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5話 謝っても遅いのだけれど
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ヘレナの腕が冷えていく。
時が経つにつれ、生の温もりは失われ、残るのは陶器人形のような感触だけ。
「……ヘレナ」
彼女は銃口を向けられた私を救おうと、ダンダに厳しい言葉をかけた。そして、撃たれた。私のせいで命を落としたも同然だ。
「……ごめんなさい」
また一つ、命が奪われた。
私が王女だったから。私が無力だったから。
王女というこの身分は、結局、悲劇しか引き寄せない。もう誰も犠牲にするまいと、これまで新しい従者をとらずにきたのに、やはりまた犠牲を出してしまった。
「本当に……ごめんなさい、ヘレナ」
その冷えきった体を抱き、私はそっと謝る。
謝ったからといって、彼女が生き返るわけではないのだけれど。
部屋に静寂が訪れてから、どのくらいの時間が経っただろうか。ヘレナの死をすぐに受け入れることができずにいた私には、あれからどのくらい時が経ったのか、よく分からない。
ただ、気がつけば人が来ていた。
ヘレナの亡骸を抱いて固まっていた私に、最初に話しかけてきたのは、星王の側近である男性だった。
「王女様、一体何があったのです?」
「……貴方は」
「シュヴァル・リンクですよ。王女様のお父上、星王様の側近です」
「……そう。そうだったわね。思い出したわ」
シュヴァル・リンク——その名前は聞き覚えがある。
あまり詳しくは知らないが、日頃の生活の中で聞いたのだろうと思う。
三割くらい白髪の混じった灰色の髪に、彫りの深いはっきりとした顔立ち。瞳は灰色を少し混ぜたような水色をしている。
シュヴァルは、そんな男性だ。
「これは一体、何がどうなったのです?」
「……ダンダという人が、私を」
なるべくちゃんと伝わるように説明しようと頑張ってみたけれど、完璧な説明をすることは難しかった。
「彼が……ベルンハルトがいなければ、今頃……私も」
そんな風に途切れ途切れながら話していた時だ。
シュヴァルは遠くを眺めるような目つきをしながら、近くにいても聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、「役立たずめ」と呟いた。
「ヘレナは役立たずではないわ!」
誰に対しての言葉なのか分からないにもかかわらず、私はそんなことを言ってしまった。うっかり、言葉が口から滑り出てしまったのである。
いきなり鋭い声を浴びせられたシュヴァルは、顔面に戸惑いの色を浮かべた。
だが、少しすると柔らかな笑顔になる。
「まさか。彼女のことではありませんよ」
ならば、誰に対しての言葉だというのか。
「さっきの言葉はヘレナに対してのものではない、と言うのね?」
「えぇ、もちろんです。命を懸けて王女様を護ったのならば、従者の鏡と言えるでしょう。役立たずなどではありません」
「そう……そうよね」
ヘレナのことは好きではなかった。だがそれでも、彼女を否定されるのは良い気分がしない。まるで私が否定されているかのような心境に陥るからだ。
「シュヴァル……貴方が心ない人でなくて、良かったわ」
私がそう言うと、彼は笑顔のまま言葉を返してくる。
「心配なさらないで下さい。このシュヴァル・リンク、心ない行為は絶対に致しませんから」
他人が悲しんでいる時に、屈託のない笑みを浮かべていられるのが、とても不思議だ。
ただ、今はそんな細かいことに注目しているような状況ではない。それゆえ私は、シュヴァルが笑顔でいることを指摘しはしなかった。
「王女様、色々あってお疲れでしょう。一度、星王様のところまでお連れします」
「父のところへ?」
「はい。従者が完全にいなくなった今、お一人でいらっしゃると危険ですから」
確かに、そうだ。
