プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.54 揺れ

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 アオ。

 想定外の彼女の登場は皆の心を大きく揺らした。

『か、可愛い……。時のプリンス、やるじゃない! こんな可愛い子、どこで見つけたの!?』

 一番に反応したのはもちろん森のプリンセス。
 まぁこれは想像できたことだ――彼女は可愛い女の子が大好きだから。

『マジかよ……女連れてくるとか……さすがにびびるわ……』
『し、信じられません……』

 続けたのは海のプリンスと愛のプリンセス。
 二人とも、信じられない光景を目にしてしまったような顔つきをしていた。

『こりゃさすがに引くよな……』
『ですー……』

 海と愛、この二人が意気投合するのは珍しい。

 ちなみに盾のプリンスはというと、この話にあまり興味がないのか、軽く俯いてうつらうつらしている。

 協調性……。

「あの、アオさん、でしたっけ」
『はい』
「フレイヤといいます」
『承知しました。ではフレイヤさん……フレイヤ様?』

 アオは少し悩むような表情を浮かべる。

「フレイヤで大丈夫です」

 私はなるべく早く返そうと思ってそう返した。

 すると彼女は少しだけ顔つきを柔らかくして――。

『そうですか。ではフレイヤ、よろしくお願い致します。仲良くしてください』

 ――そう言った。

 良かった! 彼女とは意志疎通ができそうだ。特別感じ悪いというわけではなさそうだし、異常に高いテンションなわけでもないし、むしろちょうどいいかもしれない。これはありがたい!

『もうー、駄目よー。フレイヤちゃんと呼んでー』

 急に出てくる森のプリンセス。
 どうやら会話を聞かれていたようだ。

『……そうあるべきなのですか?』
『そうよー』
『では、フレイヤちゃん、と……呼ばせていただくことにします』

 この後も色々言葉が交わされたが、正直あまり覚えていない。だがそれは私だけではないだろう。きっと皆もそうだっただろうなと思う。

 ただ、ミクニがこっそり「どこかで見たような……」と言っていたことだけは、明確に覚えている。

 だがそれも不自然ではないのだ。
 アオは元々敵側の者である、というようなことを、時のプリンスはちらりと言っていた。それならミクニがアオを知っていてもおかしな話ではないだろう。ミクニは当時の記憶を失っているが、それでも、見た記憶は少しは残っているのかもしれない。

 まぁ必要以上に色々考えるのはやめよう。
 あれこれ思考しても意味などない

 それより今は、彼の帰還を嬉しく思おう。そして、今は会えないプリンセスたちもいつか帰ってきてくれると信じ、希望に繋げよう。

「しっかし、相変わらず賑やかだったわね」
「でしたね」
「あんなで大丈夫なのかしら。緊張感がなさすぎるんじゃない?」
「それもそうですね」

 その日は二人になってからミクニとそんな言葉を交わした。


 ◆


 部屋がある。
 天井、壁、床、すべての面が無機質な黒。
 そこに入ってきた人物が一人。

 健康的な外見ながら虚ろな力ない目つきをした女性――そう、彼女は剣のプリンセス。ただし今は人の世を護る者ではない――むしろ逆であり、今の彼女は人の世を護る者と対峙する者である。

 扉から室内へ足を進めた彼女は、扉はきちんと閉めたが、何を発するでもなく真顔で直進する。そして、部屋の横幅いっぱいに設置された少しだけ透けている生地のカーテンの前で立ち止まった。

 カーテンの前には炎のような影が佇んでいる。

「来たか、剣のプリンセス」

 炎のような影はゆったりした調子で述べる。
 剣のプリンセスは何も返さない。

「お主には悪いことをしたと思っている――いや、もうこんな風に話すこともない、か」

 炎のような影が塵一つ残さず姿を消した。

 その次の瞬間、カーテンが下から持ち上げるようにして開いた。
 部屋の横幅いっぱいに設置されたカーテンの中央辺りには実は切れ目があったのだ。

「あぁ疲れた」

 切れ目から姿を覗かせたのは男性。
 一本足で座る部分が回転するような椅子に腰掛けている。

「今まで悪かったな、色々迷惑をかけた」

 剣のプリンセスと似た衣装をまとった三十代くらいに見えるその男性は、椅子から立ち上がると、剣のプリンセスに歩み寄り――片手を伸ばして、彼女の頭をぽんと撫でた。

「剣のプリンセス、可愛い娘。これからはずっと俺の傍にいてくれ。そして、俺とお前、二代で成し遂げよう――新たな世界の創造を」

 男性はそう言って、感情を失った剣のプリンセスをそっと抱き締める。


 ◆


「腹部、もう大丈夫ですか?」
「もちろん」

 今日は盾のプリンスが会いに来てくれている。

 いや、今日という表現が定かなのかは分からないが……。

 何にせよ、彼がクイーンズキャッスルに来てくれていることは事実である。

「そういえば。盾のキャッスルは今はどうなっているんですか?」
「普通に稼働している」
「え、そうなんですか。盾のプリンスさんはいなくても大丈夫なんですか?」
「あぁ。ある程度は問題ない」
「なら良かったです」

 視線を重ねて、控えめに笑う。
 そうすれば心穏やかになれる。
 特別なことなんて何もないけれど、そんな関係が好き。

「あ、でも、どうかあまり無理しないでくださいね」
「ありがとう」
「ゆっくり休んでください」
「そういうわけには……」
「確かに! そうですね! でも無理はしないでくださいね。貴方が倒れたら悲しいので……」
「気遣いに感謝する」

 たまにはこういう時間も素敵だな、なんて思ったり。

 きっとこの穏やかな時間は続かないのだろう。多分気づけばまた戦いへと誘われて。こんな風にのんびりとはできなくなってしまうのだろうと思う。その時には笑うこともできないかもしれない。

 でもだからこそ……今を楽しんでいたい。

 その時、キャッスル内の空気が突然激しく揺れた。

 私は思わず近くの彼の上着を掴んでしまった。
 白、黒、視界が乱れる――そして辺りが白に戻った時、目の前には剣のプリンセスともう一人男性が立っていた。

「男に縋りつくことしかできないクイーンとは。どこまでも情けないな」

 剣のプリンセスは確かに剣のプリンセスだ。

 でも男性の方はというと……見たことがない。

 ただ、味方でないことは分かる。男性は敵、本能的に感じた。禍々しい空気をまとっていて、離れたところから見るだけでも彼は味方ではないと察することができた。正体は分からずとも、良き存在でないことは分かる。
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