなくて。

「……手当てするのですね」
「そうよ。彼をどうするかは、落ち着いた環境で考えるべきだわ」

 リゴールは一度そっと瞼を閉じ、何か考えているような顔をする。そんな顔を数秒続け。そして、やがて、瞼を開く。青い瞳は私を真っ直ぐに捉えている。

 そして、彼の口から言葉が発される。

「承知しました。では、バッサさんを呼んで参ります」

 リゴールは駆けていった。
 どうやら、私の思いを汲んでくれたようだ。


 リゴールがバッサを呼びに行ってくれてから、どのくらいの時間が経過したのだろう。

 十分? 二十分?

 廊下に時計はなかったため、厳密には分からないが、恐らく二十分より少し短いくらいだと思われる。

 私は今、狭い一室にいる。
 部屋にいるのは、私と意識のないトラン、トランの止血を終えたバッサ、そしてリゴール。四人だ。

「エアリお嬢様、お医者様を呼びますか?」

 床に厚みのあるタオルを三枚ほど敷き、トランを寝かせ、上からバスタオルを一枚被せる。そんな作業をしていたバッサが、唐突に尋ねてきた。

「呼んだ方が良さそうかしら」
「そうですね。止血は済みましたが……これだけで十分と言えるかどうかは分かりません」
「どうするべきなのかしら……」

 迷っていると、それまで後方に立っていたリゴールが耳打ちしてくる。

「彼は敵です。エアリがそこまでする必要はないのでは」

 リゴールの発言が間違いだとは思わない。むしろ、私の思考より彼の言っていることの方がまともだ。

 医者を呼べばお金がかかる。そのお金をどこから出すのか。
 それに、トランがもし回復すれば、また私たちを狙ってくるかもしれない。

 とにかく、問題が山盛りだ。

「バッサ。少し、このまま様子を見ておくというのはどう?」
「そうされますか?」
「えぇ……そうしようかなって思うわ」

 するとバッサはにっこり笑う。

「分かりました。ではそうしましょう。このことはエトーリアさんにも伝えておきます」
「私の顔見知りだからって伝えておいて」

 嘘ではない。
 私とトランは、顔見知りという言葉の似合う関係である。

「分かりました」

 そう言って、バッサは、汚れた水の入った桶を手に立ち上がる。そして、部屋から出ていこうと歩き出す。
 その背に向かって、リゴールが発する。

「バッサさん!」

 リゴールの声を聞き、僅かに振り返るバッサ。

「細長いタオルがあれば、貸していただけませんか」
「……細長い、タオル?」
「はい!」
「分かりました。何枚ほど必要ですか?」

 リゴールは二秒くらいだけ思考し、返す。

「えっと、四枚でお願いします!」

 それに対し、バッサはさらりと述べる。

「分かりました。では、後ほどこちらへお持ちします」

 リゴールと言葉を交わす時のバッサは、声は柔らかく、表情は自然だ。以前、彼女はリゴールに色々な家事を指導していた。恐らく、だから、こんなにも慣れた様子なのだろう。


 私はそれからも、床に横たえられたトランについていた。そして、リゴールもそれに付き添っていてくれた。

 待つことしばらく、タオル四枚を手にしたバッサが再びやって来る。
 リゴールはそれを受け取り、「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べる。それに対しバッサは「いえいえ」と明るく言ってから、速やかに退室していった。

 室内にいるのは、私たち二人と意識のないトランのみ。

「リゴール、タオルなんて何に使うの?」

 私は不思議に思い尋ねた。
 するとリゴールは、あどけない顔に淡い笑みを滲ませる。

「トランに使うのですよ」
「どういう意味? ……まさか! 首を絞めでもする気!? 駄目よ!!」

 半ば無意識のうちに、私はリゴールの片手を掴んでいた。
 きょとんとしているリゴールと目が合って、私はようやく正気を取り戻す。

「大丈夫ですよ、エアリ。そのようなことはしません」
「あっ……ご、ごめんなさい」

 衝動的に彼の手首を掴んでしまったことを恥じ、手を離す。

「いえ。お気になさらず」
「でもリゴール、タオルでトランに何を?」

 落ち着きを取り戻し、問う。
 するとリゴールは、横たえられたトランの脇にしゃがみ込みながら、静かに答える。

「手足を拘束しておこうかと」

 ……手足を拘束。

 そう聞くと、何だか物騒な気もしてしまう。

 だが、首を絞めるのに比べれば、手足を拘束するくらい大したことではない。

 トランは敵なのだし、そのくらいはしておくべきと考えるのが普通の感覚なのだろう。

 私も反対ではない。
 ただ、自ら思いつくことはできなかったけれど。

「そういうことだったのね」
「はい。突然暴れ始めても大変ですから」
「……それもそうね」

 そんな風に言葉を交わしている間、リゴールは、細くしたタオルでトランの手足を縛る作業に勤しんでいた。

 リゴールは華奢な腕をしている。なのに、手足を縛るのは案外上手くて。てきぱきと作業を行っている様子を見ていたら、自然と尊敬の念が湧いてくる。

「それにしてもリゴール、慣れているのね」
「慣れて? え。それはどういう意味です?」
「ごめんなさい、分かりにくかったわね。縛るのに慣れているんだなぁって、感心していたの」

 するとリゴールは恥ずかしそうに笑う。

「実は、研修を受けたことがあるのです」

 頬を赤らめる様は、まるで、恋する乙女のよう。

「研修?」
「はい。ホワイトスターにいた頃のことです。デスタンが研修を受けると言うので、わたくしもついていきました」
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