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episode.73 真夜中の出来事
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そうして迎えた真夜中、室内の人間たちが寝静まった頃に、私は部屋から廊下へと出た。
部屋から出てすぐのところにはいくつかの人影があった。床に四つん這いになるようにして熱心に手を動かしているのは森のプリンセスとアオで、そこから十数歩分ほど離れたところの床に座って片手を額に当てているのは時のプリンス。
「あらー、フレイヤちゃん、出てきてしまったのー?」
森のプリンセスは私が現れたことにすぐに気づいた。
「これは何を?」
「今は掃除をしているのよー」
答えを聞いてから床をよく見てみると、そこには赤と茶が混じったような色のものがこびりついていた。ただ、どうしようもない汚れというわけではないようで、二人が布で拭いているうちに床は徐々に綺麗になっていっている。
「戦いの時、汚してしまったのー。だから今はこうして拭き掃除中なのよー」
「そうだったんですか……」
「残骸を片付けるところからだったから時間はかかっているけれど、係員の方が手伝ってくれたから何とか進んでいるのよー」
アオは愛する人を見つめるかのような熱い視線を床に向けつつ真面目に拭き掃除に取り組み、手を動かしつつも「私は掃除は得意です、こう見えて清掃に関しては実力者なのです」と主張していた。それからさらにこちらへ視線を向けてきて、「ちなみに、時のプリンスはさぼっているのではありません。分かりづらいですが、あれは、体調不良のため休んでいるのです」と付け加えてきた。
誰も責めたりしないのに……。
「私も手伝います」
「そう? いいのよ、気を遣わないで」
そんな風に言葉を交わしていた、その時。
同じ階の少し離れた部屋から悲鳴のような細い声が聞こえてきた。
森のプリンセスも聞き逃さなかったようで、彼女はすぐに手を止めて悲鳴がした方へと歩き出す。
私は少々離れつつその背中を追った。
「いいじゃんちょっとぐらい~遊んでよ~」
「やめてください!」
「お堅いなぁ~、楽しくやろうよ~」
少し奥まった目立たない部屋から聞こえてくるのは、強くあろうとしつつも震えがきている女性の声とねっちりした不快感の塊のような男声。
森のプリンセスはそこへ堂々と踏み込んでいく。
「何をしているのかしらー?」
私は物陰に隠れて様子を見る。
男性に絡まれているのは一人の女性で、その容姿には見覚えがあった。ベージュの髪を一本の三つ編みにしている女性、この前森のプリンセスと話をしていた係員だ。
「うお! 美人! いいね~じゃあ三人で~」
森のプリンセスを見た男性は彼女にまで近づこうとする、が。
「……意味が分からないわねー」
拒否された瞬間表情を大きく変えた。
「あぁ? 何調子に乗ってやがるんだぁ?」
怒り出した男性は「邪魔すんな!」と吐き出して森のプリンセスを殴ろうとする。しかしプリンセスの方が早かった。プリンセスは男性の殴ろうと突き出した手を一瞬で掴む。それから目を細めて「夜中よ、静かにしてちょうだい?」と述べ、それと同時に腕から太い蔓を発生させる。蔓はみるみるうちに伸びて、男性の腕を伝い、やがて彼の首に巻きつく。
「ぐ……」
「これ以上させないでちょうだい」
「ば……化け、物かよ……お前……も……」
数秒後、男性は気を失った。
森のプリンセスは女性係員の方へ視線を向け「これでもう大丈夫」と微笑むのだが、震える女性係員はプリンセスへ恐怖心に満ちた眼差しを向けていて。プリンセスが優しく片手を差し出しても女性係員は何も言えず震えるのみ。これには異変を感じたらしく、プリンセスは「驚かせてごめんなさいねー」と言いつつ女性係員から一歩離れた。
プリンセスは気を失っている男性を抱えると、ふうと息を吐き出して、進行方向を変える。
「フレイヤちゃん、少し声をかけてあげて。頼んでもいいかしら」
「あ……はい」
「じゃ、わたしはこの男を外へ置いてくるわー」
すれ違いざま、森のプリンセスと少しだけ言葉を交わした。
彼女はいつもと変わりなく微笑みを浮かべていたけれど、心なしか寂しそうにも見えた。
「あの、大丈夫ですか?」
