プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.55 感情的に

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「何の用か知らないが」

 盾のプリンスは意外にきっぱりと言葉を放つ。

「彼女のことを見つめてきたわけでない者に言われたくない」

 彼はなぜかしっかりしていて。
 今は頼れると思えた。
 とはいえ彼のことだから、結局はどこかで珍妙なことになるのだろうが……。

「はっ。さすがはあの女の息子、やっぱかなり馬鹿だな」

 剣のプリンセスと似たような髪色かつ髪型の男性はそんなことをさらりと言ってのけた。

「私のことは好きに言えばいい。だが彼女のことを侮辱されるのは良い気はしない」
「はぁあ、今回ももう既に洗脳済みってことか」
「彼女が戦いという意味で強いかというとそうでもないかもしれないが、それでも、彼女は彼女なりに努力してきている。それを情けないと一蹴するとは。不愉快だ。やめてもらいたい」

 ……怒ってる?

 盾のプリンスがここまで分かりやすく怒るというのは少々意外なのだが。

「まぁそんなことはどうでもいい。今日はそういう言い合いをしにきたわけじゃない。今日は! 戦いの新たなる始まりを告げにきた!」

 男性はそんなことを言う。
 理解できない。
 だが理解が追い付かないのは私だけではないようで、付近にいたミクニもまた「何が何だか分からない」と言いたげな顔をしていた。

「俺はこの世界の構造そのものを変える!」

 いきなりそんなことを言われても困ってしまう。

「……貴方は一体何者なのですか」

 私は半ば無意識のうちに尋ねていた。
 それこそが、心の底から出た、本心たる問いだったのだ。

「あぁ、無知なるクイーンに教えてやろう。俺は殻を脱ぎ、次なる段階へと生まれ変わった。元の姿はあの影だ」
「影って……あの炎のような影……?」
「そう! だがあれは仮の姿。これこそが本当の姿だ」

 よく分からないが、彼が敵だということは分かった。
 油断できない。
 いきなり何か仕掛けてくるかもしれないから。

「相棒よ!」

 高らかに叫び、右手を掲げる。すると、自然発生した黒い稲妻のようなものが、彼の右手に集まっていった。一度強い光が走り、その次の瞬間には、彼の掲げていた手には剣が握られていた。血塗れの戦場を連想させるような赤と黒が複雑に絡み合った装飾がついた持ち手に人の身長ほどある白銀の刃――大きな剣は、その全身から禍々しい空気を放っている。

 直後、男性は盾のプリンスに真正面から斬りかかった。
 しかし盾のプリンスは身体の前方に青黒い重そうな盾を出現させ剣を防いだ。

「っ……!」

 とはいえまったく動じないかというとそうでもなくて。盾で防ぐことはできたものの、目を細めつつ声をこぼしていた。どうやら衝撃が大きかったようだ。

 でもまだ終わらない。
 次が来る。

 男性と剣のプリンセスが同時に左右から斬りかかる。

 ただ盾のプリンスも見逃してはおらず――彼は両手を左右に伸ばし、それぞれの手の辺りに先ほどよりかは小ぶりな盾を出現させた。

 これで二度目も防御成功。

「プリンスさん……」
「心配は不要、問題なし」

 このシチュエーションで困る点というのは、攻撃ができないところ……だろうか。
 そんなことを考えていた、その時。
 剣のプリンセスに攻撃を仕掛ける者が現れた――ミクニだ。

「参戦させてもらうわよ!」

 ミクニは敵だった頃から使っていた盾と槍が合体した武器を手にしていた。敵だった頃の記憶は薄れている彼女だが、どうやら、あの武器は今でも使えるらしい。

「ミクニさん……!」

 彼女のおかげで剣のプリンセスは若干後退した。
 盾のプリンスが直接二人の相手をするということは回避できそうだ。

「しっかりなさいよ、クイーンさん?」
「う……そうですけど……」
「弱ってる場合じゃないでしょう」
「……はい!」

 そう、私もいつまでも弱いままではいけない。
 周りの優しさに甘えるだけでは何も変わらない。

「こうなったら……私もできることは全部します!」
「駄目だ、危ない」

 盾のプリンスに即座に返された。

「君は敵に近づくな」
「ちょっと何なのよ、その言い方。やろうとしてるんだからやらせてあげなさいよ」

 やや過保護傾向のある盾のプリンスに、ミクニが冷たく言葉をかける。

「彼女が努力してきたのは知ってるんでしょ?」
「……しかし相手が悪い」
「ごちゃごちゃ言わずにサポートしてあげればいいのに」

 ミクニにそう言われた盾のプリンスは、数秒してからミクニから視線を逸らし、口の中で小さく「うるさい」と呟いていた。

 ――と、そこへ、男性の剣が襲いかかる。

 盾のプリンスは瞬間的に盾を出す。彼が出すものにしては小ぶりなものだ。しかし刃は確かに防ぐことができた。

 だが。
 一撃目は囮で。

 男性が本気で叩き込もうとしていたのは、その次の斬撃だった。

「駄目!」

 身体が動いたのはほぼ無意識。
 両手を前に出して、突き飛ばすような動作で――すると運良く力が発現し、男性が手にしていた剣が勢いよく吹き飛んだ。
 しかし、剣は遠く離れたところに落ちたのだが、本人は予想していたよりかは後ろに下がっていなかった。

「こざかしいんだよ!」

 男性は拳を突き出してくる。

 が、今度は盾のプリンスがその手を止めた。

 盾のプリンスは男性の片方の手首をがっちり掴んでいる。一瞬にして手首を掴まれた男性は愕然としたような顔をした。しかし盾のプリンスの表情が変わることはない。その次の瞬間、彼は、手首を掴んだまま男性を地面に叩きつけた。

 地面が揺れたような気がした。
 凄まじい力だ。

「がはっ……」
「こざかしいとか言わないでほしい」

 男性を見下ろす盾のプリンスの表情は無に近いような静かなものだった。

「それに。女性を殴るな」
「う……ウゼェ……」
「次は首を折る」
「はあぁ……意味不明過ぎる……ま、いい。今日はこのくらいにしてやる」

 そこまで言うと男性は消えた。
 その数秒後には、彼の武器である大きな剣と剣のプリンセスも消滅していた。

「さすがの握力ですね、盾のプリンスさん」
「……すまなかった。少し……感情的になりすぎたかもしれない」

 彼はなぜか反省しているようだった。

 読めない……。
 しかしどこを突っ込めば良いかも分からない……。

「撃退してくださってありがとうございました」
「君が無事だと嬉しい」
「それは……どう反応しろと」
「ええと、つまり――怪我していなくて良かった、と言いたいんだ」

 そんなことを言われても。

 困惑しつつも「ありがとうございます」とだけ返しておいた。

 その様子を見たミクニは呆れ顔で「これ何見せられてるの……?」と呟いていた。
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