イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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2話 候補者紹介

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 翌朝、私は起きるなり、服を着替えた。お出掛け着ではなく、部屋やその周辺で生活している時にいつも着ている、これといった特徴のない白いワンピースに着替えたのである。というのも、ヘレナが訪ねてきた時に寝巻きでは、さすがに恥ずかしいからだ。

 着替えを終え、洗面所へと向かう。

 そこで私は、髪に酷い寝癖がついていることに気がついた。元々直毛な方ではないのだが、今日はいつにも増して髪がうねってしまっている。

 支度しなくてはならない日に限って、これだ。嫌になってくる。

 だが、文句を言っている暇などない。
 ヘレナが来るのも時間の問題。彼女がやって来るまでに、一刻も早くこの髪をどうにかしなくてはならない。

 私は、洗面台の脇にある青いボタンを押す。すると、蛇口から透明な水が溢れ出した。それを両手で受けるようにして手を濡らし、その湿った手で髪に触る。

「何とか直るといいのだけれど……」

 誰に対してでもなく、一人呟く。
 それから私は、鏡に映る自分の姿を、意味もなく見つめたりした。


「おはようございます、イーダ様。お迎えにあがりました」

 寝癖を直すことに成功してからしばらく経った頃、ヘレナは現れた。

 丈の短いタイトな黒ワンピースに、ロングブーツを履いた長い脚。女性らしからぬ白髪のショートヘアに、感情の読み取れない冷たい顔つき。彼女は今日も相変わらずだ。

「え、どこかへ行くの? ここへ連れてくるという話じゃなかった?」
「はい。その計画だったのですが、候補の中に約一名、どうしてもイーダ様の部屋へは行かないとごねている者がおりまして」

 自室の外へ出ることに変わったのなら、もう少し早く言っておいてほしかった。それを知っていれば、服装ももっと華やかなものにしたのに。

「早めにお知らせできず、失礼しました」

 一応、知らせなかったことを悪かったとは思っているようだ。
 それが分かったため、私はそれ以上、何も言わないことに決めた。既に謝罪している人を責める趣味はない。

「分かったわ……特別よ?」
「可能でしょうか」
「えぇ。そこへ行って、私の口からちゃんと断らせてもらうわ」

 するとヘレナは、少しばかり眉間にしわを寄せた。
 だがすぐにいつもの無表情へと戻る。

「では、そちらまでお送りします」

 自室の外へ出るのは数日ぶりかもしれない。前に外へ行った時から何日くらい経ったのか、はっきりと覚えてはいないが、一日二日でないことだけは確かである。

「ありがとう。でも、従者を選ぶ気は本当にないわよ」
「取り敢えず来ていただければ、それで構いません」

 ヘレナは私の気持ちなんて、微塵も考慮してくれそうにはない。彼女が冷たいことは前から知っていたが、改めて再確認した気分だ。

 やはり、苦手である。

 そんなことを考えつつ、私はヘレナの後ろについて歩く。目的地へと向かうために。


 目的地までの距離は、それほどなかった。
 歩くのがさほど速くない私でもほんの数分で着けたくらいの距離である。

「イーダ様、こちらへお入り下さい」
「えぇ」

 行く先にどのような光景が待っているのだろう。ふと、そんなことを思った。そのせいで不安になり、足を止めてしまう。
 私の変化にすぐに気がついたヘレナは、無表情な面をこちらへ向け、微かに首を傾げた。

「……イーダ様? どうなさいました?」

 彼女はそう尋ねてくれた。だが、「色々想像して不安になった」なんて言えるわけもない。なので私は、ただ首を左右に動かすだけにしておいた。

「いえ、何でもないわ」
「そうですか。失礼しました」

 ヘレナはそれ以上何も言ってこなかった。
 彼女の淡白さは、こういう時だけはありがたく思える。


 先ほどヘレナが開けてくれたボタン開閉式の扉を通過すると、そこは広い部屋だった。私の自室も、王女の部屋というだけあって結構な広さがあるのだが、恐らくそれよりも広い。中規模くらいならパーティーを開けそうなくらいの広さの部屋だ。

「王女様! ようこそ来て下さいました!」

 想像していたより広い部屋を感心しながら眺めていると、唐突に声をかけられた。

 あまり見かけたことのない、六十代くらいと思われる男性だ。

 知り合いでもない人に話しかけられ、私は困ってしまった。どこの誰か知らない人に対して振る話題なんて持っていなかったからである。仕方がないから、「おはようございます」とだけ言っておいた。

 すると男性は、自ら話し始める。

「わたくし、オルマリン第一収容所の所長、ダンダ・ンバーラでございます! 本日は、お美しい貴女様の従者となれそうな男を、幾人か連れて参りました!」
「あの、私は……従者を必要とはしていません」
「そう仰らずに! 見ていって下さいませ!」

 速やかに断って帰ろうと思ったのだが、ダンダは話を聞いてくれそうになかった。それどころか、片方の手首を持たれ、引っ張っていかれてしまう。

「えっと、ダンダさん? 私は従者など……」
「まぁそう仰らずに! 見ていっていただけるだけで構いませんから!」

 駄目だ。私ではどうにもできない。
 そう悟った私は、すぐに自室へ帰ることは諦め、見るだけ見ていくことにした。

 本当は気が進まないけれど。


 それから私は、用意されていた椅子に座り、従者候補として連れてこられた男性を何人か見た。

 ある人は、いかにもお世辞という感じの褒め言葉をかけてくれ、ある人は、己の有用さを証明しようと特技を披露してくれた。

 私の従者になれば、もう収容所で暮らさなくていい。
 だから、皆、選んでもらうことに必死なのだろう。

 収容所内の環境はあまり良くないと聞くから、彼らの気持ちも分からないことはない。だが、もう少し隠せないものだろうか。

 必死さが伝わってきすぎるため、誰にもまったく興味が湧かなかった。
 それどころか、不快感さえ覚えた。

「私、もう帰ります」

 五人ほど見た時、私はダンダにそう告げた。

 やはり、こんな中に、私が興味を持つような者がいるわけがない。見れば見るだけ不快な気分になっていく——それだけだ。

「えっ」
「元々、従者を選ぶつもりはありませんでしたから」
「ええっ! そんな、まだ数人おりますぞ?」

 ダンダの顔は驚きと焦りの混じった色に塗り潰されている。
 少し申し訳ない気もするが、もはや時間の無駄だと判断したため、私は続けた。

「何人見せていただいても、同じことです。きっと……私の心を動かすような方は、ここにはいらっしゃらない」

 彼らは、収容所から出たい一心で良いところを見せようとしているだけ。地位を得た瞬間、きっと化けるだろう。そんな者を近くに置いていては、後々、何をされるか分かったものでない。

「ですから、もう帰らせていただきます」

 するとダンダは、近くにいる部下らしき者へ、大きな声で指示を出す。

「おい! あいつだ! あいつを連れてこい!」
「えっ、やつですか?」
「そうだ!」
「ですが、あの者はかなり危険ですっ」
「構わん! 連れてこい!」
「は、はい!」

 ——あいつ?

 何か、特別な人がいるのだろうか。
 ダンダとその部下らしき人の会話を聞く限り、他とは違う特別な者がいる、という雰囲気だ。

「お、王女様。どうか、お座り下さいませ。珍しいタイプをお見せしましょう」
「まるで人でないかのような言い方ですね」
「し、失礼でしたでしょうか」
「いえ……ただ、不思議な言い方だと思っただけです」
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