あなたの剣になりたい

四季

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episode.149 包帯の少女パル

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 トランはクレアの街を一人歩いていた。

 彼はブラックスターの人間だが、特別な容姿ということはない。そのため、地上界の者たちに紛れて歩いていても、違和感はない。

 周囲を眺めながらゆったりした足取りで歩いていたトランは、ある店の前で立ち止まる。
 虚ろな瞳に映っているのは、刃渡り二十センチほどのナイフ。

「いらっしゃーい」

 トランがまじまじと見つめていると、店員の女性が奥から現れる。四十代くらいの、恰幅のいい女性だ。

「このナイフ、良いねー」

 女性に声をかけられたトランは、顔を上げ、うっすら笑みを浮かべながら言う。

「気に入ってくれたのかい?」
「うん。好みだよー」
「そうかい。じゃ、あげよう」

 女性店員はトランが見ていたナイフを掴み上げ、持ち手をトランの方へ向けて差し出す。

「……いいのー?」
「実は売れ残りでね、古くなってきて困っていたところ。だからプレゼント!」

 トランはナイフの柄をそっと握る。

「そっか、ありがとー」
「いいよ」
「助かったぁ。ありがとー」

 貰ったナイフを服の中にしまい、トランは再び歩き出す。
 爽やかな風が吹いていた。


 しばらく歩き続け、少しばかり疲れたトランは、街の外れに設置されているベンチに座る。はぁ、と溜め息をつき、それから空を見上げていた。まるで「これからどうしよう」と言っているかのようだ。

 音のない時が流れる。

 時折吹く風と、それに揺らされる木々。
 それ以外に音はない。


 ——ぱぁん。

 突如、乾いた音が響いた。

 トランは咄嗟にベンチから飛び降りる。
 数秒後、ベンチのもたれる部分に灰色の塊が突き刺さった。もたれる部分は粉々になり、飛び散る。


 急に攻撃を受けたトランは、上着の内側から先ほど貰ったばかりのナイフを取り出す。そして、怪訝な顔をしながら、辺りを見回す。

 しかし、何者かの姿はない。

 攻撃を仕掛けてきそうな者はいないどころか、人一人さえいなかった。
 それでもトランは警戒を解かない。

「いきなり何なのかなぁ。まったく、もう……」

 クレアの街で貰ったナイフを手にしながら、独り言のように漏らすトラン。

 この状況で愚痴を漏らしている辺り、呑気な人のよう。しかしトランは、決して、呑気なわけではない。というのも、さりげなく周囲の様子を見回しているのだ。つまり、周りへの警戒を怠ってはいない、ということである。

 ——刹那。

 再び、ぱぁん、と乾いた音が鳴る。

 音はトランの背後から聞こえてきていた。トランは素早く振り返り、右手に持っていたナイフで、飛んできた灰色の弾丸を払う。

「ふぅん。そっちなんだねー」

 トランは、どちらから乾いた音が聞こえてきたのか、聞き分けていた。余裕の笑みを浮かべながら、木々が生い茂る方へと向かっていく。

 そして、一本の木の幹、その中央より少し上辺りを強く蹴る。

「……出てきなよー」

 直後、その木から一人の少女が飛び降りてくる。

「プププ! かっこつけてるノ、ダッサ!」

 正体はパルだった。
 小型銃を片手に舞い降りる彼女は、天使のようで、しかしながら幼い悪魔のようにも見える。

 パルは地面に降り立つと、トランへ視線を向ける。

「脱走者は殺ス!」

 はっきりと宣言するパル。
 対するトランは、呆れたように笑う。

「ボクを殺すって? 呆れるなー。そんな馬鹿げたことをはっきり言うなんて、馬鹿としか言い様がないよねー」

 トランは相変わらず挑発的な言葉を放つ。
 そこに躊躇は一切ない。

「覚悟!!」

 パルはトランへ銃口を向け、引き金を引く。
 飛び出すのは、灰色の弾丸。

 だがトランも負けてはいない。体の前でナイフを振って、灰色の弾丸を跳ね返す。

 パルは銃を持っていない方の手を前方へ伸ばす——そして、爪から灰色の包帯のようなものを発生させ、跳ね返ってきた弾丸を払った。

「ふふふ。面白いねー、それ」
「黙レ!」

 パルは地を蹴り、常人であれば気づけぬであろうほどの速さで、トランの背後へ回ろうとする。

 ——しかし。

「遅いよ」

 トランのすぐ横を通り過ぎた瞬間、パルは愕然とした顔をする。というのも、通過した一瞬のうちに首に傷を負っていたのである。

「ナッ……!?」

 状況が理解できない、というような顔のパル。
 トランは赤いもののついたナイフを片手に持ったまま、体を回転させ、パルへ目をやる。

「ふふふー」

 ナイフを持っていない方の手を掲げる。すると、宙に、黒い矢が大量に現れる。そこからさらに、トランは手をパルの方へと伸ばす。その瞬間、黒い矢が一斉にパルに向かってゆく。

「チ……このッ……!」

 パルは首の傷を左手で押さえ、右手だけで小型銃を打つ。
 灰色の弾丸はトランが放った黒い矢のいくつかを消した。が、矢は数が多く。そのため、すべてを消すことはできない。

「そのくらいで間に合うわけがないよねー」

 トランは笑顔だ。
 余裕に満ちている。

「じゃ、ばいばーい」

 次の瞬間、黒い矢がパルに刺さった。

 パルはその場に倒れ込む。
 抵抗する間もなかった。

 自然に満ちた人気のない場所に、静寂が戻ってくる。

「ふぅー」

 トランは一人息を吐き出し、ナイフを持っていない方の手の甲で額の汗を拭う。

「まったく、もう……面倒だなぁ」

 そう呟き、トランはその場に座り込む。
 そして、少し赤くなったナイフを見下ろす。

「せっかく貰ったのに、もう汚れてしまったなぁ」

 トランは地面に座り込んだまま、両手を地につけ、顔を上向ける。木々の隙間から降り注ぐ光に目を細め、暗い青の髪を風に揺らす。

 パルが動かなくなって、トランは穏やかな時間を取り戻した。
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