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1話 星王より、提案
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「イーダ様、いらっしゃいます?」
ある日の昼過ぎ。私が自室で過ごしていると、扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてきた。
昼食は先ほど終えたため、食事の時間ではないはず。
それだけに、こんな時間に声をかけられるのは不思議だ。
ただ、よく聞く声であったため、私は仕方なく、部屋の扉の方へと向かった。きっと何かの用事なのだろうから。
「……何?」
気は進まないが無視するのも問題なので、嫌々、ゆっくりと扉を開ける。
するとそこには、女性が立っていた。
白いショートヘアに、冷ややかな雰囲気をまとう顔立ち。着ている黒いワンピースは体にぴったりと密着しており、太ももの真ん中辺りまでの丈のスカート部分はかなりタイト。そして、すらりと伸びた脚には、ワンピースと同じ色のロングブーツが吸い付いている。
彼女は、この前の春の襲撃で唯一生き残った私の従者——ヘレナだ。
「今後貴女にお仕えする従者に関する件について、お話に参りました」
「従者はもう要らない。私のために人が死ぬのは嫌だから。前にそう言ったはずだけど」
「いいえ、そういうわけには参りません。本日お話させていただくのは、星王様が自らご提案なさった件についてですので」
私は彼女が苦手だ。
感情のないような冷たい顔つきも、淡々とした遠慮のない物言いも、そのすべてが好きになれない。
何人もいた従者の中で、なぜ彼女だけが生き残ってしまったのか——今でも時折、そんなことを思ったりする。そんなことを考えるのは失礼だと、分かってはいるのだけれど。
「……入って」
「ありがとうございます。失礼します」
本当は従者の話なんてしたくはない。
ただ、ヘレナが断っても帰ってくれないことは目に見えているので、取り敢えず部屋へ招き入れることにした。
話を聞いてから断るでも、遅くはないだろう。
「それで、何のお話?」
向かい合わせに置かれたソファに腰を掛けてから、私はヘレナに尋ねた。
なるべくスムーズに話を進め、早く帰ってほしいからだ。
「イーダ様。貴女が従者をお付けにならないのは、人が傷つくのが嫌だから、という理由でしたね」
「えぇ」
「ならば、従者となるのが人でなければそれでいい」
ヘレナは、相変わらずの淡々とした調子で、そんなことを言った。
だが、私にはその意味がよく分からない。
「そうお考えになった星王様が、貴女の従者に相応しいものを用意なさっています」
「父が?」
従者はもう必要ないと言っているのに……。
「はい」
「人でない従者を用意した、ということ?」
「そうです」
話せば話すほど、よく分からなくなってくる。
人でない生き物に従者が務まるとは思えない。従者の仕事は、人でなくともできるような単純なものではないからだ。
「ヘレナ、まったく意味が分からないわ。まず、その『人でない従者』というのは、何なの?」
最初は適当に聞いて断ればいいと思っていたのだが、別の意味で興味が出てきてしまいつつある。
「収容所より、従者の才を認められた者を連れて参るのです」
「まさか!」
このオルマリンの各地に、罪人などを入れておく収容所なるものが存在していることは、以前から知っていた。
だが、そこから私の従者を選ぶだなんて。
収容所出身の者が王女の従者となった話など、一度も聞いたことがない。
……それに。
収容所から連れてくるのなら、結局、人ではないか。
「それならば、もし仮にその者に何かがあったとしても、貴女が罪悪感をお持ちになることはないでしょうから」
「人でないという話だったのに。結局は人じゃない」
「いえ、彼らは人ではありません」
ヘレナは微かに俯いたまま、赤い瞳だけをこちらへ向けてくる。胸を貫かれたかと勘違いしてしまうような、冷たく鋭い視線だった。
「我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです」
私には、ヘレナの言葉が、いまいち理解できなかった。
ただ、人とは呼ばない——その言葉だけが、妙に耳に残る。
この星の王女ゆえ、ほぼすべてを知っているものと思っていた。けど、もしかしたら、それは違うのかもしれない。
ふと、そんな風に思ったりした。
その時、ヘレナが唐突にソファから立ち上がる。
「そういうことですので、イーダ様。よろしくお願いしますね」
「え?」
話についていけず首を傾げていると、ヘレナは無表情のまま続ける。
「明日、ここへ候補となる者を連れて参ります。その中より、イーダ様がお選び下さい」
「選ぶって……何なの?」
「イーダ様の従者はイーダ様が選ぶべき、と、星王様が」
従者の多くを失ったあの襲撃以来、私はあまり部屋の外へ出なくなった。そして、新しい従者を取ることもしなかった。そんな私を心配して、星王はこのような提案をしてくれたのだろう。
娘の私が言うのも何だが、星王は優しい人だ。だから、私のことを気にかけてくれているのだと思う。
それを考えると、少し申し訳ない気もした。
「それでは、失礼します」
ヘレナは淡々とそう述べると、丁寧にお辞儀する。
真面目な彼女らしい、きっちりとした振る舞いだ。
……常に無表情なところだけは、少し妙な感じだけれど。
「明日の朝、また伺います」
「いいえ、それは結構よ。従者は要らないと、もう一度、父に伝えておいて」
「いえ、既に準備は進んでいますので。では失礼します」
一応断ろうとしてみたのだが、ヘレナはそれだけ言って出ていってしまった。彼女は、私の意思を聞く気など、さらさらないようである。
ヘレナは今日も、相変わらずの優しくなさであった。
