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17.

「俺たちさ、婚約しね?」

 それはある快晴の日のことであった。
 ここのところ仲良くしている同年代の男性アルクから急にそんなことを言われた。

「え? こ、婚約……?」

 いきなりだったので困惑。
 普通なら嬉しいところだろうが私の運命を想えば未来が見えていまいち盛り上がれない。

「そうそう。だってもう何回もお茶してる仲だしさ。それに、結構仲良しな感じだろ? そろそろ一回言ってみよっかなーって」
「そういうのは、ちょっと……」
「何でだ?」
「私、婚約しても婚約破棄される運命なの」

 思いきって本当のことを言えば、アルクは首を傾げる。

「たまたまだろ? そんなの」

 その言葉に救われる私もいて。
 でも、運命は運命でどう足掻こうとも避けられない、そう言い返したくなるようなところもあって。

「……分かったわ」
「婚約してくれるんだな!」
「ええ」
「よっし! じゃ、決まりな! 後からやっぱやめるとかなしな」
「もちろんよ」

 ……そう、きっと、未来でやめると言い出すのは私ではない。


 ◆


「ごめん。婚約だけど、破棄するわ」

 やはりその時は訪れた。

「アルク……。やっぱり、どうしてもこうなってしまうのね」
「ほんとごめんな。けどもっと条件の良い女の子に出会っちまったんだ。そしたらあんたがくすんで見えてさ」
「まぁいいわ、分かっていたことだもの」
「そんなこと言うなよ! あんただってきっと良い人に巡り会えるから。だから大丈夫! 前向いて生きてくれよな」

 こうして私は乗り換えるために捨てられたのだった。

 ちなみにアルクと彼と婚約した女性だが、二人は結婚前に旅行に出ていて裏社会の組織の者たちの戦いに巻き込まれてしまって亡くなったそうだ。



18.

 伯母の紹介で婚約することとなった私たちは最初からあまり気が合わずすれ違ったり喧嘩になったりすることが多かった。

 そんな状態だったから、関係が長続きするはずもなくて。

「エリーミネ! お前なんか要らねぇ! 婚約は破棄だ!」

 婚約から三ヶ月も経たないうちに関係は壊れることとなってしまった。

「お前みたいな女はなぁ! 路上で泥水啜って生きていきゃそれでいいんだよ! てか、それが相応しいんだ! 良い男と結婚しようだなんて考えるな。そんなのは都合が良すぎる考えだ! 貧民街にでも行って、汚ねぇ男に奉仕しとけや!」

 彼は常に私を見下している。
 だから最後の日であるこの日もボロクソに言ってきた。

 くだらないなぁ、なんて思いながら、顔を真っ赤にして暴言を並べる彼をぼんやりと眺めておいた。

「じゃあな」
「さようなら」

 私たちにはきっと仲良くなれる未来はなかったのだろう。
 喧嘩する、不仲になる、それが定めだったのだと思う。

 で、彼のその後だが。

 彼は私との婚約を破棄してすぐ別の女性と婚約したようだが、その女性の借金の肩代わりをさせられることとなり、かなりの額を失うこととなってしまったそうだ。



19.

 親がいつの間にかアドルーンという男性との婚約を決めていた。

「美味しいわねぇ、エリーミネの淹れたお茶は」
「ありがとう!」
「はぁ……ほんっとうに最高だわ……これはもう完全に神」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」

 だが最近私は女友達とばかり同じ時間を過ごすようになっている。

「エリたんサイコー! これ美味しすぎじゃん!?」
「本当に?」
「もっちろーん! 嘘つくわけないでしょ? エリたんのお茶ほーんと好きー!」

 なぜなら、それが気楽だからである。

「エリーミネさま、やはり、お茶を淹れるのがお上手ですわね」
「ありがとうございます」
「わたくしお茶のクオリティにはうるさいのですけれど……貴女の淹れられたお茶に関しては毎度満点を出しておりますわ」
「本当ですか……!」
「ええ、とても素晴らしくてよ」

