戦いは終わって、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけだと思っていた――。 (白薔薇のナスカ関連作品)

四季

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11話

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 五十代男は躊躇いなく動けないエアハルトに暴力という鋭い刃を向ける。

 身動きの取れないエアハルトはただ耐えることしかできない状態。顔をしかめ、歯を食いしばって、懸命に耐え続ける――彼に与えられた選択肢はそれただ一つしか存在しなかった。

 殴られれば、蹴られれば、きっと痛いだろう。
 人間である以上痛覚というのは確かに存在するわけで、また、痛みは長く続けば心までもすり減らすもの。

 ただひたすら耐える。
 言葉にすればたった一行でも、それは決して簡単なことではない。

「はは! 痛いだろう? 正直に言え!」
「っ……」
「それとも何だ? もう言葉も発せねぇくらい弱ってんのか? ははは! 偉そうなこと言ってたが、虫の息じゃねぇか!」

 エアハルトは小刻みに息をしている。
 しかしながら返答はない。

 もしかしたら男が言っている通りもう言葉を返す余裕すらないのかもしれない。

 だが、そんなエアハルトに五十代男が「降参したらどうなんだぁ!?」と声をかけると、エアハルトは「……しない」と小さくも芯のある声で返した。

「かっこつけんなや!!」

 五十代男はエアハルトの腰に回し蹴りを叩き込む。

 骨に響くような。
 身が軋むような。

 ――そんな音がして、思わず目を閉じてしまう。

 それでもすぐに正気を取り戻して、これ以上好き放題させるわけにはいかないと足を動かす。

「もうやめて!」

 もう一度蹴ろうと体勢を作っていた五十代男に駆け寄り、上着の裾を引っ張る。

「うざいんだよ!!」

 しかし力が足りず、腕を振る程度で飛ばされてしまう――バランスを崩し、かっこ悪いことだがそのまましりもちをついてしまう。

 直後、背後から羽交い締めにされる。眼鏡の男性だった。それほど屈強な男には見えないのだがそれでも力はかなり強い。男性ゆえ当然といえば当然なのだが。少なくとも自力で逃れることは難しいと感じる程度の力はあった。

「じっとしなさい」
「嫌よ!」
「痛い目に遭うこととなりますよ」
「けど! こんな、こんな理不尽なことっ……、絶対に納得できないわ!」

 すると腕を不自然な方向へねじ曲げられる。

「っ、ぁ……!」

 走る電気に思わず声が出て。

「彼女には手を出すな!!」

 エアハルトの切羽詰まったような声が響く。

 しかしそのエアハルトも背後の壁に強く叩きつけられてしまった。

 強い衝撃に動けないエアハルト、その襟ぐり辺りの生地を掴む五十代男。男は掴んだままエアハルトの身体を引き上げる。強制的に顔面を近づけると「彼女を護りたいなら俺の言うことを聞け」と低音で言い放った。エアハルトは渋いものを口にしたかのような表情を浮かべる。それとほぼ同じタイミングで五十代男はエアハルトの襟ぐり部分から手を離した。エアハルトの身は地面に落ちる。

「土下座しろ!!」

 今のエアハルトでは抵抗することはできず、彼はただ地面に伏せるしかなかった。

 地面で小さくなったエアハルトを愉しげに見下ろしながら、五十代男は「申し訳ありませんでしたと言え!」と命令する。エアハルトは躊躇った。するとその背中に五十代男による踏みつけが入る。それから男はにやにやしながら「女が酷いことされてもいいってことか?」と尋ねた。するとエアハルトはようやく小さな掠れたような声で「申し訳ありませんでした」と発した。

「はは、惨めだな」
「……何とでも言っていればいい」
「そーいうとこだよ、てめぇが可愛くねぇのは」

 それからもエアハルトは「自分が愚かでした」とか「生きていてすみません、こうして息をしていることが罪です」とかそんな自身を貶めるような言葉を強制的に言わされていて――何させるのよ、と言ってやりたかったが、それはやめておいた。

 ……そんなことをしたら余計に酷い目に遭わされることは目に見えているから。

「ああそうだ、愚かなんだよてめぇは」

 男はしわの多い顔に黒い笑みを滲ませ、エアハルトの頭を踏んだ。
 厚みのある靴底でぐりぐりと弄ぶ。

「だ、か、ら、罰を受けなきゃなんねーんだよ」

 エアハルトは土下座の体勢のままじっとしている。

「てめぇらはよぉ、基本存在してるだけで罪なんだ。生きてる価値なんてない。分かるか? てめぇらみたいなのはなぁ、生きたきゃ頭を下げ続けるしかねーんだよ」

 今のエアハルトにはもはや抗う力は残っていない。

 彼は無力だった。

 でも当然といえば当然だ。
 もう何時間もこんなことを続けられているのだから。

 それでも、それでもなお、私を護るために彼は苦痛と屈辱に耐えている――。

「ま、降参すんならこの辺にしてやってもいいけどよ」
「……しない」
「そんな時だけ偉そうだなぁ。もう一度言う、降参しろ。そうすりゃもう痛い思いしなくて済むんだ」
「……ナス、カを……危険に晒す、わけ、には……いかない」

 そんな彼を見ていたらあまりにも辛くなって。

「もう、もう……やめて、エアハルト」

 思わずそんなことをこぼしてしまう。

「これ以上は貴方が危険だわ」
「……ナスカ?」
「もう、降参して。私がこんなことを言うのは変かもしれないけれど、でも、もうこれ以上無理するべきじゃないわ」

 彼が傷つくことに耐えられなくて、ついそんな彼の努力を無駄にするようなことを言ってしまって……しかしそれに対してエアハルトは小さく首を横に振った。

「ごめん、それはできない」

 こんな時に限って彼は頑固。
 でも彼がそういう人だということは知っているので驚きはない。

「けど……!」

 私はもう一度思いを伝えようとしたのだけれど。

「ごめん」

 彼は短くそう遮った。

「……君を、傷つけさせる……わけには、いかないから」

 そう述べる彼はこちらへ目を向けてきている。
 透明な汗が額から頬を伝い地面へ落ちた。

 どうして、と言おうとして、けれどもそれは呑み込んだ。

 それからも暴力の嵐が収まることはなかった。
 無抵抗なエアハルトに対する男たちによる暴行は終わりは見えない。

 なぜそこまで心ないのか?
 なぜそこまで悪魔のようになれるのか?

 ……ただただ謎だった。

 私には理解できない。どうして無抵抗な人を痛めつけるのか。反撃できない状態の人を一方的に傷つけるなんて、ただの弱いもの虐めではないか。

 なぜ人として生まれながらそんなことができるのか、本当に、どこまでも理解不能だった。

 ――そうしてやがて、私たちは。

「あー、やったやった」
「じゃあな、ばいばい。また明日なぁ」
「精々寝とけや」

 放置された。
 その何もない無機質な地下室に。

 残されたのは私自身と横たわるエアハルトだけ。

 ここには飲み物も食べ物もない――緊張感の中にいるからかお腹は空かなかったけれど、酷い扱いをされていることがただひたすらに苦しくて悔しくて、涙が溢れた。
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