……やはり、彼女は苦手だ。
ある日の昼過ぎ。私が自室で過ごしていると、扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてきた。
昼食は先ほど終えたため、食事の時間ではないはず。
それだけに、こんな時間に声をかけられるのは不思議だ。
ただ、よく聞く声であったため、私は仕方なく、部屋の扉の方へと向かった。きっと何かの用事なのだろうから。
「……何?」
気は進まないが無視するのも問題なので、嫌々、ゆっくりと扉を開ける。
するとそこには、女性が立っていた。
白いショートヘアに、冷ややかな雰囲気をまとう顔立ち。着ている黒いワンピースは体にぴったりと密着しており、太ももの真ん中辺りまでの丈のスカート部分はかなりタイト。そして、すらりと伸びた脚には、ワンピースと同じ色のロングブーツが吸い付いている。
彼女は、この前の春の襲撃で唯一生き残った私の従者——ヘレナだ。
「今後貴女にお仕えする従者に関する件について、お話に参りました」
「従者はもう要らない。私のために人が死ぬのは嫌だから。前にそう言ったはずだけど」
「いいえ、そういうわけには参りません。本日お話させていただくのは、星王様が自らご提案なさった件についてですので」
私は彼女が苦手だ。
感情のないような冷たい顔つきも、淡々とした遠慮のない物言いも、そのすべてが好きになれない。
何人もいた従者の中で、なぜ彼女だけが生き残ってしまったのか——今でも時折、そんなことを思ったりする。そんなことを考えるのは失礼だと、分かってはいるのだけれど。
「……入って」
「ありがとうございます。失礼します」
本当は従者の話なんてしたくはない。
ただ、ヘレナが断っても帰ってくれないことは目に見えているので、取り敢えず部屋へ招き入れることにした。
話を聞いてから断るでも、遅くはないだろう。
「それで、何のお話?」
向かい合わせに置かれたソファに腰を掛けてから、私はヘレナに尋ねた。
なるべくスムーズに話を進め、早く帰ってほしいからだ。
「イーダ様。貴女が従者をお付けにならないのは、人が傷つくのが嫌だから、という理由でしたね」
「えぇ」
「ならば、従者となるのが人でなければそれでいい」
ヘレナは、相変わらずの淡々とした調子で、そんなことを言った。
だが、私にはその意味がよく分からない。
「そうお考えになった星王様が、貴女の従者に相応しいものを用意なさっています」
「父が?」
従者はもう必要ないと言っているのに……。
「はい」
「人でない従者を用意した、ということ?」
「そうです」
話せば話すほど、よく分からなくなってくる。
人でない生き物に従者が務まるとは思えない。従者の仕事は、人でなくともできるような単純なものではないからだ。
「ヘレナ、まったく意味が分からないわ。まず、その『人でない従者』というのは、何なの?」
最初は適当に聞いて断ればいいと思っていたのだが、別の意味で興味が出てきてしまいつつある。
「収容所より、従者の才を認められた者を連れて参るのです」
「まさか!」
このオルマリンの各地に、罪人などを入れておく収容所なるものが存在していることは、以前から知っていた。
だが、そこから私の従者を選ぶだなんて。
収容所出身の者が王女の従者となった話など、一度も聞いたことがない。
……それに。
収容所から連れてくるのなら、結局、人ではないか。
「それならば、もし仮にその者に何かがあったとしても、貴女が罪悪感をお持ちになることはないでしょうから」
「人でないという話だったのに。結局は人じゃない」
「いえ、彼らは人ではありません」
ヘレナは微かに俯いたまま、赤い瞳だけをこちらへ向けてくる。胸を貫かれたかと勘違いしてしまうような、冷たく鋭い視線だった。
「我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです」
私には、ヘレナの言葉が、いまいち理解できなかった。
ただ、人とは呼ばない——その言葉だけが、妙に耳に残る。
この星の王女ゆえ、ほぼすべてを知っているものと思っていた。けど、もしかしたら、それは違うのかもしれない。
ふと、そんな風に思ったりした。
その時、ヘレナが唐突にソファから立ち上がる。
「そういうことですので、イーダ様。よろしくお願いしますね」
「え?」
話についていけず首を傾げていると、ヘレナは無表情のまま続ける。
「明日、ここへ候補となる者を連れて参ります。その中より、イーダ様がお選び下さい」
「選ぶって……何なの?」
「イーダ様の従者はイーダ様が選ぶべき、と、星王様が」
従者の多くを失ったあの襲撃以来、私はあまり部屋の外へ出なくなった。そして、新しい従者を取ることもしなかった。そんな私を心配して、星王はこのような提案をしてくれたのだろう。
娘の私が言うのも何だが、星王は優しい人だ。だから、私のことを気にかけてくれているのだと思う。
それを考えると、少し申し訳ない気もした。
「それでは、失礼します」
ヘレナは淡々とそう述べると、丁寧にお辞儀する。
真面目な彼女らしい、きっちりとした振る舞いだ。
……常に無表情なところだけは、少し妙な感じだけれど。
「明日の朝、また伺います」
「いいえ、それは結構よ。従者は要らないと、もう一度、父に伝えておいて」
「いえ、既に準備は進んでいますので。では失礼します」
一応断ろうとしてみたのだが、ヘレナはそれだけ言って出ていってしまった。彼女は、私の意思を聞く気など、さらさらないようである。
ヘレナは今日も、相変わらずの優しくなさであった。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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