従者がいなくなったのをチャンスと思い、さらに私を狙ってくる者がいる可能性は、否定できない。
「星王様のいらっしゃるところまで、案内します」
「ありがとう」
礼を言いながら立ち上がる。
その瞬間、視界の端に、再び身を拘束されたベルンハルトの姿が入り込んだ。
「シュヴァル。彼をどうするつもり?」
まさかそんなことはないだろうが、もし彼が罪人扱いされるようなことがあっては大変だ。なので一応確認しておいた。
「ベルンハルトなどという、そこの男のことですか?」
「えぇ」
「彼からは聞き取りを行います」
聞き取り。何だか嫌な響きだ。
色々あった後で心が荒んでいるせいかもしれないが、聞き取りという名の酷いことが行われそうな気がして仕方がない。
「聞き取りとは、具体的にどのようなことを?」
「それは王女様には関係のないことです」
シュヴァルは笑顔のまま、きっぱりとそう返してきた。聞き取りの具体的な内容を私に教える気はないようだ。
「まさか、私には言えないようなことをするつもり? ベルンハルトに乱暴なことをするのは、絶対に許さないわよ」
ベルンハルトは私を嫌っているのだろうが、私は彼を嫌いではない。それに、好き嫌いを除けて考えても、彼は命の恩人だ。
「王女様はなぜ、そんなにも、そこのベルンハルトなどという男を気にかけていらっしゃるのです? もしや……異性として気に入られました?」
シュヴァルは、にやりと、嫌らしい笑みを浮かべる。
……これは完全に、悪意があるパターンだ。
王女といえども、ただの娘。そんな風に馬鹿にされているのかもしれない。
「そういうことなら、顔を傷物にするようなことは致しません。ご安心を」
どうやら、すっかり誤解されてしまっているようだ。
「……そんなのじゃないわ」
「隠さずとも構いませんよ、王女様。お気に召す者がいて安心しました」
「命の恩人だから、傷ついてほしくない。ただそれだけのことだわ」
「ふふふ。否定なさるところが初々しくて、可愛らしいです」
違うと言っているじゃない!
そう叫びたい衝動に駆られるも、ぐっとこらえた。
今は喧嘩している時ではない、と思ったからだ。
時が経つにつれ、生の温もりは失われ、残るのは陶器人形のような感触だけ。
「……ヘレナ」
彼女は銃口を向けられた私を救おうと、ダンダに厳しい言葉をかけた。そして、撃たれた。私のせいで命を落としたも同然だ。
「……ごめんなさい」
また一つ、命が奪われた。
私が王女だったから。私が無力だったから。
王女というこの身分は、結局、悲劇しか引き寄せない。もう誰も犠牲にするまいと、これまで新しい従者をとらずにきたのに、やはりまた犠牲を出してしまった。
「本当に……ごめんなさい、ヘレナ」
その冷えきった体を抱き、私はそっと謝る。
謝ったからといって、彼女が生き返るわけではないのだけれど。
部屋に静寂が訪れてから、どのくらいの時間が経っただろうか。ヘレナの死をすぐに受け入れることができずにいた私には、あれからどのくらい時が経ったのか、よく分からない。
ただ、気がつけば人が来ていた。
ヘレナの亡骸を抱いて固まっていた私に、最初に話しかけてきたのは、星王の側近である男性だった。
「王女様、一体何があったのです?」
「……貴方は」
「シュヴァル・リンクですよ。王女様のお父上、星王様の側近です」
「……そう。そうだったわね。思い出したわ」
シュヴァル・リンク——その名前は聞き覚えがある。
あまり詳しくは知らないが、日頃の生活の中で聞いたのだろうと思う。
三割くらい白髪の混じった灰色の髪に、彫りの深いはっきりとした顔立ち。瞳は灰色を少し混ぜたような水色をしている。
シュヴァルは、そんな男性だ。
「これは一体、何がどうなったのです?」
「……ダンダという人が、私を」
なるべくちゃんと伝わるように説明しようと頑張ってみたけれど、完璧な説明をすることは難しかった。
「彼が……ベルンハルトがいなければ、今頃……私も」