 婚約破棄とざまぁを繰り返すことに飽きて、何か別のことをしたくなってきたというのもある。

 でも男性とは上手くいかない。
 なら何をすれば良いのか。

 そう考えた時に思いついたのが、同性と遊ぶということであった。

「このクッキー、美味し~い!」
「作ってみたの」
「え! エリちゃんの手作り!? これが!? うっそ、神すぎ!」
「口に合ったなら良かったわ」
「うんうん! めちゃ美味しいよ!」

 同性とであれば婚約という話にもならないし婚約破棄も経験しなくて済む。それはつまり、嫌な思いを重ねることなく生きられるということだ。

「この茶葉、エリーミネさんにあげるわね」
「え、良いのですか」
「もちろんよ。貴女ならきっと素敵なお茶に仕上げられると思うから。だからこそ贈るのよ。貴女にこそ飲んでほしい、そう思って」
「では今日淹れてみましょうか?」
「あら! 名案ね」
「では頂戴いたします」
「あらあら、うふふ、楽しみになってきたわ」

 だから同性とお茶をして楽しく過ごすといったことをしてみたのである。

 ある意味運命への抵抗。

「エリリさぁ、めちゃ噂になってるよ。お茶淹れるの上手すぎるーって」
「それは……褒められているかしら?」
「もちろん! そうだよ! そうに決まってる!」
「なら良かった、ホッとしたわ」

 ……もっとも、あまりにも会わなかったために、アドルーンからは婚約破棄を告げる手紙を郵送されてしまったのだが。



20.

 ヒポルクス家の長男タロ・ヒポルクスと婚約することとなった。
 彼は最初から「お前には魅力は感じていない、俺の求めているものはお前の親の金だけだ」と公言しているような人だった。

 そんな彼との婚約後も、私は同性とお茶をして過ごすことを続けた。

「エリーミネ、今日も誘ってくれてありがとうねぇ」
「新しい茶葉が手に入ったから」
「あら、それで誘ってくれたの?」
「そうなの。やっぱり貴女と一番に味わいたいなって思って」
「んもーっ、カワイイッ!!」

 婚約破棄になると分かっているのにいちいち関わることに面倒臭さを感じるようになってしまったからである。

 あれから私は私の道を行くことにした。
 そうすればもう痛みも苦しみも味わう必要はない。

「エリたん! これ美味過ぎてサイコー!」
「気に入ってもらえた?」
「ありあり! マジ神クオリティでテンション一気に上がってるー!」
「それは良かった」

 私は私がやりたいことをやる。
 そうやって生きることこそが最も理想的な人生の形だろう。

「エリーミネさま、本日もお誘いいただきありがとう。とても嬉しいですわ。わたくし、エリーミネさまとのティータイムはとても好きですの」
「本当ですか……! それは嬉しいです、ありがとうございます。私も貴女とお茶をできることが嬉しいです」
「ありがとう。それは実に喜ばしいお言葉ですわね」

 そんな風にしているうちにヒポルクス家の長男タロから婚約破棄宣言が届いた。
 そうして彼との婚約は破棄となったのであった。

 ちなみにタロはというと、婚約破棄の後少しして急に亡くなった。複数いた恋人のうちの一人に毒を盛られたことが原因ではないか、と言われているようだ。



21.

 タロとの婚約が破棄となってから少しした頃、同じヒポルクス家の息子である次男ジロ・ヒポルクスから婚約の希望が届いてきた。
 私は断るつもりだったのだけれど、いつの間にか書類を作られてしまっていて、仕方なく婚約することとなってしまったのだった。

 またややこしいヒポルクス家か……。

 考えれば考えるほど面倒臭い気分が湧き上がってくる。
 思考するとただただ溜め息しかでない。

 だがそんな彼との婚約は驚きの短期間で破棄となってしまった。

 一度だけ顔を合わせた時に「顔面が無理」とか「無理なタイプだわ」などと酷いことを言われ、その数日後に婚約破棄するといった内容の手紙が届けられたのだった。

 まさかの二週間も経たないスピード婚約破棄。
 これにはさすがに驚いた。
 ただ、私の中にはジロへの情は一切なかったため、婚約破棄されても精神的な面で傷つくことはなかった。

 その後ジロは野犬の群れに襲われて負傷し四肢の自由を失うこととなってしまったのだが……それはまた別の話。
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