あなたの剣になりたい

四季

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episode.160 対策会議

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「で、リゴール。腕の感じはどうなの?」

 一つのベッドに三人で座るとなるとかなり狭い。隣のリゴールは体をかなり細くしてくれているが、それでも狭さを感じずにはいられない。誰か一人ベッドから下りた方が良さそうな狭さだ。

「ご安心下さい! もう痛くもなんともありませんよ!」
「本当に?」
「はい! 手当てもしていただきましたし、問題ありません!」

 リゴールは楽しそうだ。
 それとは対照的に、デスタンは、面倒臭そうな顔をしている。
 右を向けば楽しそう。左を向けばつまらなさそう。左右の雰囲気が完全に真逆で、何とも言えない空気が漂っている。

「魔法対策をされていたことには驚きましたが、何とか退けることができて良かったです!」

 明るい声色で話すリゴールに向けて、デスタンが発する。

「王子、呑気なことを言っている場合ではありません」

 デスタンの声は低い。
 これまた、リゴールとは対照的だ。

「魔法での戦闘ができないとなると、王子の戦闘能力はゼロに近いのです。もう少し深刻に捉えるべきかと」

 そう述べるデスタンは真面目な顔をしている。
 リゴールを大事に思っている彼のことだから、敵が魔法対策をしてきたことに関しても真剣に考えているのだろう。

「真面目ですね、デスタン」
「当然のことです。私が戦えれば一番良いのですが……それはまだ厳しいですから、何らかの対策を立てておかねばなりません」

 嫌み混じりな物言いをすることも多いデスタンだが、今はそのような感じではない。その口から放たれる言葉は真っ直ぐで、真剣さが滲み出ている。

「魔法以外の攻撃手段を……ということですか?」
「はい」

 デスタンは頷く。
 それとほぼ同時に、リゴールは拳を軽く口元に添えた。

「確かに、デスタンの言うことも一理あるかもしれませんね。魔法対策をされていても戦えるようにしておく必要はありますし」

 リゴールは考え込んでいるようだった。

「魔法以外って言っても、体術系は無理よね」
「そうですね。エアリの仰る通り、わたくしは強い肉体を持っていません。今の状態では、軽い護身程度が限界です」

 護身のための術を身につけているだけでも、地上界の一般人に比べれば、凄いことだとは思う。けれど、正面からまともに戦うとなれば、その程度では勝てないだろう。そもそも、リゴールは背が低めだし、体も全体的に細い。殴る蹴るの戦いになると、体格的に不利になることは避けられない。

「そうよね。じゃあ何か使う? ……ナイフとか?」

 思いつきで述べる。

「ナイフ、ですか」

 そこに口を挟んできたのは、デスタン。

「それなら重すぎませんし、王子でも扱えるかもしれません」
「そうよね!」

 これは良い案だろう、と思い、リゴールに視線を向ける。

「ねぇ、リゴール。ナイフはどう!?」
「ナイフ……ですか」
「え、何? 何だか、テンション低いわね」
「実はわたくし、あまり、その……ナイフは好きでないのです」

 もじもじしているのかと思ったが、そうではなく、ただ「ナイフは好きでない」ということを伝えたかっただけのようだ。

 そういうことなら普通に言えばそれでいいのに。
 少し、そんなことを思ってしまった。

「デスタンと受けた研修の時、少し習いましたが……その、模擬戦闘でうっかり相手を怪我させてしまいまして……」

 うっかり、て。

 慣れていない状態での模擬戦闘だったのだろうから、仕方ない部分もあったのかもしれないけれど。

「その時の感触が忘れられず、以来、ナイフを握ると不安になるのです。なぜか料理の際は問題ないのですが……」

 私は料理の時の方が不安になる。
 そもそも、料理をする機会なんて滅多にないわけだが。

「ではペンはどうでしょうか」

 次の提案をしたのはデスタンだった。

「ペン?」

 リゴールはきょとんとした顔をする。

「はい。私に目潰ししたあの時の動きは見事でした。あれなら、一種の攻撃として使える気がします」

 真剣なのか嫌みなのか、よく分からない。

「しかしデスタン……あの時のペンはもうありません」
「ペンならば、新しい物を調達すれば良いのではないでしょうか」
「それに……あの時は必死でつい突いてしまいましたけど、今のわたくしは恐らく、あのようなことはできないと思います」

 リゴールの言葉を聞き、デスタンはふっと笑みをこぼす。

「それもそうですね」

 彼は紫の髪を軽く掻き上げながら続ける。

「命を狙ったりして、すみませんでした」
「謝罪!?」

 私はうっかり叫んでしまう。
 そのせいで、デスタンに不快そうな視線を向けられた。

 気を引き締めている時なら、こんなうっかりミスをしてしまうことはなかっただろう。だが、話が長引いてきたことによって自然と気が緩み、結果、このような失態に繋がってしまった。

「……何です、いきなり大きな声を出したりして」
「あ。ご、ごめんなさい」

 こればかりは私にも否がある。そう思うから、謝っておく。

「……まったく。驚かせないで下さい」

 デスタンは呆れたように呟いていた。
 そこへ割って入ってくるのはリゴール。

「まぁまぁ! 時にはそういうこともありますよ。わたくしも、うっかり本音を漏らして大変なことになったことがあります!」

 本音を漏らして大変なことに、か。
 それは本当に大変そうだ。

 一般人ならともかく、王子という地位ある身分の者が本音を漏らしてしまったりしたら、騒ぎになりそうである。

「と、取り敢えず! 話を戻しましょう!」

 リゴールは、心なしか険悪な空気になりかけていたのを察して、気を遣ってくれたようだ。

「そうね。それが良いわ」
「分かりました」

 私とデスタンが発したのは、ほぼ同時のタイミングだった。

 もっとも、揃えるつもりはなかったのだが。

「では、王子にはペンで武装していただくことにしましょう」

 結局、ペン。
 デスタンはどうしても、リゴールにペンを持たせたいようだ。

「ま、待って下さい! それは無理です」
「良さそうなペンを街で買ってきます」
「デスタン! 話を聞いて下さい!」

 リゴールはベッドから立ち上がりつつ、勢いよく発言する。

「わたくしはペンなど扱えません!」
「……ではナイフにしますか?」
「うっ……そ、それは苦手です……」
「ではペンで構いませんね?」
「うぅ……仕方ありません。分かりました、ペンにします」

 なんだかんだで自分の意思を押し通すデスタン。その口の上手さはなかなかのものだ。リゴールくらい、相手ではない。

「……そして、エアリ・フィールド」

 デスタンはいきなり話をこちらへ振ってくる。

「え、私?」
「はい。貴女は剣の一本でも持っておけばいかがです」
「剣なら、ペンダントの剣があるわよ?」
「王子と離れている時でも戦えるようにすべきです」

 デスタンは淡々と述べる。

 その言葉が間違いだとは思わない。ただ、剣を売っている店というのを知らないので、「買うとしても、どこで買えば?」という思いがある。

 私のそんな心を読み取ったかのように、デスタンは続ける。

「クレアに行けば、剣を入手することができるはずです」
「そうなの? 詳しいのね」
「いえ、私が詳しいわけではありません。ミセさんから聞いた話に出てきていただけです」

 ミセが剣の店について話していたということは驚きだ。だが、これはある意味ラッキーと言えるかもしれない。

「そうね。今度買いに行ってみようと思うわ」
「では私も同行します」
「デスタンさんが!? ……無茶しちゃ駄目よ?」
「ご心配なく。歩くくらいなら、もうそろそろ問題ありません」
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