プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.28 突然の連絡、からの

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 ここしばらくは平和な時間が流れている。

 クイーンズキャッスルにいるとどれだけ時間が経ったのか分からなくなってしまう。

 最近の私はよく本を読んでいる――そう、人の世にある自宅から持ってきたのである。この前自宅に帰った時きっと暇になることもあるだろうと考えて色々持ってきておいたのだが、その作戦が成功した。おかげで退屈過ぎて死にそうということはない。

 しかし不安がないわけではない。

 なんだか嵐の前の静けさのような気がして……。

 それにしても、ここ――クイーンズキャッスルには音がない。誰かが喋っていない限り、ここにはいつだって深い静寂だけがある。すべてが白色で塗り潰された神々しい場所でありながら、一方で、すべてが消え去った後のような無が確かに在る。

 それこそ、始まりの前と終わりの後を描いているような、そんな世界。

『こーんにーちはっ!』

 その通話は突然始まった。
 宙にパネルのようなものが出現して、そこに映り込んでいたのは甘い雰囲気の少女。

「わっ」

 見覚えのある顔だ。

『えへへ。すみませーん。いきなり大きな声過ぎました? もしそうだったらすみません!」
「えっと……愛のプリンセスさん、ですよね」
『うんうんうん!』
「何か御用でしたか?」
『実は実はー、ちょっとお話したいなーって! ……あ、その前に少しいいですか?』

 愛のプリンセスは落ち着きのない人だ。
 その可憐な唇からは次から次へと言葉が放たれる。

『何て呼べばいいですかー? フレイヤちゃん、フレイヤさん、クイーン……どれなら大丈夫でしょうか? どれがいいとかありますーっ?』

 愛のプリンセスは明るさの極みとでも言えそうな表情を浮かべ身体を軽く左右に揺らしている。身体を揺らすたび、赤茶の緩やかにうねった髪もまたふさりふさりと揺れ動く。

 なぜこんなに明るい顔ができるのだろう。
 育ちの影響か何かだろうか。
 どんな風に育てばここまで明るくなれるのか、謎だ。

「ええと……どれでも構いませんよ?」
『そうですか! じゃ、フレレでもいーですか?』

 意外だった。
 お任せにしたつもりだったので別にどれでも構わないのだが、フレレなどというものが出てきたのは想定外だった。

「はい、ではそれで」
『えー? 本当ですかー? そんな言い方だと、本当にそれでいいのか疑っちゃいますよー』
「フレレでお願いします。……これで大丈夫ですか?」
『はーいっ! じゃあフレレでっ!』

 パネルに映る愛のプリンセスは右手の指で垂れている髪の先端をくるくると触っていた。

『それでですねー、今日は用事があったんです!』
「何でしょう」
『一回愛のキャッスルに来ません?』

 意外なお誘いが来た。

「え。そんな、申し訳ないです」
『えーっ? 何でそんなこと言うんですか。アイアイ、フレレに会ってみたいんですよーっ!』

 愛のプリンセスはパネルに顔面をかなり近づけ顔面で圧をかけてくる。
 拒否権はないのかもしれない。

「分かりました、ぜひよろしくお願いします」
『やったぁーっ! あ、白いドレスで来てくださいねっ。アイアイずっと、あの可愛いドレスを近くで見てみたくってー』

 目的はそっちか……、と思いつつも、私は微笑みを浮かべるよう意識して「はい、そうしますね」と返しておいた。


 ◆


 愛のキャッスル。
 そこは『愛らしい』とか『甘い』とかいう単語が似合うような場所だった。

 基調はピンクでその他パステルカラーも多用されている。モチーフはハートが多く、その他にはリボンも多いが、もちろんそれ以外のモチーフもある。が、どれもほのぼのとしたモチーフ。殺伐としたものは何一つ存在していない、優しい世界だ。

「招いてくださりありがとうございます、愛のプリンセスさん」
「んもぉー、かったいですねー。いいんです! そんな緊張しなくって!」

 実際に会ってみても彼女の明るさに変わりはなかった――いや、むしろ、直接会って喋っている時の方が眩しさを感じる。

「よろしくですっ」
「こちらこそ」
「はいはーい! ではこっちへ!」

 愛のプリンセスに導かれ辿り着いたのは、愛のキャッスルの座であった。

 ベッドのように柔軟性のありそうな素材で作られた肘置き付きソファ、色は薄ピンク。背もたれ部分にはクリーム色の縁取りがあり、そこはつるりとしていて硬そうな素材だ。そして、背もたれの上と肘置き周りには、リボンとハートとユニコーンを合わせたような飾りがついている。

「ねぇねぇ、この座、可愛くないですか?」

 そんなことを言いつつ、愛のプリンセスはスキップして座の周りをくるくる回る。数秒それを続け、やがて足を止めた。その後両手の手のひらでぽんと座に触れる。

「ね?」
「あ、はい。可愛いです」
「これアイアイが作ったんですよー? えへへっ。実はかなり力作なんです!」
「そうなんですか……! 凄いですね」

 その時、愛のプリンセスは急に二つの眉を接近させた。

「……なんかテンション低くないですかー?」

 そんなつもりはなかった。
 私から見れば彼女のテンションが高いだけな気がするのだが。

 そんなことを密かに考えていた、刹那。

「危ない!」

 愛のプリンセスが目を大きく開いて叫んだ。
 それとほぼ同時に背後から迫る何かを感じ、振り返る――と、そこにはピンクのリボンに巻き付かれた槍のようなものがあった。

「はぁーっ、間に合ったあぁぁぁーっ」

 安堵したように発したのは愛のプリンセス。

「愛のプリンセスさんがとめてくださったのですか?」

 彼女の方へ視線を向ける。

「そうですぅ……間に合って良かったぁ……」
「ありがとうございます、助かりました」

 とはいえ、ほっとしてはいられない。
 危険物が飛んできたこと自体に問題があるのだから。

「それにしても、急にこんなものが飛んでくるなんて驚きました」

 周囲を見回してみるが特に不審者は見当たらない。が、槍のようなものが飛んできたという事実は決して変わらないものだ。敵は見当たらない、でも攻撃された、ということは敵が近くに潜んでいる可能性が高い。

「敵は見えますか?」
「ふえぇぇ……敵怖いですよーっ……」

 会話になっていない、と若干呆れていると――涙目になった愛のプリンセスが私の胴体に抱きついてきた。

「フレレ、一緒にいてくださいーっ!」
「うっ。く、苦しいです」
「敵とか敵とか怖いんです! 怖すぎます!」

 先ほどリボンで槍のようなものを拘束したのを目にした際には、こんなでも彼女もまた手練れなのかと思っていた。が、縋りついてきているこの様子を見ていると、戦い慣れしているようには見えない。

 微かな不安を感じていた最中、頭上から何かが落下してきた。

 私は愛のプリンセスを身に巻いたまま咄嗟に飛び退く。

 落下物は人型。しゃがむような格好で着地していた。黒に近い色みの長い髪、盾と槍が合体したような武器――それらすべてに見覚えがある。
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