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4話「ああ、もう、ここへ来ることはない」
しおりを挟む周囲からの視線が身に突き刺さる。
それは悪い意味での視線ではない。
が、強い興味をはらんだものであり、深く刺さってくる。
だがまぁ無理もないか。一人の女が王子から婚約破棄され、さらには、居合わせた次期国王から婚約の希望を告げられているのだから。一般社会でも大スクープとなるようなネタだ、その場にいる皆から見られるくらいある意味当然のことだろう。
「我が国には貴女の力が必要です。魔法の力、それがあれば国をより良いものとできるでしょう」
「え、あ」
「それに、真実を述べようと懸命に主張していらっしゃる姿に真の強さを感じました」
「えっ……あの……」
貴女は柔らかそうな見た目の女性ではありますが、実際にはお強いところもあるのでしょう? そう推測しまして。それで、ぜひ、共に生きていただければと」
私は戸惑っていた。
けれども「どうせならここで頷いてベルヴィオのことを見返してやろう」という思いもあった。
――そして、私は頷いた。
「はい、よろしくお願いいたします」
アデンスはふっと頬を緩めると片手を差し出してくる――私はそれをそっと握り返した。
手と手が重なる。
それは一つの縁の始まり。
◆
「ああ、勇気を出して良かった」
「何だか嬉しそうですね」
パーティー後、バルコニーにてアデンスと二人になる。
夜風が吹き抜けて髪を揺らす。
「ええそれはもうもちろんですよ、拒否されても仕方ない流れでしたから……かなりの賭けでした」
闇では彼の髪も目も目立たない。
しかしまとっている凛とした雰囲気だけは曇りはしない。
「正直なところを申し上げると、驚きはしました」
「不快でしたか?」
「いえ、そのようなことは。どのみち行くあてもありません、ならば貴方と生きるのもまた道かなと」
今日は満月か、遥か上空から温かな光が降り注いでいる。
それはある種の祝福のようでもある。
「で、ルージュ様、今後の予定なのですが」
静けさすら今は心地よい。
落ち着いた人と一緒にいると苦痛も不快感も発生しない。
それに、何より、目の前のアデンスが私を見てくれているということが嬉しい――婚約していてもなお他の女性にばかり目を向けている人とずっと一緒にいたからこそ、目の前の彼が私を見てくれているということのありがたさをひしひしと感じる。
「どうすれば良いですか? 婚約は破棄になったので、城から出ますので、恐らく私は今後はわりと自由に動けると思いますが」
「明日の朝、従者を連れて迎えに来ます」
「ではそれを待っていたら良いのでしょうか?」
「よければそれで、お願いします」
その後部屋へ帰った私は、一度濡れてしまってしみができた服を軽く洗ってから、眠りについた。
ここで過ごすのも最後の夜。
ベルヴィオらから解放されるのは嬉しくて、でも、長く過ごしてきた部屋と別れるのはどことなく寂しい気もする。
ああ、もう、ここへ来ることはないのか……。
その時になって初めて、私はこの部屋に愛着を持っていたのだと気づいた。
ベルヴィオのことはあまり好きではなくなっていたけれど、ずっと私に寄り添ってくれていたこの部屋は好きだった――みたいだ。
別れの寂しさと新たな未来への希望が胸の内で混じり合う。
人の心とは複雑なもので、だから、一言では言い表せないような感情も時に抱くのだろう。
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