56 / 141
episode.55 感情的に
しおりを挟む
「何の用か知らないが」
盾のプリンスは意外にきっぱりと言葉を放つ。
「彼女のことを見つめてきたわけでない者に言われたくない」
彼はなぜかしっかりしていて。
今は頼れると思えた。
とはいえ彼のことだから、結局はどこかで珍妙なことになるのだろうが……。
「はっ。さすがはあの女の息子、やっぱかなり馬鹿だな」
剣のプリンセスと似たような髪色かつ髪型の男性はそんなことをさらりと言ってのけた。
「私のことは好きに言えばいい。だが彼女のことを侮辱されるのは良い気はしない」
「はぁあ、今回ももう既に洗脳済みってことか」
「彼女が戦いという意味で強いかというとそうでもないかもしれないが、それでも、彼女は彼女なりに努力してきている。それを情けないと一蹴するとは。不愉快だ。やめてもらいたい」
……怒ってる?
盾のプリンスがここまで分かりやすく怒るというのは少々意外なのだが。
「まぁそんなことはどうでもいい。今日はそういう言い合いをしにきたわけじゃない。今日は! 戦いの新たなる始まりを告げにきた!」
男性はそんなことを言う。
理解できない。
だが理解が追い付かないのは私だけではないようで、付近にいたミクニもまた「何が何だか分からない」と言いたげな顔をしていた。
「俺はこの世界の構造そのものを変える!」
いきなりそんなことを言われても困ってしまう。
「……貴方は一体何者なのですか」
私は半ば無意識のうちに尋ねていた。
それこそが、心の底から出た、本心たる問いだったのだ。
「あぁ、無知なるクイーンに教えてやろう。俺は殻を脱ぎ、次なる段階へと生まれ変わった。元の姿はあの影だ」
「影って……あの炎のような影……?」
「そう! だがあれは仮の姿。これこそが本当の姿だ」
よく分からないが、彼が敵だということは分かった。
油断できない。
いきなり何か仕掛けてくるかもしれないから。
「相棒よ!」
高らかに叫び、右手を掲げる。すると、自然発生した黒い稲妻のようなものが、彼の右手に集まっていった。一度強い光が走り、その次の瞬間には、彼の掲げていた手には剣が握られていた。血塗れの戦場を連想させるような赤と黒が複雑に絡み合った装飾がついた持ち手に人の身長ほどある白銀の刃――大きな剣は、その全身から禍々しい空気を放っている。
直後、男性は盾のプリンスに真正面から斬りかかった。
しかし盾のプリンスは身体の前方に青黒い重そうな盾を出現させ剣を防いだ。
「っ……!」
とはいえまったく動じないかというとそうでもなくて。盾で防ぐことはできたものの、目を細めつつ声をこぼしていた。どうやら衝撃が大きかったようだ。
でもまだ終わらない。
次が来る。
男性と剣のプリンセスが同時に左右から斬りかかる。
ただ盾のプリンスも見逃してはおらず――彼は両手を左右に伸ばし、それぞれの手の辺りに先ほどよりかは小ぶりな盾を出現させた。
これで二度目も防御成功。
「プリンスさん……」
「心配は不要、問題なし」
このシチュエーションで困る点というのは、攻撃ができないところ……だろうか。
そんなことを考えていた、その時。
剣のプリンセスに攻撃を仕掛ける者が現れた――ミクニだ。
「参戦させてもらうわよ!」
ミクニは敵だった頃から使っていた盾と槍が合体した武器を手にしていた。敵だった頃の記憶は薄れている彼女だが、どうやら、あの武器は今でも使えるらしい。
「ミクニさん……!」
彼女のおかげで剣のプリンセスは若干後退した。
盾のプリンスが直接二人の相手をするということは回避できそうだ。
「しっかりなさいよ、クイーンさん?」
「う……そうですけど……」
「弱ってる場合じゃないでしょう」
「……はい!」
そう、私もいつまでも弱いままではいけない。
周りの優しさに甘えるだけでは何も変わらない。
「こうなったら……私もできることは全部します!」
「駄目だ、危ない」
盾のプリンスに即座に返された。
「君は敵に近づくな」
「ちょっと何なのよ、その言い方。やろうとしてるんだからやらせてあげなさいよ」
やや過保護傾向のある盾のプリンスに、ミクニが冷たく言葉をかける。
「彼女が努力してきたのは知ってるんでしょ?」
「……しかし相手が悪い」
「ごちゃごちゃ言わずにサポートしてあげればいいのに」
ミクニにそう言われた盾のプリンスは、数秒してからミクニから視線を逸らし、口の中で小さく「うるさい」と呟いていた。
――と、そこへ、男性の剣が襲いかかる。
盾のプリンスは瞬間的に盾を出す。彼が出すものにしては小ぶりなものだ。しかし刃は確かに防ぐことができた。
だが。
一撃目は囮で。
男性が本気で叩き込もうとしていたのは、その次の斬撃だった。
