イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
6 / 157

5話 謝っても遅いのだけれど

しおりを挟む
 ヘレナの腕が冷えていく。
 時が経つにつれ、生の温もりは失われ、残るのは陶器人形のような感触だけ。

「……ヘレナ」

 彼女は銃口を向けられた私を救おうと、ダンダに厳しい言葉をかけた。そして、撃たれた。私のせいで命を落としたも同然だ。

「……ごめんなさい」

 また一つ、命が奪われた。

 私が王女だったから。私が無力だったから。

 王女というこの身分は、結局、悲劇しか引き寄せない。もう誰も犠牲にするまいと、これまで新しい従者をとらずにきたのに、やはりまた犠牲を出してしまった。

「本当に……ごめんなさい、ヘレナ」

 その冷えきった体を抱き、私はそっと謝る。
 謝ったからといって、彼女が生き返るわけではないのだけれど。


 部屋に静寂が訪れてから、どのくらいの時間が経っただろうか。ヘレナの死をすぐに受け入れることができずにいた私には、あれからどのくらい時が経ったのか、よく分からない。

 ただ、気がつけば人が来ていた。

 ヘレナの亡骸を抱いて固まっていた私に、最初に話しかけてきたのは、星王の側近である男性だった。

「王女様、一体何があったのです?」
「……貴方は」
「シュヴァル・リンクですよ。王女様のお父上、星王様の側近です」
「……そう。そうだったわね。思い出したわ」

 シュヴァル・リンク——その名前は聞き覚えがある。
 あまり詳しくは知らないが、日頃の生活の中で聞いたのだろうと思う。

 三割くらい白髪の混じった灰色の髪に、彫りの深いはっきりとした顔立ち。瞳は灰色を少し混ぜたような水色をしている。

 シュヴァルは、そんな男性だ。

「これは一体、何がどうなったのです?」
「……ダンダという人が、私を」

 なるべくちゃんと伝わるように説明しようと頑張ってみたけれど、完璧な説明をすることは難しかった。

「彼が……ベルンハルトがいなければ、今頃……私も」

 そんな風に途切れ途切れながら話していた時だ。

 シュヴァルは遠くを眺めるような目つきをしながら、近くにいても聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、「役立たずめ」と呟いた。

「ヘレナは役立たずではないわ!」

 誰に対しての言葉なのか分からないにもかかわらず、私はそんなことを言ってしまった。うっかり、言葉が口から滑り出てしまったのである。

 いきなり鋭い声を浴びせられたシュヴァルは、顔面に戸惑いの色を浮かべた。

 だが、少しすると柔らかな笑顔になる。

「まさか。彼女のことではありませんよ」

 ならば、誰に対しての言葉だというのか。

「さっきの言葉はヘレナに対してのものではない、と言うのね?」
「えぇ、もちろんです。命を懸けて王女様を護ったのならば、従者の鏡と言えるでしょう。役立たずなどではありません」
「そう……そうよね」

 ヘレナのことは好きではなかった。だがそれでも、彼女を否定されるのは良い気分がしない。まるで私が否定されているかのような心境に陥るからだ。

「シュヴァル……貴方が心ない人でなくて、良かったわ」

 私がそう言うと、彼は笑顔のまま言葉を返してくる。

「心配なさらないで下さい。このシュヴァル・リンク、心ない行為は絶対に致しませんから」

 他人が悲しんでいる時に、屈託のない笑みを浮かべていられるのが、とても不思議だ。
 ただ、今はそんな細かいことに注目しているような状況ではない。それゆえ私は、シュヴァルが笑顔でいることを指摘しはしなかった。

「王女様、色々あってお疲れでしょう。一度、星王様のところまでお連れします」
「父のところへ?」
「はい。従者が完全にいなくなった今、お一人でいらっしゃると危険ですから」

 確かに、そうだ。
 従者がいなくなったのをチャンスと思い、さらに私を狙ってくる者がいる可能性は、否定できない。

「星王様のいらっしゃるところまで、案内します」
「ありがとう」

 礼を言いながら立ち上がる。
 その瞬間、視界の端に、再び身を拘束されたベルンハルトの姿が入り込んだ。

「シュヴァル。彼をどうするつもり?」

 まさかそんなことはないだろうが、もし彼が罪人扱いされるようなことがあっては大変だ。なので一応確認しておいた。

「ベルンハルトなどという、そこの男のことですか?」
「えぇ」
「彼からは聞き取りを行います」

 聞き取り。何だか嫌な響きだ。

 色々あった後で心が荒んでいるせいかもしれないが、聞き取りという名の酷いことが行われそうな気がして仕方がない。

「聞き取りとは、具体的にどのようなことを?」
「それは王女様には関係のないことです」

 シュヴァルは笑顔のまま、きっぱりとそう返してきた。聞き取りの具体的な内容を私に教える気はないようだ。

「まさか、私には言えないようなことをするつもり? ベルンハルトに乱暴なことをするのは、絶対に許さないわよ」

 ベルンハルトは私を嫌っているのだろうが、私は彼を嫌いではない。それに、好き嫌いを除けて考えても、彼は命の恩人だ。

「王女様はなぜ、そんなにも、そこのベルンハルトなどという男を気にかけていらっしゃるのです? もしや……異性として気に入られました?」

 シュヴァルは、にやりと、嫌らしい笑みを浮かべる。

 ……これは完全に、悪意があるパターンだ。

 王女といえども、ただの娘。そんな風に馬鹿にされているのかもしれない。

「そういうことなら、顔を傷物にするようなことは致しません。ご安心を」

 どうやら、すっかり誤解されてしまっているようだ。

「……そんなのじゃないわ」
「隠さずとも構いませんよ、王女様。お気に召す者がいて安心しました」
「命の恩人だから、傷ついてほしくない。ただそれだけのことだわ」
「ふふふ。否定なさるところが初々しくて、可愛らしいです」

 違うと言っているじゃない!

 そう叫びたい衝動に駆られるも、ぐっとこらえた。
 今は喧嘩している時ではない、と思ったからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...