あなたの剣になりたい

四季

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episode.143 二人を繋ぐホットミルク?

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 その日の晩、まだ比較的早い時間に、トランが目を覚ました。

 彼が音もなく瞼を開いた時、部屋には、彼以外では私しかいなかった。

 数時間ぶりに意識を取り戻した彼は、まだ眠そうな目をしながら、「うぅん……」と低い声を発している。そんな彼を、私は、ただ見つめることしかできない。本当は何か話しかけるべきなのかもしれないが、私には話題を見つけられなくて。

 少しして、彼は手足を括られていることに気がついたらしく、奇妙な出来事に遭遇したかのような顔をする。

 それまで一切声をかけられずにいた私だったが、その頃になって、ようやく発することのできそうな言葉を思いつく。

「……気がついたの?」

 意識が戻ったことは誰の目にも明らかなのだから、わざわざ本人に尋ねるほどの内容ではないかもしれないけれど。

 すると、トランの顔がこちらを向いた。

「どうして……君が?」
「あの時は斬ったりして悪かったわね」

 念のため謝罪しておくと、彼はおかしなものを食べてしまったかのような顔をしながら発する。

「……わけが分からないよー」

 彼が現在の状況を理解できないというのは、分からないでもない。交戦を経て、今こうして近くにいるわけだから、現状をすんなり飲み込める者など稀だろう。

「傷、一応手当てはしておいたわ。止血とかね」
「……手当てしておいて拘束する辺り、趣味が妙だねー」
「ごめんなさい。拘束はリゴールの意思なの」

 リゴールのせい、みたいな言い方はしたくなかったけれど。

「ふぅん、そっか」

 そう言って、トランは勢いよく上半身を起こす。
 直後、顔をしかめた。

「っ……!」

 面が突然苦痛の色に染まったから、驚いて、私は彼に駆け寄る。そして、片手で彼の背を何度もさすった。最初彼は不思議そうな顔をしていたが、その顔つきは、徐々に柔らかなものへと変わってゆく。

「大丈夫?」
「う……うん。どうってことないよー」

 そんな風に答えるトランは、本当に、普通の少年みたいだった。
 平凡な父母のもとに生まれ、同年代の友人などと外を駆け回り、家事のお手伝いをしたり両親から様々なことを学んだりしつつ、少しずつ大人へと近づいてゆく。
 そんな、絵に描いたような普通の少年に、今のトランは見える。

「自分で斬っておいてなんだけど、まだあまり無理しない方がいいわ。休んでいて」
「手当てしておきながら、手足は拘束して、でも休むように言うんだ……君たちって、変わってるね」

 トランの言葉は真っ直ぐだった。
 少々嫌み混じりだけれど、飾り気のない純粋な言葉選びは嫌いではない。

「そうね。……そうだ、トラン。お腹は?」
「どういう質問かなぁ」
「お腹空いてない?」

 戦いが終わってから、今まで、トランは一度も目を覚ましていなかった。だから、少なくとも数時間は何も食べていないはずだ。運動はそれなりに行っていたわけだから、空腹な可能性もあるだろう——そう考えて、私は尋ねたのだ。

 だが、トランの答えに真剣さはなく。

「秘密ー」

 彼はいつになくおちょけた調子でぼやかすような答えを述べた。

「もう。何なの、それ」
「何でもないよー」
「お腹が空いているのか空いていないのかを聞いているの。ちゃんと答えてちょうだい」

 すると、今度はきりりとした表情と声で、答えてくる。

「秘密!」

 ただ、答えの内容自体は何も変わっていなかった。

「……また秘密?」
「他の答えを言う気はないよー」
「頑固なのね」

 だが、まぁ、仕方のないことかもしれない。
 つい数時間前まで敵同士の関係だったのだから。

 そう思い、私は、彼から明瞭な答えを聞き出すことは諦めた。

「じゃあ取り敢えず、飲み物でも貰ってくるわ」

 私はその場で腰を上げ、扉に向かって歩き出す。
 目的地は、バッサのところだ。

「そのまま少し待っていてちょうだい」
「はいはーい」

 負傷し、敵の中で拘束されているのに、トランに緊迫感はない。むしろ、以前よりのびのびしていると感じられるくらいだ。

 落ち着いたら、少し話してみよう。

 仲間になってもらえたら嬉しいし、それは無理でも、せめてこのホワイトスターとブラックスターの争いから離れてもらえたら。

 彼は少々癖が強く、残酷な物事を好む部分があるようだから、そう簡単には説得できないかもしれない。だが、言葉がまったく通じない人間なわけではないから、話すことを続ければ、いつかは分かってくれるはず。

 敵は一人でも減った方がいい。

 そのためにも頑張ろう、私が。


 食堂付近にいたバッサに声をかけ、ホットミルクを作ってもらった。その白いカップを手に、私は再びトランのもとへ向かう。暴れず、大人しくしてくれていれば良いのだが。


「戻ってきたわ」
「お帰りー」

 トランは私が出ていく前とまったく同じ体勢だった。

 私はホットミルクをこぼさないよう慎重に歩く。

 白い液体はカップのかなり上まで注がれているから、揺れるたび跳ねそうになる。それが怖くて、普段のような速度では進めない。
 そこをトランに笑いの対象にされてしまった。

「どうしたのー? もたもたしてー」
「こぼしそうで不安なの」
「遅いなぁ。亀か何かかな?」
「ごめんなさい、少し待っていて」

 馬鹿にされていることには気づいていたが、それに反応するほど余裕がなくて。
 しばらくして、私はやっと、トランのすぐ横に座り込むことができた。一旦カップを床に置き、トランの両手を結んでいるタオルをほどく。

「はい。どうぞ」

 そして、白色のカップをトランに差し出す。
 すると彼は怪訝な顔をした。見たことのない怪しい液体を差し出されたかのような表情だ。

「……何これ、白い液体」
「ホットミルクよ。知らないの?」
「知らないよ」

 さらりと返してくるトラン。

「飲んでみて。きっと気に入るわ」
「ホット何とかって……何で作られたもの?」

 バッサのホットミルクが美味しくないはずがない。それに、そもそも、バッサの作ってくれた料理や飲み物に外れはないのだ。だから、このホットミルクも、自信を持っておすすめできる。

「牛乳よ。牛乳を温めて、それから、ほんの少しだけ砂糖を入れるの」
「……ふぅん」

 なぜか非常に興味がなさそうな返事。

「美味しそうって思うでしょ?」
「よく分からないや」
「それもそうね。まずは飲んでみて! それから感想を聞きたいわ」

 日頃より僅かにテンションを上げて言うと、ようやく、トランはカップを受け取ってくれた。
 彼はカップの中を覗き込む。その白い水面に顔が映り込むほど、じっと見つめている。まだ怪しんでいるのかもしれない。

「……ホットミルク、かぁ」
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