「駄目!」
身体が動いたのはほぼ無意識。
両手を前に出して、突き飛ばすような動作で――すると運良く力が発現し、男性が手にしていた剣が勢いよく吹き飛んだ。
しかし、剣は遠く離れたところに落ちたのだが、本人は予想していたよりかは後ろに下がっていなかった。
「こざかしいんだよ!」
男性は拳を突き出してくる。
が、今度は盾のプリンスがその手を止めた。
盾のプリンスは男性の片方の手首をがっちり掴んでいる。一瞬にして手首を掴まれた男性は愕然としたような顔をした。しかし盾のプリンスの表情が変わることはない。その次の瞬間、彼は、手首を掴んだまま男性を地面に叩きつけた。
地面が揺れたような気がした。
凄まじい力だ。
「がはっ……」
「こざかしいとか言わないでほしい」
男性を見下ろす盾のプリンスの表情は無に近いような静かなものだった。
「それに。女性を殴るな」
「う……ウゼェ……」
「次は首を折る」
「はあぁ……意味不明過ぎる……ま、いい。今日はこのくらいにしてやる」
そこまで言うと男性は消えた。
その数秒後には、彼の武器である大きな剣と剣のプリンセスも消滅していた。
「さすがの握力ですね、盾のプリンスさん」
「……すまなかった。少し……感情的になりすぎたかもしれない」
彼はなぜか反省しているようだった。
読めない……。
しかしどこを突っ込めば良いかも分からない……。
「撃退してくださってありがとうございました」
「君が無事だと嬉しい」
「それは……どう反応しろと」
「ええと、つまり――怪我していなくて良かった、と言いたいんだ」
そんなことを言われても。
困惑しつつも「ありがとうございます」とだけ返しておいた。
その様子を見たミクニは呆れ顔で「これ何見せられてるの……?」と呟いていた。
盾のプリンスは意外にきっぱりと言葉を放つ。
「彼女のことを見つめてきたわけでない者に言われたくない」
彼はなぜかしっかりしていて。
今は頼れると思えた。
とはいえ彼のことだから、結局はどこかで珍妙なことになるのだろうが……。
「はっ。さすがはあの女の息子、やっぱかなり馬鹿だな」
剣のプリンセスと似たような髪色かつ髪型の男性はそんなことをさらりと言ってのけた。
「私のことは好きに言えばいい。だが彼女のことを侮辱されるのは良い気はしない」
「はぁあ、今回ももう既に洗脳済みってことか」
「彼女が戦いという意味で強いかというとそうでもないかもしれないが、それでも、彼女は彼女なりに努力してきている。それを情けないと一蹴するとは。不愉快だ。やめてもらいたい」
……怒ってる?
盾のプリンスがここまで分かりやすく怒るというのは少々意外なのだが。
「まぁそんなことはどうでもいい。今日はそういう言い合いをしにきたわけじゃない。今日は! 戦いの新たなる始まりを告げにきた!」
男性はそんなことを言う。
理解できない。
だが理解が追い付かないのは私だけではないようで、付近にいたミクニもまた「何が何だか分からない」と言いたげな顔をしていた。
「俺はこの世界の構造そのものを変える!」
いきなりそんなことを言われても困ってしまう。
「……貴方は一体何者なのですか」
私は半ば無意識のうちに尋ねていた。
それこそが、心の底から出た、本心たる問いだったのだ。
「あぁ、無知なるクイーンに教えてやろう。俺は殻を脱ぎ、次なる段階へと生まれ変わった。元の姿はあの影だ」
「影って……あの炎のような影……?」
「そう! だがあれは仮の姿。これこそが本当の姿だ」
よく分からないが、彼が敵だということは分かった。
油断できない。
いきなり何か仕掛けてくるかもしれないから。
「相棒よ!」
高らかに叫び、右手を掲げる。すると、自然発生した黒い稲妻のようなものが、彼の右手に集まっていった。一度強い光が走り、その次の瞬間には、彼の掲げていた手には剣が握られていた。血塗れの戦場を連想させるような赤と黒が複雑に絡み合った装飾がついた持ち手に人の身長ほどある白銀の刃――大きな剣は、その全身から禍々しい空気を放っている。
直後、男性は盾のプリンスに真正面から斬りかかった。
しかし盾のプリンスは身体の前方に青黒い重そうな盾を出現させ剣を防いだ。
「っ……!」
とはいえまったく動じないかというとそうでもなくて。盾で防ぐことはできたものの、目を細めつつ声をこぼしていた。どうやら衝撃が大きかったようだ。
でもまだ終わらない。
次が来る。
男性と剣のプリンセスが同時に左右から斬りかかる。
ただ盾のプリンスも見逃してはおらず――彼は両手を左右に伸ばし、それぞれの手の辺りに先ほどよりかは小ぶりな盾を出現させた。
これで二度目も防御成功。
「プリンスさん……」
