あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
152 / 207

episode.150 優雅な朝から

しおりを挟む
 その夜、私は夢をみた。
 恐ろしい夢を。

 それは、すべてが破滅に向かうところを見ていることしかできないという、不甲斐なさを感じさせる内容で。

 何と言えば良いのか、はっきりとは分からない。
 だが、とにかく恐怖を抱かずにはいられない夢だった。

 目の前で大切な人の命が失われる——なんて禍々しい夢なのだろう。

 何もできず大切な人を奪われるくらいなら、私が襲われる方がずっとまし。私が傷つく方がまだしも良い。

 大切な人のために何もできず。
 大切な人の命を護る力はなく。

 ——なんて情けない。


 ……。

 …………。


 そして、気がつけば朝。

 窓の外が明るくなり始めたくらいの時刻だった。

 直前まで見ていた恐怖を「夢か」と思いつつ、上半身を起こし、縦にする。そして、もう一度眠るかどうか迷う。しかし、二度も起きるのは憂鬱なので、もうここで起きることに決めた。

 それから私は伸びをして、掛け布団を捲り、ベッドの外へ出る。

 心地よい朝だ。
 ただ、嫌な夢をみていなければ、もっと心地よい朝だっただろう。

 私は寝巻きから家着へ服を着替え、部屋から出る。

 今日もまた良いことがあればいいな、などと少し考えつつ。


 私が食堂に着いた時、バッサとエトーリアは既にそこにいた。

 エトーリアは薄い水色のワンピースをゆるりと着こなしながら、椅子に腰掛けて、何やら本を読んでいる。
 バッサはいつも通りの仕事着をまとい、さくさく歩いている。朝食の準備をしてくれているのだろう。

 また、バッサより少し若い手伝いの女性がいて、彼女もバッサと同じように行き来していた。

「おはよう、母さん」

 茶色いブックカバーの本を読んでいるエトーリアに声をかける。すると彼女は顔を上げ、微笑んで、嫌そうな顔はせず「おはよう」と返してくれた。

 それから私は、食堂内の椅子にそっと座る。
 エトーリアは読書中のようなので、彼女からは少し離れた席を選んでおいた。読書を邪魔しては悪いからだ。

「エアリお嬢様。おはようございます」
「バッサ。おはよう」
「飲み物はどうなさいます?」
「特に希望はないわ」
「分かりました。では、何かさっぱりしたものをお持ちします」

 退屈なほどに穏やかな朝。
 静かで、心休まる、素敵な空間。

 賑やかさはないけれど、ゆっくりと時間を過ごせる優雅さはある。私はそれが案外嫌いでない。

「ねぇエアリ」

 バッサが飲み物を持ってきてくれるまでの間、話し相手もいないから一人ぼんやりしていると、それまで本を読んでいたエトーリアが話しかけてきた。

「え。何?」
「その胸のペンダント、綺麗ね」

 言われて、私は自分の胸元を見下ろす。
 そこにあるのは、リゴールがホワイトスターから持ってきた、星のデザインのペンダント。

「ホワイトスターのものよね?」
「そ、そうだと思うけど……」
「素敵ね。美しいわ。リゴール王子から貰ったの?」
「そうなの」

 剣にもなるし便利なの、とまでは言わないでおいた。

「大切にしているのね」

 エトーリアはそんなことを言う。

 発言の意味が分からず、私は少し戸惑った。けれど、本当のことを言ってはならないということはないだろうから、「そうなの」とだけ発して頷いておいた。

 それから少しして、バッサが飲み物を持ってきてくれる。
 黄色い液体のアイスハーブティー。

「ありがとう、バッサ」
「いえいえ」


 アイスハーブティーを飲み始めて数分が経過した頃。

 食堂に、屋敷で働く女性が一人、駆け込んできた。

 ちなみに。
 駆け込んできたと言っても、それほど慌てている様子ではない。

「エアリさんはいらっしゃいますか?」

 女性は食堂へ入ってくるや否や、そんなことを言う。
 いきなり私の名前が出てきたことに驚きつつも、私は「はい」と述べ、椅子から立ち上がる。

「何かあったの?」
「はい。実は、エアリさんにお客様が」
「お客……様?」

 誰かが訪ねてくること自体そう多くはないというに、私に用のある客人なんてより一層珍しい。私に用があって訪ねてくるということは、ウェスタかグラネイト辺りだろうが、こんな朝からというのは少々意外である。

「はい。話があるとのことです」

 話とは?
 もしかして、またブラックスターが攻めてきたという知らせ?

 色々疑問が浮かんできて頭の中がいっぱいになる。

「分かったわ。行くわ」
「玄関で待っていただいていますので」
「行ってみるわね」

 できるなら、何でもない用事であってほしい。襲撃のような物騒な話題ではないことを祈る。祈ることに意味があるのかは分からないが、それでも祈らずにはいられない。

 私は一人玄関へ向かう。
 どうか平和的な話でありますように、と、祈りつつ。


「いやぁーすみませんねぇー」
「は、はぁ……」

 玄関で私を待っていたのは、ウェスタでもグラネイトでもなかった。トランでさえなかった。

「いきなりお邪魔して申し訳ありませんねぇー」
「い、いえ」

 のんびりとした口調で話す男性。
 彼のことを、私は知らない。
 やや灰色がかった緑の頭に、笠部分だけになったキノコのようなピンクの帽子。顔や首回り、そして体全体に、結構な肉がついていてふくよか。また、トップスは渋めの赤紫、ズボンは小豆風、ブーツは髪を薄めたような色、と、妙な色遣いのファッションである。

「えっと……それで、私に何か用なのでしょうか?」

 まったくもって見覚えがない。
 いつかどこかで会っていたのか、それすらも、私には分からない。

「実はですねぇーこちらの家にですねぇー用がありましてねぇー」

 いちいち語尾を伸ばす喋り方が奇妙だ。
 また、笑顔も不気味である。

「少し失礼しますよぉー」

 ふくよかな男性は、私を押し退けるようにして、屋敷の中へと入ってくる。まるで、自分の家だと主張しているかのように。

 普通、大人がこんなことをすることはないだろう。
 他人の家に無理矢理入ろうとするなんて、怪しいとしか言い様がない。

「あの、少し待って下さい」
「何ですかぁー」
「勝手に入ってこないで下さい。まずは用件を——」

 言いかけて、言葉を止める。

「っ……!」

 いや、自分の意思で止めたのではない。
 どちらかというと「止められた」の方が相応しいと言えよう。

 男性が手のひらで私の口を塞いだ。だから私は、続きを発することができなくなってしまったのだ。唇が動かぬほどの力で口を押さえられているというわけではないが、それでも、何も言えなくなってしまった。

 ただ一つ確実なのは、目の前の男性がただの訪問者ではないということ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...