そんな風に途切れ途切れながら話していた時だ。
シュヴァルは遠くを眺めるような目つきをしながら、近くにいても聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、「役立たずめ」と呟いた。
「ヘレナは役立たずではないわ!」
誰に対しての言葉なのか分からないにもかかわらず、私はそんなことを言ってしまった。うっかり、言葉が口から滑り出てしまったのである。
いきなり鋭い声を浴びせられたシュヴァルは、顔面に戸惑いの色を浮かべた。
だが、少しすると柔らかな笑顔になる。
「まさか。彼女のことではありませんよ」
ならば、誰に対しての言葉だというのか。
「さっきの言葉はヘレナに対してのものではない、と言うのね?」
「えぇ、もちろんです。命を懸けて王女様を護ったのならば、従者の鏡と言えるでしょう。役立たずなどではありません」
「そう……そうよね」
ヘレナのことは好きではなかった。だがそれでも、彼女を否定されるのは良い気分がしない。まるで私が否定されているかのような心境に陥るからだ。
「シュヴァル……貴方が心ない人でなくて、良かったわ」
私がそう言うと、彼は笑顔のまま言葉を返してくる。
「心配なさらないで下さい。このシュヴァル・リンク、心ない行為は絶対に致しませんから」
他人が悲しんでいる時に、屈託のない笑みを浮かべていられるのが、とても不思議だ。
ただ、今はそんな細かいことに注目しているような状況ではない。それゆえ私は、シュヴァルが笑顔でいることを指摘しはしなかった。
「王女様、色々あってお疲れでしょう。一度、星王様のところまでお連れします」
「父のところへ?」
「はい。従者が完全にいなくなった今、お一人でいらっしゃると危険ですから」
確かに、そうだ。
従者がいなくなったのをチャンスと思い、さらに私を狙ってくる者がいる可能性は、否定できない。
「星王様のいらっしゃるところまで、案内します」
「ありがとう」
礼を言いながら立ち上がる。
その瞬間、視界の端に、再び身を拘束されたベルンハルトの姿が入り込んだ。
「シュヴァル。彼をどうするつもり?」
まさかそんなことはないだろうが、もし彼が罪人扱いされるようなことがあっては大変だ。なので一応確認しておいた。
「ベルンハルトなどという、そこの男のことですか?」
「えぇ」
「彼からは聞き取りを行います」
聞き取り。何だか嫌な響きだ。
色々あった後で心が荒んでいるせいかもしれないが、聞き取りという名の酷いことが行われそうな気がして仕方がない。
「聞き取りとは、具体的にどのようなことを?」
「それは王女様には関係のないことです」
シュヴァルは笑顔のまま、きっぱりとそう返してきた。聞き取りの具体的な内容を私に教える気はないようだ。
「まさか、私には言えないようなことをするつもり? ベルンハルトに乱暴なことをするのは、絶対に許さないわよ」
ベルンハルトは私を嫌っているのだろうが、私は彼を嫌いではない。それに、好き嫌いを除けて考えても、彼は命の恩人だ。
「王女様はなぜ、そんなにも、そこのベルンハルトなどという男を気にかけていらっしゃるのです? もしや……異性として気に入られました?」
シュヴァルは、にやりと、嫌らしい笑みを浮かべる。
……これは完全に、悪意があるパターンだ。
王女といえども、ただの娘。そんな風に馬鹿にされているのかもしれない。
「そういうことなら、顔を傷物にするようなことは致しません。ご安心を」
どうやら、すっかり誤解されてしまっているようだ。
「……そんなのじゃないわ」
「隠さずとも構いませんよ、王女様。お気に召す者がいて安心しました」
「命の恩人だから、傷ついてほしくない。ただそれだけのことだわ」
「ふふふ。否定なさるところが初々しくて、可愛らしいです」
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