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前編

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 育った家庭環境もあり幼い頃から楽器の演奏というものに馴染んでいた私エーミラは、二十歳が近づいた頃周りの女性たちと同じように婚約者を作ることとなった。

 婚約者となったのはオッドレーという男性だった。
 特別好きというわけではないがだからといって嫌いというわけでもなく。
 けれども、前を向いて一緒に生きていこう、と思っていた。

 しかし……。

「エーミラ、悪いけど、あんたとの縁はここまでとするわ」

 オッドレーから告げられたのはそんな言葉だった。

「え……」

 今ここから歩み出そう、そう思っていたのに。
 その気持ちなど完全に無視で。
 全力で叩き潰されてしまうなんて、そんなのは、あまりに悲しい。

「なぜ……」

 婚約破棄の理由、そんなものを聞いてしまったらきっともっと辛くなってしまうだろう。そう分かってはいて。けれどもほぼ無意識で問いを放ってしまった。問いを発してから内心少々後悔する。聞くべきでなかったかもしれない、と。

「なぜ? 理由が知りたいのか? ま、そういうことなら言ってやる。……簡単なこと、あんたは俺好みの女じゃないんだ! ……理由はそれだけ」

 シンプルな理由だった。

 好みでない、それは理解はできる。でも、私が好みでないことなんて、婚約する前から分かっていただろうに。なのになぜ今さらそんなことを言うのか。分かれたいくらい好みでない女なのなら、はじめから婚約なんてしなければ良かったのに。

 その気にしておいて後から切り捨てるなんて身勝手にもほどがある。

「そう、ですか……」
「分かったか? もういいか?」
「……何を言ってもきっと無駄なのでしょう?」
「当たり前だろ」
「分かりました、では……そういうことで、さようなら」

 その後彼の友人から聞いたのだが、オッドレーには私との婚約後に愛する人ができていたそうだ。

 それで私との婚約を破棄することを決めたのだとしたら。
 それならば話はおかしくはない。
 婚約する前に拒否しなかったのもおかしな話ではなくなる。

 結局のところ、私がその人に勝てなかったのだ。だから捨てられた。だから切り落とされた。多分、それだけのことなのだろう。

 けれどももううじうじはしない。

 私は前を向く。
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