あなたの剣になりたい

四季

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episode.144 言いたいこと

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 私は今、目を覚ましたばかりのトランと共にいる。

「しみじみ言うのね」
「……問題でもあるのかなー」
「いいえ、べつに。そんなことないわよ」

 話しかけ続けることで変に刺激してしまっても問題なので、私は、黙って見守っておくことにした。

 すると、トランはやがて、カップの端に唇をつける。

 それからしばらく、彼は何も言わなかった。黙ったまま、ホットミルクを飲み続ける。
 一分ほどが経ち、彼はようやくカップから唇を離した。

「どう?」
「ふふふ。確かに、なかなか良い味だねー」

 良い味という言葉を聞くことができ、私は嬉しくなった。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

「気に入ってもらえたなら良かったわ」
「うんうん、美味しいねー」

 こうして普通に話している分には、残酷さなど少しも感じない。今すぐにでも友達になれそうな、そんな気がする。

「ねぇトラン」
「何ー?」
「貴方はまた、ブラックスターに戻るつもりなの?」

 私は彼の暗い瞳を見つめ、尋ねてみた。
 すると彼は、くいと口角を持ち上げる。

「何その質問ー。変なのー」

 どこが変なのか、私にはよく分からない。

「質問に答えて!」
「まぁまぁ、落ち着いて。騒がれると耳が痛いよー」
「……ごめんなさい」
「いいよいいよ。あ、これ」

 そう言って、トランはカップを返してくる。

「美味しかったって伝えて」


 次の日の朝。
 私はトランの部屋へ向かった。

「おはよう、トラン」

 昨夜別れる時には、手首はきちんと縛り直したし、外から鍵をかけておいた。だから、そう易々と逃げられる状態ではなかったけれど、それでも、見に行く時は不安があった。脱走されていたら私のせいだ、と。

「……まだ寝てるのね」

 だが、それらはすべて杞憂だった。
 トランは部屋から脱走するどころか、まだがっつり眠っていたのだ。

 拍子抜けだ。

 だが、脱走されているよりかは良い。

 時には睡眠も必要だろう。そう思って、私は、それ以上声をかけることはしないでおいた。そのまま部屋を後にしたのである。


 午後、窓から見える木々が日の光を浴びて瑞々しく輝く頃。
 私は再びトランのもとを訪ねた。

「トラン、起きた?」
「やぁ。今日はなかなか来なかったねー」

 トランは上半身を起こした状態で扉を方を向いていたようだ。

「朝は一回来たのよ?」

 私は彼に歩み寄る。

「えー。朝なんか、起きないよ」
「そうなの?」
「用事に合わせてしか起きないからなぁ」

 面倒臭そうな顔をし、愚痴のような調子で漏らすトラン。
 思い通りにならず不満をたくさん溜め込んでいる子どものような様子だ。

「ご飯、食べる?」

 尋ねると、トランはぷいとそっぽを向く。

「……いいよ」
「え。お腹空いてないの?」
「なんていうか、よく分からないんだよね」

 お腹が空いているか空いていないかが分からない状態なんて、私には想像できない。

「じゃあ、軽食を貰ってくるわ! それなら食べられるわよね」
「……そうだね」

 私はすぐに部屋を出、外から鍵をかけて、バッサのもとへ向かうことにした。


 ——三十分後。

 私はお盆を持って、トランがいる部屋へ入る。

「お待たせ!」
「待ってたよー」
「遅くなって悪かったわね」
「いいよー」

 軽食を貰うためバッサのところへ向かっている途中、リゴールに会って、彼に「どこへ行くのですか?」と聞かれた。そこで事情を説明していたため、思っていたより時間をとってしまったのだ。バッサが軽食の用意を素早くしてくれていなかったら、もっと時間がかかっていただろう。

「で、何を貰ってきたのかなー?」

 トランの問いはさらりとしている。
 まるで、昔からの友人に問いかけているかのようだ。

「パンの欠片みたいなものよ」
「パン? しかも、欠片ー?」
「そうよ」

 トランの横へ座り込み、お盆ごと一旦床へ置く。
 そして、彼の手の拘束を解く。

「……それが、パンの欠片?」
「えぇ。美味しそうでしょ」

 お盆の上の皿に乗っているのは、一口サイズに千切られたパン。
 トマトのペーストが軽く塗ってある。

「赤いね」
「それがどうかした?」
「いや、べつにー」

 それから彼は、パンを食べ始める。最初は恐る恐るといった感じだったが、徐々に勢いは増し、彼は、皿の上のパンをあっという間に食らい尽くしてしまった。


 以降、数日、私はずっとそんな暮らしを続けた。

 毎日トランのもとへ通い、バッサに提供してもらった飲食物を提供する。それが私の仕事となっていた。

 だが、それも仕方のないことだ。
 トランをここにいさせようと思い立ったのは私だし、やむを得ない状況だったとはいえトランを怪我させたのも私。だから、彼に関しては、私が責任を持たなくてはならないだろう。


 そんなある日の夕暮時。
 ずっと話したかったことを話してみることにした。

「トラン。もう戦いに参加しないで、って言ったら、貴方は怒る?」

 私はトランと数日色々な話をしてきた。それらはほとんど、当たり障りのない内容だったけれど、それでも、以前よりかは親しくなれてきているような気がする。

 だからこそ、今日話してみることにしたのだ。

「……問いの意図が分からないよー」
「ブラックスターの王様に仕えている人にこんなことを言うなんて失礼ってことは分かっているわ。でも、もしできるなら、これ以上戦いに参加してほしくないの」

 するとトランは不思議そうに首を傾げる。
 そして、述べる。

「正直……ボクは王様のことがよく分からないんだよねー。だから、べつに、ブラックスターに固執はしてない。ただ、さ。ボクは戦いを止めようとは思わないんだ。だって、面白いことがなくなったら、生きがいもなくなるしねー」

 彼の口から出ている言葉は、なにげに恐ろしい言葉だった。
 ただ、私の発言の怒っているという感じではない。

「ボクはいずれ戦いに戻るよー」
「……そう」
「で? 話はそれだけ?」

 逆に問われた私は、言葉を詰まらせてしまう。

 ブラックスター王に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、それでも、戦いを止める気はないと。
 そんなことを言われたら、もはやどうしようもない。

「もっとさ、何か、言いたいことがあるんじゃないの?」

 トランは私の心を見透かしているのかもしれない。
 私の胸にまだ口にできていないものがあると感じたから、このような問いを発しているのだろう。
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