「心配は不要、問題なし」
このシチュエーションで困る点というのは、攻撃ができないところ……だろうか。
そんなことを考えていた、その時。
剣のプリンセスに攻撃を仕掛ける者が現れた――ミクニだ。
「参戦させてもらうわよ!」
ミクニは敵だった頃から使っていた盾と槍が合体した武器を手にしていた。敵だった頃の記憶は薄れている彼女だが、どうやら、あの武器は今でも使えるらしい。
「ミクニさん……!」
彼女のおかげで剣のプリンセスは若干後退した。
盾のプリンスが直接二人の相手をするということは回避できそうだ。
「しっかりなさいよ、クイーンさん?」
「う……そうですけど……」
「弱ってる場合じゃないでしょう」
「……はい!」
そう、私もいつまでも弱いままではいけない。
周りの優しさに甘えるだけでは何も変わらない。
「こうなったら……私もできることは全部します!」
「駄目だ、危ない」
盾のプリンスに即座に返された。
「君は敵に近づくな」
「ちょっと何なのよ、その言い方。やろうとしてるんだからやらせてあげなさいよ」
やや過保護傾向のある盾のプリンスに、ミクニが冷たく言葉をかける。
「彼女が努力してきたのは知ってるんでしょ?」
「……しかし相手が悪い」
「ごちゃごちゃ言わずにサポートしてあげればいいのに」
ミクニにそう言われた盾のプリンスは、数秒してからミクニから視線を逸らし、口の中で小さく「うるさい」と呟いていた。
――と、そこへ、男性の剣が襲いかかる。
盾のプリンスは瞬間的に盾を出す。彼が出すものにしては小ぶりなものだ。しかし刃は確かに防ぐことができた。
だが。
一撃目は囮で。
男性が本気で叩き込もうとしていたのは、その次の斬撃だった。
「駄目!」
身体が動いたのはほぼ無意識。
両手を前に出して、突き飛ばすような動作で――すると運良く力が発現し、男性が手にしていた剣が勢いよく吹き飛んだ。
しかし、剣は遠く離れたところに落ちたのだが、本人は予想していたよりかは後ろに下がっていなかった。
「こざかしいんだよ!」
男性は拳を突き出してくる。
が、今度は盾のプリンスがその手を止めた。
盾のプリンスは男性の片方の手首をがっちり掴んでいる。一瞬にして手首を掴まれた男性は愕然としたような顔をした。しかし盾のプリンスの表情が変わることはない。その次の瞬間、彼は、手首を掴んだまま男性を地面に叩きつけた。
地面が揺れたような気がした。
凄まじい力だ。
「がはっ……」
「こざかしいとか言わないでほしい」
男性を見下ろす盾のプリンスの表情は無に近いような静かなものだった。
「それに。女性を殴るな」
「う……ウゼェ……」
「次は首を折る」
「はあぁ……意味不明過ぎる……ま、いい。今日はこのくらいにしてやる」
そこまで言うと男性は消えた。
その数秒後には、彼の武器である大きな剣と剣のプリンセスも消滅していた。
「さすがの握力ですね、盾のプリンスさん」
「……すまなかった。少し……感情的になりすぎたかもしれない」
彼はなぜか反省しているようだった。
読めない……。
しかしどこを突っ込めば良いかも分からない……。
「撃退してくださってありがとうございました」
「君が無事だと嬉しい」
「それは……どう反応しろと」
「ええと、つまり――怪我していなくて良かった、と言いたいんだ」
そんなことを言われても。
困惑しつつも「ありがとうございます」とだけ返しておいた。
その様子を見たミクニは呆れ顔で「これ何見せられてるの……?」と呟いていた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。
aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……
子供って難解だ〜2児の母の笑える小話〜
珊瑚やよい(にん)
エッセイ・ノンフィクション
10秒で読める笑えるエッセイ集です。
2匹の怪獣さんの母です。12歳の娘と6歳の息子がいます。子供はネタの宝庫だと思います。クスッと笑えるエピソードをどうぞ。
毎日毎日ネタが絶えなくて更新しながら楽しんでいます(笑)
悪役令嬢の役割は終えました(別視点)
月椿
恋愛
この作品は「悪役令嬢の役割は終えました」のヴォルフ視点のお話になります。
本編を読んでない方にはネタバレになりますので、ご注意下さい。
母親が亡くなった日、ヴォルフは一人の騎士に保護された。
そこから、ヴォルフの日常は変わっていく。
これは保護してくれた人の背に憧れて騎士となったヴォルフと、悪役令嬢の役割を終えた彼女とのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる