戦いは終わって、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけだと思っていた――。 (白薔薇のナスカ関連作品)

四季

文字の大きさ
2 / 17

2話

しおりを挟む
 快晴の空の下。
 若い男性隊員が金髪の女の子相手に拳や蹴りを繰り出している。

「てぃ! てゃ! はぁ! っと、おおととと……」

 うっかり転びそうになった男性隊員に花が咲くような笑みを向ける女の子――彼女の名はリリー、ナスカの妹である。

「あははっ、だいじょーぶ?」
「あっ、すみませんっ」

 転びそうなところをリリーに支えてもらいそれによって転倒せずに済んだ男性隊員は気恥ずかしそうに頬を緩めた。

「お疲れ様っ」
「いつもありがとうリリーさん」
「いい感じだったよー!」
「そ、そう……でしたかね? なら良かった、これからも頑張ります!」

 男性隊員が近くの柵にかけていたタオルを手に取り汗を拭き始めたちょうどそのタイミングで「リリーちゃん!」という声が宙を飛ぶ。リリーは声がした方へ目をやる。すると青い顔をした青年トーレが駆けてきていた。

「ナスカが!!」

 トーレがはぁはぁと息を乱しながら言うのを聞いたリリーはきょとんとしながら首を傾げる。

「……ナスカの話?」

 しかし。

「誘拐されたんだ!」
「え」
「アードラーさんと一緒にいたみたいなんだけど、急にいなくなったらしくって……リボンが落ちてたんだけど……」

 詳しいことを聞いた途端、リリーの目の色が変わった。

「どういうこと!?」

 リリーはトーレに噛みつきそうな勢いで接近する。

「ナスカに何が起きたの!?」
「あ、や……」
「連れ去られた!? 助けないと!! 早く、行かなくっちゃ!!」
「ちょ……ま、待って、まだ……」

 腕を強く掴まれたトーレは思考が追い付かず口をぱくぱくさせることしかできない。が、そんなことをしていても暴走気味なリリーを止めることはできはしない。リリーの勢いは増すばかり。

 だがそこへジレルが現れて。

「落ち着け」

 制止すれば、リリーは彼の方へと目を向ける。

「ジレル! ナスカ、ナスカが!」
「聞いた」
「早く助けに行かなくちゃ!」
「慌てるな。慌てても意味がない。落ち着けと言っているんだ」
「でも!」

 今にも感情が爆発してしまいそうになっているリリーに、ジレルは「アードラーがついている、何とかなるだろう」と低い声で告げた。
 するとリリーはハッとして「あ、そっか」と口の中だけにしか聞こえないくらい小さな声で呟く。

「でも、リリー、ナスカに酷いことするやつは絶対許さないよ」

 何とか冷静さを取り戻しはしたリリーであったが、今度は怒りが込み上げてきたようで、可憐な若い娘らしからぬ低音でぽそりとこぼしたのだった。


 ◆


 エアハルトは今、ナスカと共にあった部屋から連れ出され、厚い扉に閉ざされた地底洞窟のごとき密室にその身を置かれている。

 灯りは一応ある。だがそれも十分なものではない。剥き出しの電球がいくつか設置されているだけ。辺りを満足に見渡せるほどの明るさはない。
 また、彼は椅子に座らされていて、両腕は椅子の背もたれに縄でくくりつけられてしまっている。四肢の自由すら与えられていない。

 そして、そんなエアハルトの正面には、彼をそこへ連れてきた男が立っている。

「目的はただ一つ、復讐だ」

 男は右口角を静かに持ち上げる。

「カスカベ女大統領は知っているな?」
「……ああ」
「あのお方はとても偉大な方だった。リボソをより良い未来へと連れていってくださる、尊敬できるお方だったのだ」

 エアハルトは少し視線を横へ逸らし「そうは思わない」とこぼす。するとカッとなったらしく、男は大股で数歩前へ出てエアハルトに接近しその頬を張った。ぱぁん、と乾いた音が鳴る。エアハルトは瞬間的な衝撃に一瞬顔をしかめる。が、幸い軽いビンタであったためダメージはそれほどなかった。数秒の間の後、眠りから目覚めるかのように冷静さをより深めたエアハルトは、静けさの中で目の前にいる怒りに染まった男を睨み付ける。

「何だその生意気な顔は!!」
「……くだらない」
「ふざけやがって! 舐めているな? 偉大なるカスカベ様を失った我らの怒りは凄まじいのだぞ!!」

 男はエアハルトの喉もとへと手を伸ばす。そしてエアハルトが着用している飛行時用服の首に密着するように立った襟の部分を鷲掴みにする。その手をそのまま自身の方へと引き寄せた。
 腕を後方に縛り付けられているため、エアハルトは身を前後に引っ張られることとなる。
 頭部や首は前方へ引かれ、固定されている腕は後方へ引かれ、肩に走る軋むような痛みにエアハルトは瞬間的に唇に力を入れた。

「本当ならあの女をボコボコにしてーとこなんだぜ?」
「ナスカに手は出させない」

 両者の鋭い視線が至近距離で火花を散らす。

「なんせあの女こそが、偉大なるカスカベ様を殺めたまさにその人物なのだから!」
「……ナスカのせいじゃない、あれは任務だ」
「何だと!?」
「彼女はただ任務を遂行しただけのことだ」

 淡々と言葉を紡ぐエアハルトに苛立った男はエアハルトの身体を椅子ごと後方に倒す。身の自由のない彼は抵抗することも受け身を取ることもできないまま後ろ向けに倒された。身構えてはいたため後頭部を打つことはなかったものの、勢いよく倒された衝撃は受けた。

「ま、これからたーっぷり可愛がってやるからよ。覚悟しとけ、アードラー」


 ◆


「おかえりなさい、エアハルト!」

 今日は一日この静寂の中で一人過ごしていた。
 だからこそ彼の帰還は嬉しいものだった。

「ただいま」

 エアハルトは少しばかり疲れたような雰囲気をまとっていたが、顔を合わせれば柔らかく微笑んでくれる。

「酷いことはされなかったかい?」
「ええ、大丈夫」

 その後ぽろりと「退屈だったけど」と小さく付け加えれば、彼は「頼もしいな」と苦笑していた。

 ――そうだった、私、彼のそういうところが好きだったんだ。

 くだらないことを言っても、馬鹿みたいでも、女らしく振る舞えなくても、エアハルトはいつも笑って受け入れてくれた。

 もちろん喧嘩したことだってある。
 でも、たとえすれ違ったとしても本当の意味では彼は私を受け入れてくれていたし、私という人間のことを悪く言うことはしなかった。

 そんな関係だから、彼の前ではいつもありのままの私でいられた。

 ――そうよ、だからこそ、彼という温もりを手放したくないの。

「エアハルトは? ……酷いことされたんじゃ」
「ちょっと話してただけだよ」
「そう……ならいいけど、でも……無理だけはしないで、心配だから」

 隣のエアハルトへ目をやれば、彼もまたこちらへ目を向けてくる。

「ありがとうナスカ。けど、何があっても僕は大丈夫だから。心配しなくていいよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

処理中です...