プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.71 いつまでも

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「先ほどからずっとこんな感じで。すみません暗くて」

 アオは遠慮がちにそんなことを言った。

「いえ……、仕方ないと思います、あんな風に言われたら」

 一般人があんな風に言ってしまうのも理解できないわけでない。誰かの何かによっていきなり信じられない現象が起こったら、きっと混乱するだろう。だから人間を責めることはできないのかもしれない。驚かれるのも、自然と酷めの言葉を発してしまうのも、やむを得ない部分はあるのかもしれない。しかし言われた側がどんな思いをするかも分かるから難しい。

「しかし、時のプリンスさんにあのような力があったとは知りませんでした」
「え? そうなのですか?」

 きょとんとするアオ。

「アオさんはご存じだったのですか」
「はい。脱出の際に使っていたのでそれで知りました」

 そういうことか。
 なら私が知らず彼女が知っているのも納得だ。

「目を合わせた相手の時間がしばらく停止するという力です」

 アオはこちらを真っ直ぐに見て告げた。

「そうなんですね。時のプリンスさんの場合は時計を出す力かと思ってました」
「フレイヤちゃんさんは面白いですね」
「だって盾のプリンスさんは盾を出しますよ」
「それはそうですけど……」

 アオはくすくすと笑った。

「フレイヤちゃんさんのそういうところ、とても好きです」

 今度は二人で笑い合う。
 いつまでもこんな風な関係でいられればいいのに。

 そんなことを思っていた、その時。

「クイーン!」

 呼ばれてそちらへ視線を向けると、盾のプリンスが早歩きで迫ってきていた。

 お迎え?
 ……なんてね、冗談。

「こんなところにいたのか」
「何か用事でしたか?」

 質問するが答えるより先に左手首を掴まれた。

「いいから早く! こっちへ!」
「え? あの」
「説明は後でする」

 私は手首を盾のプリンスに引っ張られ、そのまま、その場から去ることとなった。
 アオに別れを告げることすらできなかった。

 手首を強く掴まれているため盾のプリンスが望む行動をするしかない。そしてその彼が望む行動というのが早く移動すること。だから私は時折身体が浮くのではと心配になるような勢いで通路を移動しなくてはならないのだ。徐々に走っているのか引っ張られているのかさえ判別できなくなってくるが、それでもただ彼が目指す方へと進む。

 その時ふと窓の外へ視線を向けて、愕然とする。

 窓ガラスに黒い何かが貼りついている。

 だがその正体を暴く間も与えられず、私はただ走るしかない。

 不気味なものを見てしまったことといい、盾のプリンスが急いでいることといい、良い雰囲気ではない。嫌な予感しかしない。
 でも、あの黒い何かがもし敵のような何かなのだとしたら、アオたちを放置してきて良かったのだろうか? 声をかけて一緒に避難するべきだったのでは?
 考えても無駄と分かっていても、つい、一人色々考えてしまう。

 階段を駆け上がり少し左に曲がれば一番最初にゆっくりしていた部屋へたどり着いた。

「フレイヤ様!」

 部屋の前で待っていたのは人間の姿のウィリー。

「連れてきた」
「良かったです!」

 盾のプリンスとウィリーが言葉を交わした瞬間、部屋の入り口から森のプリンセスが飛び出てくる。

「フレイヤちゃん! 良かった無事だったのね!」

 皆私を探し心配してくれていたのか。
 やはり平常時とは思えない。

「これは一体?」
「実はね、街の方から……」
「敵ですか?」
「とても普通とは言えないような情緒不安定な人の群れが来ているみたいなのよ」

 取り敢えず大部屋の中へと足を進める。
 室内には人がたくさんいた。

「もしかして、さっきの黒いあれがそれだったのでしょうか?」
「何か見たの!?」
「黒いものが窓に貼りついていて……ちゃんと見えなかったんですけど、もしかしたら、それがその情緒不安定な人の群れだったのでは……」

 やはり嫌な予感しかしない。
 アオも連れてくるべきだったのでは。


 ◆


 通路の奥、突き当たり、そこは一方にしか進めない。
 しかしその一方が塞がれたなら。
 選択肢は二つ、強行突破か潔く諦めるか。

「……まったく」

 椅子に座っていた時のプリンスとアオだが、気づけば、窓を突き破って通路内へ入ってきた人間のような何かに道を塞がれていた。

「とことんついておらぬわ」

 人間のような何かはその言葉の通り人間のような姿をしている。服装、背格好、いずれも、普通の人間と大きくは違わない。が、瞳に暗さをはらんでいて、言葉そのものをはっきり聞き取ることはできないような言い方ではあるが攻撃的な声を発している。やや興奮気味であり、情緒不安定になっている。

「これが踏んだり蹴ったりというやつか」
「……この者たちは、恐らく、負の感情を増幅されているのでしょう」
「知っておるのか?」
「あちらにいた時のことですが、研修で見たものに似ています。強制的に負の感情を強められた人間はこうなるのかと」

 アオは恐れの色を隠すように敢えてたくさん言葉を並べる。

「こうなった人間を元に戻すのは簡単ではありません。それより、この者たちは攻撃性が増していますので、注意が必要です」
「しかし一応人間なのであろう?」
「そうとも言えますが……」

 時のプリンスは溜め息をつく。

「ますますついておらぬわ」

 人間のような何かが一斉に突っ込んでくる――そのタイミングで仮面を浮かせる。

「停止しました!」

 即座に報告するアオ。

「通り抜ける」
「はい!」

 同時に駆け出す二人。すべて上手くいったかに見える状況で。しかし落とし穴が。後ろを走っていたアオが停止していなかった一体に脚を掴まれ転けたのだ。

「あ……」

 アオは恐怖のせいか動けない。
 そのうちに敵一体に上に乗られる。

「あ……あの……やめ……」

 アオはただ震えるのみ。抵抗することさえできない。しかし数秒も経たないうちに人間のような何かの顔面に時のプリンスの蹴りが命中。アオに馬乗りになっていた人間のような何かは後ろにひっくり返るように倒れた。

 その隙にプリンスは左腕でアオを持ち上げる。

 しかし先ほどの停止効果が切れた人間のような何かたちが迫ってくる。

 プリンスはアオを脇に抱えたままもう一方の手で仮面を動かし目を露出させ、迫り来る敵の動きをもう一度停止させた。

 そうなれば後は全力で逃げるのみ。
 緊急時ゆえ躊躇いは振り払い、最初にいた部屋を目指す。
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