イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
2 / 157

1話 星王より、提案

しおりを挟む
「イーダ様、いらっしゃいます?」

 ある日の昼過ぎ。私が自室で過ごしていると、扉の向こう側から、そんな言葉が聞こえてきた。

 昼食は先ほど終えたため、食事の時間ではないはず。
 それだけに、こんな時間に声をかけられるのは不思議だ。

 ただ、よく聞く声であったため、私は仕方なく、部屋の扉の方へと向かった。きっと何かの用事なのだろうから。

「……何?」

 気は進まないが無視するのも問題なので、嫌々、ゆっくりと扉を開ける。

 するとそこには、女性が立っていた。

 白いショートヘアに、冷ややかな雰囲気をまとう顔立ち。着ている黒いワンピースは体にぴったりと密着しており、太ももの真ん中辺りまでの丈のスカート部分はかなりタイト。そして、すらりと伸びた脚には、ワンピースと同じ色のロングブーツが吸い付いている。

 彼女は、この前の春の襲撃で唯一生き残った私の従者——ヘレナだ。

「今後貴女にお仕えする従者に関する件について、お話に参りました」
「従者はもう要らない。私のために人が死ぬのは嫌だから。前にそう言ったはずだけど」
「いいえ、そういうわけには参りません。本日お話させていただくのは、星王様が自らご提案なさった件についてですので」

 私は彼女が苦手だ。
 感情のないような冷たい顔つきも、淡々とした遠慮のない物言いも、そのすべてが好きになれない。

 何人もいた従者の中で、なぜ彼女だけが生き残ってしまったのか——今でも時折、そんなことを思ったりする。そんなことを考えるのは失礼だと、分かってはいるのだけれど。

「……入って」
「ありがとうございます。失礼します」

 本当は従者の話なんてしたくはない。

 ただ、ヘレナが断っても帰ってくれないことは目に見えているので、取り敢えず部屋へ招き入れることにした。

 話を聞いてから断るでも、遅くはないだろう。

「それで、何のお話?」

 向かい合わせに置かれたソファに腰を掛けてから、私はヘレナに尋ねた。
 なるべくスムーズに話を進め、早く帰ってほしいからだ。

「イーダ様。貴女が従者をお付けにならないのは、人が傷つくのが嫌だから、という理由でしたね」
「えぇ」
「ならば、従者となるのが人でなければそれでいい」

 ヘレナは、相変わらずの淡々とした調子で、そんなことを言った。
 だが、私にはその意味がよく分からない。

「そうお考えになった星王様が、貴女の従者に相応しいものを用意なさっています」
「父が?」

 従者はもう必要ないと言っているのに……。

「はい」
「人でない従者を用意した、ということ?」
「そうです」

 話せば話すほど、よく分からなくなってくる。
 人でない生き物に従者が務まるとは思えない。従者の仕事は、人でなくともできるような単純なものではないからだ。

「ヘレナ、まったく意味が分からないわ。まず、その『人でない従者』というのは、何なの?」

 最初は適当に聞いて断ればいいと思っていたのだが、別の意味で興味が出てきてしまいつつある。

「収容所より、従者の才を認められた者を連れて参るのです」
「まさか!」

 このオルマリンの各地に、罪人などを入れておく収容所なるものが存在していることは、以前から知っていた。

 だが、そこから私の従者を選ぶだなんて。
 収容所出身の者が王女の従者となった話など、一度も聞いたことがない。

 ……それに。

 収容所から連れてくるのなら、結局、人ではないか。

「それならば、もし仮にその者に何かがあったとしても、貴女が罪悪感をお持ちになることはないでしょうから」
「人でないという話だったのに。結局は人じゃない」
「いえ、彼らは人ではありません」

 ヘレナは微かに俯いたまま、赤い瞳だけをこちらへ向けてくる。胸を貫かれたかと勘違いしてしまうような、冷たく鋭い視線だった。

「我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです」

 私には、ヘレナの言葉が、いまいち理解できなかった。

 ただ、人とは呼ばない——その言葉だけが、妙に耳に残る。

 この星の王女ゆえ、ほぼすべてを知っているものと思っていた。けど、もしかしたら、それは違うのかもしれない。

 ふと、そんな風に思ったりした。

 その時、ヘレナが唐突にソファから立ち上がる。

「そういうことですので、イーダ様。よろしくお願いしますね」
「え?」

 話についていけず首を傾げていると、ヘレナは無表情のまま続ける。

「明日、ここへ候補となる者を連れて参ります。その中より、イーダ様がお選び下さい」
「選ぶって……何なの?」
「イーダ様の従者はイーダ様が選ぶべき、と、星王様が」

 従者の多くを失ったあの襲撃以来、私はあまり部屋の外へ出なくなった。そして、新しい従者を取ることもしなかった。そんな私を心配して、星王はこのような提案をしてくれたのだろう。

 娘の私が言うのも何だが、星王は優しい人だ。だから、私のことを気にかけてくれているのだと思う。
 それを考えると、少し申し訳ない気もした。

「それでは、失礼します」

 ヘレナは淡々とそう述べると、丁寧にお辞儀する。
 真面目な彼女らしい、きっちりとした振る舞いだ。

 ……常に無表情なところだけは、少し妙な感じだけれど。

「明日の朝、また伺います」
「いいえ、それは結構よ。従者は要らないと、もう一度、父に伝えておいて」
「いえ、既に準備は進んでいますので。では失礼します」

 一応断ろうとしてみたのだが、ヘレナはそれだけ言って出ていってしまった。彼女は、私の意思を聞く気など、さらさらないようである。

 ヘレナは今日も、相変わらずの優しくなさであった。

 ……やはり、彼女は苦手だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...