プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.27 鍛練重ね、家も清掃

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 雨粒のように降り注ぐ矢。地面をしっかりと捉えていた足の裏で地を蹴る――私の身体は重力に抗うかのように宙へ。刹那、矢が続々と地面に突き刺さった。ちなみに矢が刺さったのは直前まで私が立っていたところだ。直後、高く舞い上がる私の右脇腹辺りめがけて迫る一つの煌めき――咄嗟に胴を捻ってかわす。そこから真っ直ぐに着地。

「良くなってきたのよ!」

 フローラの声が飛ぶ。
 しかしそれは嬉しい声だ。

「ありがとうございます……!」

 フローラは勢いよく私の顔の前辺りにまで飛んでくる。そして、止まる場所を定めてから、一点に留まりつつその小さな身体を回転させる。

「基礎的な動きがだーいぶ身についてきたみたい!」
「フローラさんのお陰です」
「えっへっへーっん! ふふっ! そうでしょそうでしょー?」

 フローラは胸を張り威張ってみせる。
 それでも身体が小さいことに変わりはないのだけれど。

「いつも色々教えてくださってありがとうございます」
「気にすることないのよ! これも皆のためなの!」
「皆のため?」
「そうなの。フレイヤさんが強くなれば、より一層心強いのよ」

 フローラとの時間は非常に有意義だ。
 彼女は素人だった私にいろんなことを教えてくれた。
 たとえ短期間であっても。
 怒鳴り散らされることはなく、罵倒されることもなく、しかしながら真剣に。悪い点は改善方法を含めつつ指摘し、良い点は素直に評価する。
 それがフローラの指導法だ。

「そろそろちょっと休憩してもいいのよ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「やる時はぱりっと! 休む時はぐでーってするの!」
「そ、そんな風にですか……?」

 その日、私は、剣のキャッスルの奪還が無事完了したことを聞いた。
 盾のキャッスルが完全に占領されていたのに対して、剣のキャッスルは正式に乗っ取られきっているわけではなかったそうだ。そのため、置かれている敵戦力も盾のキャッスルのそれよりかは控えめだったらしい。

『心配させたんじゃない? フレイヤさん。ごめんね』
「剣のプリンセスさんがご無事で良かったです」

 私が剣のプリンセスと通話している間、フローラはずっと私の周りを飛んでいた。
 右へ左へ、上へ、下へ、と。

『思ったよりさっくりいけたわ!』
「それは良かった」
『フレイヤさんは? 何かしてた?』
「えっと……戦いの練習、を」

 本気の戦いを経験している人に対して誇って言えるほど立派なことはしていないけれど。

『戦いの練習ッ!?』

 大きな声を発する剣のプリンセス。
 丸みを帯びた目を大きく開いている。

『そんなことしてたの!?』
「はい、そうなんです。と言いますのも、実は、森のプリンセスさんのところのフローラさんが来てくださっていて。それで、色々習っていたんです」
『そっかぁー。無理しないようにね』

 たった一言。それでも心に残る一言。そっと贈られる細やかな言葉に温もりを感じ、それと同時に強く感謝する。

 ちょっとした発言だけでも人の心は動かせるのだと、そんなことを改めて体感した。

 もっとも、私の中だけでの話だが。

「お気遣いありがとうございます」
『大袈裟ね!』


 ◆


 剣のキャッスルの奪還が完了したことで、敵勢力に奪われていたキャッスルはすべてこちらの手に戻ることとなった。ようやくゼロに戻ったと言うのが相応しいか。いずれにせよ、これでスタート地点に立った、というような状態である。

 しかし完全な状態に戻せたことは一旦喜ぶべきことだろう。

 状況も落ち着いたことだし、ということで、私は一度人の世にある自宅へ戻ってみることにした。
 不審者や泥棒が入っていないか、変化がないか、掃除しなくて大丈夫そうかなど、確認しなくてはならないことが盛りだくさん――否、本当は単純に恋しくなっただけなのだ。

 ちなみに、自宅へ帰るのにはフローラが付き添ってくれることとなった。

 私も子どもではない。それゆえ一人でも帰ることはできる。付き添いが絶対に必要なんてことはない。そんなことを思いつつも、結局フローラの好意に甘えてしまった。ちなみにこの理由は、一人で移動するのが寂しかったというのと、一人で自宅へ入るのが若干怖かったから、である。

 そうして向かった自宅は廃墟のような不気味さを漂わせていた。
 しかしながら、建物の中へ足を進めると、案外以前のままの家であった。

 誰もいないからだろうか、不気味さは感じる。しかしながら、見慣れた物たちは文句の一つも発さず見慣れた場所に鎮座しているし、大きな変化が確認されることもない。以前のまま時が経った、そんな状態。

 それから私は掃除をすることにした。

 次ここへ来るのはいつか分からない――だからこそ、帰ってきたこの機会に少しでも清潔にしておきたかったのだ。

 今はここには住んではいないけれど、ここが私の思い出の場所であることは生涯変わらない。家が汚くなり滅びに近づくばかり、というのは、さすがに切ない。それに、自宅が不衛生の塊のような場所になっていると考えたら、泣きそうではないか。

「これ運ぶのー? 重いのー!」
「すみませんフローラさん」
「こんなことならアタシより力持ちな人を連れてくれば良かったのよー、疲れたのー……」
「ごめんなさい。フローラさんは休んでください、後は自力で片付けますから」

 私とフローラは協力しつつ家の中を綺麗にする。
 しかしフローラはというとそろそろ体力が限界のようだ。

「つーかーれーたー」

 フローラは間延びした声を吐き出しつつ私の右肩に腰を下ろす。
 少しくすぐったい。
 だが、自分の片方の肩に小さな生命が座り込んでいると思うと、得体の知れない感慨深さがある。

「フローラさん、肩に座っていて大丈夫ですよ」
「言われる前から座ってしまうー……」
「ふふ。ですね。もう座ってますよね」

 妖精と一緒に家の掃除をする日が来るなんてね。
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