あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
161 / 207

episode.159 三人揃って

しおりを挟む
 シンプルな軌道を描くように振った剣先が、カマーラの身を斬る。
 赤いものが舞い散るけれど、それにはもう慣れた。慣れとは恐ろしいと思いはするが、戦う時に感情を乱さずに済むのはありがたい。

「斬ラルェルナン……テッ……」

 カマーラは掠れた声を発しながら、その場に崩れ落ちる。

 しかし、一撃で仕留めることはできなかった。
 倒れたカマーラだが、まだ意識はあり、私が斬ったところを手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。

「ヨ、良クモッ……!」

 カマーラは必死の形相でこちらを見てくる。
 それまでは少しコミカルな雰囲気の顔つきだったが、今は鬼のような顔をしている。

「ヒ、ヒゲダケト思ッテンジャネェーワヨ!」

 地鳴りのような低い声を発し、片手を体の後ろへ回すカマーラ。そうして取り出してきたのは、小型のナイフ。チャキンという鋭い音と共に、十センチほどの刃が飛び出す。

 ナイフを手に、駆け出すカマーラ。
 その視線の先にいるのは、私ではなくリゴールだった。

「……こちらですか!」

 リゴールは咄嗟に警戒体勢を取り、魔法を放った。が、魔法はカマーラには当たらない。壁に吸収されてしまうのだ。

「魔法は駄目よ! リゴール!」
「あ」

 私が叫んだことでカマーラには魔法が効かないことを思い出したのか、リゴールは、しまった、というような顔をする。

「テリャア!!」

 距離を詰めたカマーラが、ナイフを握った手を振る。

「くっ」

 防御のため反射的に出したリゴールの腕を、カマーラのナイフが傷つける。
 傷を受けたのは、恐らく、二の腕辺りだろう。ただ、袖もあるため、それほど深い傷ではなさそうだ。

「ナンダカーンダイッテ……ターゲットハ……王子様ナノヨネェー!」
「わたくし狙いなのは知っています」
「素早ク仕留ムェルワァ!」
「簡単には殺られません」

 至近距離で向かい合う二人。

 私はただ、見つめることしかできない。

 リゴールは魔法を使えない状態。相手は刃物を持っている。できれば援護したいところだが、今から走っても多分間に合わない。

「終ワリヨォーッ!」
「……参ります」

 リゴールは、ぎりぎりのところで素早く一歩下がり、空振りを誘う。

 そしてそこから——勢いよく本を振り下ろした。

「ナッ、ナンデッ……!?」

 ばしぃっ、という音がして、カマーラはその場にへたり込む。膝を伸ばしていることも、体を縦にしていることも、できない状態のよう。斬撃による傷のダメージも合わさってか、彼は既に限界に達しているようだった。

 それから数十秒。
 床に倒れたカマーラの体は、塵と化した。


 暫しの沈黙、その後。

「王子!」

 デスタンが一番に声を発した。

 彼は椅子から立ち上がると、リゴールに歩み寄っていく。
 歩く速度はあまり速くない。ただ、足取りはだいぶしっかりしてきているように感じる。

「デスタン。……支えなしで歩いて平気なのですか?」

 リゴールはデスタンを気遣う。

「そうではありません。王子、なんという無理を」
「え?」
「今のような無茶な戦闘、もう行ってはなりません」

 どうやら、デスタンの方もリゴールのことを気遣っていたようだ。
 鏡に映したかのような、よく似た二人である。

 デスタンはリゴールの片腕を掴み、きょとんとしているリゴールを余所に、その袖を捲る。そうして露わになったリゴールの腕には、赤く滲んだ切り傷に加え、叩かれたような腫れもあった。

「すぐに手当てします。が、今後はこのようなことがないようにして下さい」

 デスタンは淡々と述べる。
 それに対し、リゴールは静かに言い返す。

「……それは無理です」
「王子?」
「怪我を恐れているようでは、真の意味で強くはなれません。ですから、わたくしは決めたのです。怪我など恐れはしないと」

 落ち着いた調子で返すリゴールを見て、デスタンは驚きと戸惑いが混じったような表情を浮かべる。だがそれは束の間で。すぐに無表情に戻り、そっと口を開く。

「変わられましたね」

 デスタンの物言いは、親のようだった。

「……そんなことないですよ」
「いえ。変わられました。私が知らないうちに……貴方はとてもたくましくなった」

 その言葉を聞いたリゴールは、顔に戸惑いの色を滲ませながら、自分の腕や体を見回す。

「……そうでしょうか?わたくし、逞しくなってなどいないように思うのですが……」
「そっちの『逞しく』ではありません」
「え? そ、そうなのですか? デスタンの言うことはわたくしにはよく分かりません……」

 どことなく呑気なリゴールを見て、デスタンは呆れたように漏らす。

「もう結構です」


 それからは少し忙しくなってしまった。
 というのも、この一件によって、しなければならないことが一気に増えたのである。
 リゴールの手当てはもちろんだが、床掃除や、赤いものがついてしまった衣服の洗濯もしなければならなくなり。バッサやミセが手伝ってくれたため比較的スムーズに進みはしたが、それでも結構な時間がかかった。


 その日の晩。
 私はリゴールに会おうと思い立ち彼の部屋へ行った。

 だが、そこに彼はおらず。

 次に可能性のありそうなデスタンの部屋へ行ってみたところ、リゴールの姿を見ることができた。

「リゴール。ちょっといい?」

 幸い、扉に鍵はかかっておらず。そのため、勝手に開けることができた。

「……あ! エアリ!」

 デスタンとベッドのところで何か話している様子だったリゴールだが、私に気づくや否や、てててと駆け寄ってくる。

「どうしました? エアリ」
「たいした用事じゃないんだけど……」
「構いませんよ! 何でも言って下さい!」

 リゴールは自ら私の手を掴むと、ベッドの方に向かって歩き出す。引っ張られる形になり、私もベッドの方へ向かう羽目になってしまった。

「もし良ければ、こちらへどうぞ!」
「え、えぇ……?」

 無邪気なリゴールはまだ良いが、真顔なデスタンの心が気になって仕方がない。彼は何を考えているのだろう、と、ついつい思考してしまう。

「さ、座って下さい!」

 リゴールはベッドに座るよう促してきた。
 これがリゴールの部屋のベッドなのなら何の問題もないが、デスタンの部屋のベッドだからすぐには座れない。

「これ……デスタンさんのベッドよ?」
「構いません! デスタンは、わたくしが言ったことで怒ったりはしません!」

 何だろう、その根拠のない自信は。

「ですよね? デスタン!」
「ベッドくらいなら構いません。王子のお好きなように」
「ほら! デスタンもこう言っていますから!」
「そ、そう……。なら座らせてもらうわ」

 デスタンのベッドに腰掛けるというのは少々違和感があるが、ひとまず座らせてもらうことにした。

 直後、リゴールは隣に座ってくる。

「お邪魔致します」
「狭いわよ?」
「では、わたくしは細くなっておきますね」

 こうして、デスタンの部屋に揃った私たちは、それから色々な話をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...