力なく座り込んでしまっているベージュの髪の女性に声をかける。
「は……はい、その……すみません、ご心配おかけして」
「災難でしたね」
「申し訳ありません……その、色々あり過ぎて……」
いきなり声をかけて良いものか迷ったのだが、一応会話は成り立っている。私も警戒されている、という感じではない。今のところ問題なく関わることができそうだ。
「ひとまず落ち着きましょう」
「そう、ですよね……」
「夜中までお疲れ様です。でも、そろそろ寝られたほうが良いのではないですか?」
「そういうわけにはいきません……ここの係員ですので……」
偉いなぁ、と、密かに感心する。
「あの……実は、一つ、お尋ねしたいことが」
「どうぞ」
「……あの方々は一体何者なのですか?」
女性の瞳がじっとこちらを捉える。
「いきなり現れて、協力はしてくださって……でも、人とは思えない力が使える……こう言っては失礼ですが……怖いのです、分からなさが」
言ってから、気まずそうに視線を逸らした。
「そうですよね。よく分からないものは怖いものだと思います。分かります」
一旦そこまで言って。
「あの者たちは、プリンセス・プリンス――特殊な力をもって人々のため戦う戦士です」
表現がこれで正しいのかは分からない。
でも私はそう思っている。
「少し変わっていますけど、皆、悪くはないんです。分かりづらくても、本当は、優しいんです。人々に知られることはなく賞賛されることもなく、それでも人の世を守るため戦い続ける――そのためだけに生まれる存在です」
女性は言葉を失っていた。
「本当はここへ来ることなんてなかったのです。でも、私がしっかりしていなかったがために、こんなことになってしまって」
あの時球体を護れていたなら、こんなことにはならなかったかもしれない。
「でも、この場所が受け入れてくれたということは本当にありがたかったですし、本当に助かりました。感謝しています。ありがとうございました」
唯一の救いは私たちを受け入れてくれる場所があったこと。
「い、いえ! こちらこそ助かっていて!」
「すみません、つい、よく分からないことを喋ってしまいました」
「いえいえ!」
「彼らは人間の味方です。悪人を除けば人間に危害を加えることはありません」
部屋から出てすぐのところにはいくつかの人影があった。床に四つん這いになるようにして熱心に手を動かしているのは森のプリンセスとアオで、そこから十数歩分ほど離れたところの床に座って片手を額に当てているのは時のプリンス。
「あらー、フレイヤちゃん、出てきてしまったのー?」
森のプリンセスは私が現れたことにすぐに気づいた。
「これは何を?」
「今は掃除をしているのよー」
答えを聞いてから床をよく見てみると、そこには赤と茶が混じったような色のものがこびりついていた。ただ、どうしようもない汚れというわけではないようで、二人が布で拭いているうちに床は徐々に綺麗になっていっている。
「戦いの時、汚してしまったのー。だから今はこうして拭き掃除中なのよー」
「そうだったんですか……」
「残骸を片付けるところからだったから時間はかかっているけれど、係員の方が手伝ってくれたから何とか進んでいるのよー」
アオは愛する人を見つめるかのような熱い視線を床に向けつつ真面目に拭き掃除に取り組み、手を動かしつつも「私は掃除は得意です、こう見えて清掃に関しては実力者なのです」と主張していた。それからさらにこちらへ視線を向けてきて、「ちなみに、時のプリンスはさぼっているのではありません。分かりづらいですが、あれは、体調不良のため休んでいるのです」と付け加えてきた。
誰も責めたりしないのに……。
「私も手伝います」
「そう? いいのよ、気を遣わないで」
そんな風に言葉を交わしていた、その時。
同じ階の少し離れた部屋から悲鳴のような細い声が聞こえてきた。
森のプリンセスも聞き逃さなかったようで、彼女はすぐに手を止めて悲鳴がした方へと歩き出す。
私は少々離れつつその背中を追った。
「いいじゃんちょっとぐらい~遊んでよ~」
「やめてください!」
「お堅いなぁ~、楽しくやろうよ~」
少し奥まった目立たない部屋から聞こえてくるのは、強くあろうとしつつも震えがきている女性の声とねっちりした不快感の塊のような男声。
森のプリンセスはそこへ堂々と踏み込んでいく。
「何をしているのかしらー?」
私は物陰に隠れて様子を見る。
男性に絡まれているのは一人の女性で、その容姿には見覚えがあった。ベージュの髪を一本の三つ編みにしている女性、この前森のプリンセスと話をしていた係員だ。
「うお! 美人! いいね~じゃあ三人で~」
森のプリンセスを見た男性は彼女にまで近づこうとする、が。
「……意味が分からないわねー」
拒否された瞬間表情を大きく変えた。
「あぁ? 何調子に乗ってやがるんだぁ?」
怒り出した男性は「邪魔すんな!」と吐き出して森のプリンセスを殴ろうとする。しかしプリンセスの方が早かった。プリンセスは男性の殴ろうと突き出した手を一瞬で掴む。それから目を細めて「夜中よ、静かにしてちょうだい?」と述べ、それと同時に腕から太い蔓を発生させる。蔓はみるみるうちに伸びて、男性の腕を伝い、やがて彼の首に巻きつく。
「ぐ……」
「これ以上させないでちょうだい」
「ば……化け、物かよ……お前……も……」
数秒後、男性は気を失った。
森のプリンセスは女性係員の方へ視線を向け「これでもう大丈夫」と微笑むのだが、震える女性係員はプリンセスへ恐怖心に満ちた眼差しを向けていて。プリンセスが優しく片手を差し出しても女性係員は何も言えず震えるのみ。これには異変を感じたらしく、プリンセスは「驚かせてごめんなさいねー」と言いつつ女性係員から一歩離れた。
プリンセスは気を失っている男性を抱えると、ふうと息を吐き出して、進行方向を変える。
「フレイヤちゃん、少し声をかけてあげて。頼んでもいいかしら」
「あ……はい」
「じゃ、わたしはこの男を外へ置いてくるわー」
すれ違いざま、森のプリンセスと少しだけ言葉を交わした。
彼女はいつもと変わりなく微笑みを浮かべていたけれど、心なしか寂しそうにも見えた。
「あの、大丈夫ですか?」
力なく座り込んでしまっているベージュの髪の女性に声をかける。
「は……はい、その……すみません、ご心配おかけして」
「災難でしたね」
「申し訳ありません……その、色々あり過ぎて……」
いきなり声をかけて良いものか迷ったのだが、一応会話は成り立っている。私も警戒されている、という感じではない。今のところ問題なく関わることができそうだ。
「ひとまず落ち着きましょう」
「そう、ですよね……」
「夜中までお疲れ様です。でも、そろそろ寝られたほうが良いのではないですか?」
「そういうわけにはいきません……ここの係員ですので……」
偉いなぁ、と、密かに感心する。
「あの……実は、一つ、お尋ねしたいことが」
「どうぞ」
「……あの方々は一体何者なのですか?」
女性の瞳がじっとこちらを捉える。
「いきなり現れて、協力はしてくださって……でも、人とは思えない力が使える……こう言っては失礼ですが……怖いのです、分からなさが」
言ってから、気まずそうに視線を逸らした。
「そうですよね。よく分からないものは怖いものだと思います。分かります」
一旦そこまで言って。
「あの者たちは、プリンセス・プリンス――特殊な力をもって人々のため戦う戦士です」
表現がこれで正しいのかは分からない。
でも私はそう思っている。
「少し変わっていますけど、皆、悪くはないんです。分かりづらくても、本当は、優しいんです。人々に知られることはなく賞賛されることもなく、それでも人の世を守るため戦い続ける――そのためだけに生まれる存在です」
女性は言葉を失っていた。
「本当はここへ来ることなんてなかったのです。でも、私がしっかりしていなかったがために、こんなことになってしまって」
あの時球体を護れていたなら、こんなことにはならなかったかもしれない。
「でも、この場所が受け入れてくれたということは本当にありがたかったですし、本当に助かりました。感謝しています。ありがとうございました」
唯一の救いは私たちを受け入れてくれる場所があったこと。
「い、いえ! こちらこそ助かっていて!」
「すみません、つい、よく分からないことを喋ってしまいました」
「いえいえ!」
「彼らは人間の味方です。悪人を除けば人間に危害を加えることはありません」
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