プリンセス・プリンス 〜名もなき者たちの戦い〜

四季

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episode.72 抱き締めて、撫でて

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 時のプリンスがアオを抱えて階段を駆け上がってくるのを見て、安堵すると同時に嫌な予感がした。
 だってそうだろう、何もないなら彼らが息を荒くしているはずがないのだ。
 そう思っているうちに階段から軋むような音が聞こえてきて――それから一分も経たないうちに多数の人影が見えてくる。

 そうして現れた彼らは人間のようでもあり人間でないようでもあって。
 しかし味方とは思えない様子であった。

「森のプリンセスさん! よく分からないですけど何か来ました!」

 部屋の入り口の扉の陰から外の様子を確認していた私は、それらを目にするや否や、大きめの声でそう報せる。

 すると室内で動いていた森のプリンセスが言葉を返してくる。

「……噂をすれば登場というわけねー」

 彼女は一瞬不快そうな顔をしたけれど。

「扉を閉めて。わたし一人で十分よ」

 それだけ言い残して、部屋から出ていった。
 言いたいこと聞きたいことは色々あったけれど、余計なことを言っている暇はないのだからと自分で自分を納得させて、指示通り扉を閉めた。
 ちょうどそのタイミングで盾のプリンスが尋ねてくる。

「行ったのか?」

 室内は異様な空気に包まれている。
 そこにいる誰もが恐怖心を抱いていた。

「はい。森のプリンセスさんは『一人で十分』と」
「そうか、分かった」

 盾のプリンスの口から出たのはそれだけだった。
 心配していないようだ。

「ねぇ……本当にまずいんじゃない……?」
「避難所にいても駄目なんて、もしかして、もうどこにも行けないんじゃ……」
「やべえって……」
「もうこれ……泣きそう」

 室内の一般人たちはそんな言葉を交わしていた。
 皆の心は折れかかっている。

 ちなみに逃げてきたアオはというと、部屋の角の近くに誰もいないところで時のプリンスと共にしゃがんでいる。日頃プリンスが着用しているマントを着せてもらっているが、それでも彼女は小さくなって震えていた。

 ただ、そんな中でもウィリーだけは明るくて。一般人にも躊躇いなく近づいていっては「大丈夫です! 安心してください!」とか「我々はこう見えて戦闘が得意なんです!」とか「お嬢さん泣かないで、今は辛くてもきっと光はあります」とか、そんな風に前向きに皆を励ましていた。

 扉の向こうからは時折大きな音が聞こえてくる。
 プリンセスが無事だと良いのだが。
 その時、急に通信が入って、私は急いで部屋の端に移動した。

『生きてっか?』

 連絡してきたのは海のプリンス。

「あ、はい……」
『元気ねーな』
「えっと……その、すみません」
『暗いんだよ!』

 怒られてしまった。

「あの、そちらはどうですか?」

 森のプリンセスから聞いた話によれば、海のプリンスは子ども部屋の方へ行っているらしい。フローラと彼、その二名は、子どもたちのところで敵襲に備えているとのことだった。

『敵は来たけど、とっくに蹴散らした。べつにさほど強くなかったからさ、一人で十分』
「さすがです」
『それより辛いことがあるんだよ! 聞いてくれ!』
「何でしょうか」
『ガキのおもり、きつすぎる!!』

 言い方に品がない。

「はぁ……」
『引っ張り回されて死にそうなんだよ!』
「大変ですね……」

 子どもはそういうものなのでは? とも思うが。
 しかし苦労があるのは理解できる。子どもというのは大人とはまったく違う生き物だ、慣れていない人がいきなり接することとなったらかなり大変だろう。

『他人事と思ってるだろ!!』

 取り敢えず生きていそうで良かった。

『ま、いーや。生きろよ。じゃなー』

 こうして通信は切れる。
 それとほぼ同時のタイミングで扉が開く。

「終わったわよー」

 森のプリンセスは穏やかな口調でそんなことを言いつつ部屋へ入ってくる。

「ふふ、撃退及び始末完了よー」

 室内の空気がぐっと軽くなるのを感じた。
 歓喜の声を出す者まで現れる。

「良かった……」

 自然と声が漏れた。
 脳の判断より先に口が動いていたのだ。

「優しいのねー、フレイヤちゃん。ありがとうー」
「ご無事で何よりです」

 すると彼女は耳打ちしてくる。

「でもね、ちょっと怪我しちゃった」

 思わず「え」と発してしまう。

「フレイヤちゃんに偉いねって撫で撫でしてほしいわー。うふふ、なんてね」

 彼女はそう冗談めかすけれど、負傷が事実なら笑えない。

「待ってください。怪我って……本当なのですか?」
「そうよー。でも歓喜ムードに水を差したくないから、二人だけ秘密にしていてほしいの。ふふ、お願いねー?」
「あの、手当ては?」
「手当てはもう自分でしたわよー。効率的でしょう? こう見えて器用なのよ、わたし」

 そんなことを言ってから、彼女は軽く左腕を見せた。
 手首から肘まで――茶色の太い根のようなものが巻きついている。

「ご褒美が欲しいの、ぎゅってして撫でてくれるかしら?」

 抱き締めたうえ撫でろだなんて、恥ずかしいではないか。付近には他人もいるというのに。ここはキャッスルではないのだ、そこを分かってほしい。

 とはいえ戦ってもらっておいて要望は無視というわけにもいかず。

 仕方がないので言われた通りにしてみることにした。

 両腕を大きく開いて接近し、それから、二本の腕を彼女の身体に回す。柔らかさのある肉体を感じながら優しく触れると、手のひらと指先に落ち着いた温もりが伝わってきた。しばらく身体を密着させてから、片手を彼女の頭へ移す。手のひらをぽふと頭に置くと、彼女は控えめに、ふふ、と笑みをこぼした。今、私と彼女の顔は、限りなく近い距離にある。長い睫毛がぱちと上下するのがすぐそこに見えるほど私たちは近い。

 ……と、しばらくして、何やらじっとりとした視線を感じた。

「何を見ているのかしら」

 森のプリンセスも視線に気づいていたようだ。

「盾のプリンス?」

 視線の主は盾のプリンスだった。

「もしかして、羨ましいのかしらー?」
「……もやもやする」

 盾のプリンスは眉間にしわを寄せている。

「正直、女性同士は羨ましい」
「ま! 本当にそうだったのね! ふふ、羨ましいでしょうー」

 この時になってようやく身体が離れた。
 自由になった瞬間視線がふわりと揺れて、部屋の角へ、そして違和感を覚える。

「人前でいちゃつけるのは女同士の特権なのよねー、うふふー」

 ……時のプリンス顔色悪くない?

 いや、目もとは隠れているから顔全体は見えないし、気のせいかもしれないのだけれど。
 しかしどうも気になる。
 二人がこの部屋へ来てからしばらくはアオの方が震えていたはずなのに……いつの間にか元気さが逆転しているような気がする……。
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