あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
147 / 207

episode.145 いたずら、困る

しおりを挟む
「……もう私たちを狙わないでほしいの」

 静寂の中、私は一番根本的なところを告げる。

「貴方の人生だもの、絶対に戦うなとは言わないわ。ただ、リゴールやその周りに手を出すのは、もう止めてほしいのよ」

 すぐ隣にいるトランは、こちらをじっと見つめていた。その見つめ方といったら、理解不能な動きをする生物を見ているかのよう。

「今日は気が弱いんだね」
「……平穏に暮らすのが、私たちの願いよ」

 するとトランは、ぷっ、と吹き出す。

「ふふふ。君がそれを言うと変だね」
「どうして?」
「君はもっと血気盛んなタイプだと思っていたからさー。正直びっくりだよー」

 そんな風に驚かれるなんて、と、少しばかりショックを受けた。
 私は普通の女なのに。リゴールと出会ってから少し力をつけただけで、それ以外は何の変哲もない娘なのに。

「ま、でも、誰だって二面性はあるものかなぁ」

 ショックを受けている私を見て、トランは笑いながら言った。
 言葉だけ聞けば、軽くフォローしてくれているかのようだ。しかし、愉快そうに笑っている時点で、まったくフォローになっていない。

 ——その時。

「エアリ!」

 声と共に扉が開き、リゴールが入ってきた。

「良かった、ここに。少しお話したいことが——」

 瞳を輝かせたリゴールがそこまで言った、瞬間。
 トランは、突如体を動かし、私の頬に唇をそっと当ててきた。

「なっ……!」

 リゴールの顔が全体的に強張る。眉や目もと、口角までも、引きつっていた。
 そんなリゴールを、トランはさりげなく横目で見る。勝ち誇ったような、刺激するような、そんな表情で。

「彼女、結構可愛いよねー」
「不潔ですよ! エアリから離れなさい!」
「やだねー」

 煽るような発言を続けるトラン。リゴールはその煽りにすっかり乗せられて、顔を真っ赤にしながら、ズカズカとこちらへ向かってくる。

「異性に唇を当てるなど、無礼にもほどがありますよ!」
「えー。どうしてそんなに怒ってるのかなー」

 トランは私の頬から唇を離し、舌を僅かに出しながら、ニヤリと笑みを浮かべる。その様は、まるで、親にいたずらを咎められた幼児のよう。これがトランの本当の姿であれば良いのに、と、そう思わずにはいられない。

 そんなトランのもとへ、苛立ちを匂わせるような力んだ足取りで迫るリゴール。

「君、一人でそんなにイライラして、何が楽しいのかなぁ?」

 リゴールが怒りに満ちていることを知りつつも、さらに挑発を続けるトラン。

 もう止めて。それ以上刺激するような発言をしないで。
 個人的にはそう思っているのだが、トランは、挑発をまったく止めそうにない。

 だが、リゴールは大人だった。かなり怒りに震えているような様子だが、すぐに攻撃を仕掛けることはせず、トランの正面へさっとしゃがみ込む。

「えー? どうしたのかなー?」

 ——刹那、リゴールはトランの片頬をはたいた。

 ぱぁん、と乾いた音が鳴る。

 その様子を間近で目にした私は、言葉を発することができなかった。想定外の展開に、ただただ、愕然としながら見つめていることしかできなくて。

 言葉を失っているのは、はたかれたトランも同じだった。
 彼はリゴールからの奇襲に戸惑いを隠せずにいる。

「口づけなど、論外です!」

 私もトランも何も言えない状態に陥ってしまっている中、リゴールだけが口を開く。
 それからしばらくして、トランはようやく発する。

「……暴力反対ー」

 そんな風に言われても、リゴールは固い表情を崩さなかった。

 リゴールはいつになく険しい顔をしている。戦場にいる戦士かと見間違いそうなほどに、勇ましく、険しく。あどけない少年の面持ちは欠片も見受けられない。

「次にそんなことをしたら、どうなるか分かっていますね」
「偉そうー」
「分かっているのですか!?」

 トランは悪ふざけの多い子ども。
 リゴールはそれをいつも叱っている厳しめの親。

 段々そんな役どころを二人が演じているかのように感じられてきた。

「……はいはい」

 トランはかなり面倒臭そうだ。

「理解できましたね?」
「うん。分かったー」
「なら、今回のいたずらだけは見逃しましょう」

 そう言って、リゴールは視線を私の方へ向けてくる。

「エアリ。今少し、お話しても構いませんか?」
「え、えっと……」

 今はトランと話をしているところだ。彼が軽い雰囲気を醸し出してくるせいで軽い雰囲気になってしまっているが、一応、真面目かつ重要な話をしているところである。せっかくの機会だから、可能なら、もう少しトランと話したい。そして、もう私たちの命を狙わないように、と頼みたい。

 だが、ここしばらくリゴールを放置するような状態になっていたのも事実。この期に及んでまだトランを優先するとなると、リゴールに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。それはそれで申し訳ない気もする。

 どちらを選べば良いのだろう——悩んでいると。

「ふぅん。王子って言っても、意外と愛されてるわけじゃないんだねー」

 トランがいきなり失礼なことを述べた。
 リゴールのこめかみに怒りの筋が走る。

「今……何と?」

 日頃は大抵穏やかなリゴールだが、今日は真逆。温厚さなど、どこにもない。どうやら、非常に怒りやすい精神状態にあるようだ。

「えー? ボク何も言ってないよー?」
「……とても失礼なことを言いませんでしたか?」
「言ってないってー。失礼なのはそっちだよー」

 リゴールが怒りの感情を露わにしても、トランはちっとも動じない。いや、動じないどころか、へらへらしている。余計にリゴールを刺激しそうな表情と言動。

 この二人を近くに置いておくのは危険かもしれない。
 特に、今は。

「待って。リゴール。少しだけいいかしら」

 イライラし過ぎるのは健康に良くないと思うから、私は、細やかな勇気を出して口を開いた。

「……エアリ?」
「申し訳ないのだけれど、少しだけ外に出てもらいたいの」

 こんなことを頼むのは酷かもしれないけれど。

「え……あの、なぜです?」

 それまで怒りに満ちていたリゴールの顔に、悲しみの色が広がる。

 見ていられない、可哀想で。
 私は選択を誤ったかもしれない、と、既に後悔が始まっている。

「あ、あの……もしかして、わたくしの存在が邪魔で……?」
「違うの。そうじゃないわ。ただ、トランと大切な話をしているところだったから。だから、もう一度二人にしてほしくて」

 悲しみに満ちた顔をしているリゴールを前にしたら、罪悪感を掻き立てられて、胸が痛い。息が苦しくなる。

 私の選択ゆえのものなのだから仕方がないのだが、自業自得なのだが、耐え難い苦痛がある。
 それでも、もう引き返す道はない。

「お願い、リゴール」

 あとは思いが伝わることを願って。
 私はリゴールの青い瞳をじっと見つめる。

 それから十秒ほど、沈黙。

 そして、その後に、リゴールはそっと口を開く。

「……そ、そうですね。承知しました」

 優しく返してくれたリゴール。彼の顔は、とても悲しそうだった。瞳は震えていたし、眉の角度からでさえも哀を感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...