あなたの剣になりたい

四季

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episode.203 働かせることはできない

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 一緒に暮らすということを提案されたリゴールは、明るい顔つきになりながら、胸の前で両手を合わせた。

 陽気な少女でなければ普通はしないような動作。
 だが、線の細いリゴールがすると、さほど違和感がない。

 デスタンでもグラネイトでも、もちろん私の父親でも、リゴール以外の男性がその動作をすれば、奇妙な雰囲気になったことだろう。

「それは名案ですね……!」

 拒否するかもと思ったが、それは杞憂で。
 リゴールはすんなり頷く。

「このようなわたくしで良ければ、この屋敷で色々お手伝い致します!」

 生まれ育った国が今はもうなくとも、リゴールがホワイトスターの王族であったことに変わりはない。今もホワイトスター王族の血を持っているのだから、彼は間違いなく王子だ。

 それなのに、彼は腰が低い。
 今に始まったことではないが、改めて違和感を覚えてしまった。

「お手伝いなんていいのよ」

 エトーリアは柔らかい笑顔でそう返したが、リゴールは頷かなかった。

「い、いえ……! わたくしは前々から、何か他人の役に立てることをしたいと、そう考えていたのです。ですから、まずはここで恩返しをさせて下さい……!」

 王子が使用人のような立場を選ぶなんて、意味が分からない。それに、リゴールを働かせたりなんかしたら、今は亡きホワイトスター王族たちに怒られてしまいそうだ。

 特に、この屋敷はエトーリアのものだから、なおさら。

 事情を知らぬ者が雇ったならともかく、ホワイトスター出身のエトーリアが雇ったとなれば、妙な念でも送ってこられそうなものである。

「リゴール王子を働かせるなんて……恐れ多くて無理だわ」
「そこを何とか。お願いします」
「できないわ。わたしはホワイトスター出身だから、なおさら」

 エトーリアはすっかり困り顔。
 リゴールはここで働く気に満ちているようだが、そのせいでエトーリアが困りきってしまっている。

「待って待って。リゴールはのんびり暮らせば良いのよ」

 私はつい口を挟んでしまった。
 母親が困っているのを放ってはおけなくて。

「エアリ?」
「これからはここで一緒にのんびり暮らす——っていうのはどう?」

 軽く提案すると、リゴールは奇妙なものを見たような顔。

「一緒に、ですか?」
「そうそう。ま、今までみたいな感じで。それなら良いんじゃないかしら」

 そこでリゴールは黙る。
 彼は何も言葉を発さず、暫し、考えているような顔をしていた。

 思考の邪魔をしてはいけないので、私は唇を閉じて、彼が再び口を開くのをのんびりと待つ。じっと待つ。

 その間、エトーリアも同じだった。
 私とリゴールのやり取りを聞いていたからなのだろうが、彼女も黙ってくれている。

 そのせいで、食堂内がしんとしてしまう。

 だが、皆が遠慮なく喋り続けて騒がしいことになるよりかは、リゴールも落ち着いて考えられるだろう。そう考えるならば、今のこの静寂を悪いものだと思う者はいないはずだ。

 その後、一二分ほどが経過して。

「エアリがそう仰るなら、それも一つかもしれませんね」

 それまでしばらく考え事をしているような顔で黙っていたリゴール。彼の口から出たのは、私が出した案に対して前向きな言葉だった。

 それからすぐに、彼はエトーリアへ目をやる。

「ではお母様……そのような形で構わないでしょうか」
「エアリと二人でのんびり、という暮らし方?」
「はい。それなら楽しそうだと思ったので……いかがでしょう」

 使用人のようなことをしようとしていたリゴールだったが、それは諦めてくれたようだ。

「わたしは賛成よ。それなら」
「では、それでよろしくお願いします……!」

 リゴールは丁寧に頭を下げた。
 王族が一般人に下手に出ている光景というのは、不思議というか何というか、非常に違和感があるものである。

「では改めて。エアリ、これからもよろしくお願い致します」

 リゴールの青い双眸に見つめられたら、何とも言えない気分になってしまう。嬉しいような、恥ずかしいような——今、そんな不思議な気持ちだ。

「ふふ、リゴールは相変わらず丁寧ね」
「この屋敷にお世話になるのですから、当然のことです」
「もういいのよ? そんな固いこと。……それに、ここは私でなく母さんの屋敷よ」

 絶対的な予言なんてないから、明日の私たちをこの目で見ることはまだできない。将来のことはまだ分からない。

 だがそれでも、一つの道は、微かに視界に入り始めた。

 それはとてもささやかなこと。
 でも、将来を想像するための大きな一歩であることは確かだ。


 朝食後、私とリゴールはデスタンに会いに行くことにした。

 廊下から見える窓の外は明るい。今日は晴れのようだ。降り注ぐ日差しはとても強くて、目を細めたくなるほどに眩しい。

 ただ、光が強いことは確かだが、今日は特に眩しく見える気がする。

 胸の内を満たしていた薄暗いものが消えたから……かもしれない。

 デスタンに会うべく私たちが向かったのは、リゴールの部屋。
 最近の彼は、そこで暮らしている。

「デスタン! 報告が終わりました!」

 リゴールが先に部屋へ入ってゆく。
 するとそこには、デスタンと彼に会いに来たミセがいた。
 デスタンは床に座っていて、ミセは彼にもたれるようにしてしゃがんでいる。彼女の両腕は、どちらも、デスタンの右腕に絡んでいた。

 こんな日でも、ミセは通常通りの運転だ。

「もう終わったのですか、王子。早かったですね」
「はい!」
「それで、何か問題でも浮上しましたか」
「いえ! 問題が発生するどころか、わたくし、これからもここで暮らせることになりました!」

 ストレスから解放されてご機嫌なリゴールは、一切躊躇うことなく、すべてをデスタンに打ち明ける。

「そうなのですか。意外です」
「変でしょうか?」
「いえ。ただ、王子はホワイトスターへ戻られるのだと思っていたので」

 そう、そうなのだ。
 普通なら祖国に帰ることを一番に願うはずで。

 デスタンの考えていたことは正しい。実際のリゴールの考えとは違っていただけで。

「わたくしも、最初はそのつもりでしたよ」
「やはり。そうなのですか」
「エアリに出会っていなければ、わたくしはホワイトスターへ戻ることを選んでいたかもしれません」

 そう言って、私へ視線を向けてくるリゴール。

「でも、エアリと出会いました。だからわたくしは、これからもずっと、エアリと一緒にいるのです」

 私だって、彼とは共にありたいと思っている。

 ……ある意味両想い?

「これまでずっとエアリが傍にいて下さったように、これからはわたくしがずっとエアリの傍にいるのです。ですよね? エアリ」

 いきなり難しい振り方をされてしまった。

「そ、そうね。それが理想形だわ」

 せっかく良い雰囲気になりつつあるのに、私は気の利いた言葉を返すことができなかった。
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