上 下
1 / 2

前編

しおりを挟む

 とある新興領主の子息であるモルトラスと婚約していた私だったが――。

「お前との婚約、破棄とする」

 ある日突然そんなことを告げられてしまった。

 すぐには何がどうなっているのか分からなかったのだけれど。でも少しして一人の女性がモルトラスに会うためやって来て、それで何が起きているのかを理解した。そう、その女性はモルトラスにやたらと近い距離感で接していたのだ。それで、モルトラスは彼女を選んだのだと、そう悟った。

「ねぇモルトラス、この娘誰?」
「元婚約者」

 その女性とモルトラスはやたらと顔を近づけて会話している。
 まさにいちゃちゃ。
 でも驚きだ、彼はそういうことをしない人だと思っていた――彼があっさりしていたのはどうやら単に私に興味がなかっただけだったようだ。

「ああ、言っていた娘? 可愛いじゃな~い、いいの? 婚約破棄なんてして」
「いいんだ、愛はない」
「そ~う? ならいいけど……可哀想にねぇ、可愛いのに」
「君は優し過ぎるんだ、ガーベラ」

 その証拠に、モルトラスは今、ガーベラと呼んだその女性を至近距離から見つめている。

「おい! いつまでそこにいるつもりだ!」
「あっ」
「俺はこの女性を、ガーベラを、選んだんだ! 分かったか? 分かったなら去れ! いつまでもじろじろ見ているな!」

 モルトラスは攻撃的だった。

「すみません……ではこれで失礼します」
「遅いぞ」

 私は取り敢えずその場から離れることにした。

 だって、あのままあそこにいたら、きっともっと強く怒られてしまうもの。切り捨てられたうえ怒られるなんて嫌だわ。婚約破棄されただけでも傷ついているというのにさらに言葉による攻撃を受けたりしたらもっと心が痛んでしまうわ。
しおりを挟む

処理中です...