イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
8 / 157

7話 彼と星王

しおりを挟む
 シュヴァルは許可を得ると、一度星王の間を出ていく。そして、数分してから戻ってきた。

 戻ってきたシュヴァルの背後には、ベルンハルトの姿がある。ベルンハルトは、やはり鋭い目つきをしていた。彼の心は、まだ解けていないようである。

「ベルンハルトを連れて参りました」

 シュヴァルは父親に対しそう言った。
 続けて、私の方へ顔を向けてくる。

「王女様、ご安心を。顔に傷はつけておりません」

 う……まただ……。

 こういうことを言われるのは想像の範囲内ではあるが、正直、あまり嬉しいことではない。

「おかしなことは言わないでちょうだいね、シュヴァル」

 父親に誤解されたら、非常にややこしいことになりそうだ。だから、前もってシュヴァルにそう忠告しておいた。先に忠告しておかないと、どのようなことを言われるか分かったものでないから。

「えぇ、もちろん。このシュヴァル、余計な口は開きません」

 シュヴァルは笑顔で応じてくれた。だが、笑顔のせいであまり信用できない。

 ……やはり、一応警戒しておかなくては。

「噂の彼を連れてきてくれたんだな、シュヴァル」
「はい。お連れしました」

 シュヴァルは軽くお辞儀をし、背後に立っていたベルンハルトの体を前へと押し出す。
 それに対しベルンハルトは、シュヴァルを冷たく睨んだ。恐らく、乱雑に扱われたのが不愉快だったのだろう。

「そうやって、すぐに他人を睨むのはよくありませんよ」
「余計なお世話だ」

 ベルンハルトは相変わらずだ。しかし父親はというと、明るい笑みを浮かべて、ベルンハルトに話しかけようとしていた。

「初めまして。君が噂の男の子だね」

 今のところ、ベルンハルトのことを悪くは思っていないらしい。
 それが分かり、私は密かに安堵した。星王である父親がベルンハルトを嫌ってしまえば、彼の立場は危うくなる一方だから。

「シュヴァルから、イーダの従者になってくれる予定だと聞いているよ」

 父親がそう言うと、ベルンハルトは怪訝な顔をする。

「それは間違いだ。オルマリンの女に仕える気はない」
「なっ! そうなのか?」
「僕は仕えるとは言っていない」
「そんなぁ!」

 ベルンハルトにきっぱりと返され、父親は星王らしからぬ情けない声を出した。

 私の父親には星王としての威厳が欠けている——素直にそう感じた。

 彼が優しく悪人でないことは、もちろん知っている。それはもう、嫌というほど。一人の人間という意味では、彼は善い人だと思う。ただ、娘の私から見ても、彼が星王に相応しくないことは明らかだ。

 善良な人間であることと、人々の上に立つに相応しい人間であることは、必ずしも一致するものではない。

「イーダの傍にいてくれるという話は、嘘だったのか!?」
「嘘ではない。僕はそもそも、『仕える』とは言っていない」

 星王の前であっても淡々とした態度を崩さないベルンハルトの度胸は、なかなかのものだ。媚を売ろうとしていないところが、良い意味で印象的である。

「勝手に話を進めておきながら、僕が嘘をついたかのように言われるのは、非常に不愉快だ」
「確かに……それもそうだな。すまなかった!」

 父親は頭を下げ、謝罪した。

 その素直すぎる対応に、近くで見ていたシュヴァルは驚いた顔をする。まるで珍妙な生物を見たかのように、目をぱちぱちさせていた。

「そういうことなら、今ここで改めてお願いしよう! イーダの従者になってやってくれぇ!」
「断る。僕はオルマリンには仕えない」

 即答だった。

 星王相手に、こうもはっきりと断れるなんて、ベルンハルトはある意味逸材かもしれない。

「なら、夕食だけでも一緒に! それで心が変わらなければ、断ってくれて構わないっ!」

 どうやら父親は、ベルンハルトを気に入っているようだ。父親は今、ベルンハルトの頑なな心を動かそうと必死である。

「……なぜ、そのようなことを言うのか」

 しばらく黙り込んでいたベルンハルトが放ったのは、そんな言葉だった。

「僕はオルマリン人ではない。それゆえ迫害を受けてきた」

 ゆっくりと口を動かす彼の、その細い目からは、どことなく哀愁が漂っている。何か、言葉として発することのできない複雑な思いが、胸のうちにあるのかもしれない。

「だから、突然態度を変えられても、そう容易く納得することはできない」

 ベルンハルトの口から放たれる言葉。それは、彼が生きてきた人生を垣間見ることができるような、静かで寂しげなものであった。

「……ベルンハルト。貴方は、オルマリンを恨んでいるの?」
「そうだ。僕はオルマリン人と分かりあえるとは考えていない」
「でも、あの時は助けてくれたわよね」

 ダンダに命を狙われた時、頼んだわけでもないのに、彼は私を救ってくれた。
 あの優しさが幻だったとは、どうしても思えない。

「私がオルマリン人だということは知っていたはずよね。にもかかわらず助けてくれたのは……なぜ?」

 少し怖いが、ベルンハルトの顔へ視線を向ける。すると、彼も私の顔を見ていたことが分かった。

 偶然に過ぎないのだろう。
 ただ、今はなぜか、得体の知れない運命のようなものを感じる。

「あの男を殺れる機会を逃すわけにはいかなかった。ただそれだけだ」
「ダンダという人に恨みがあっただけ、ということ?」
「そうだ」
「じゃあ……私を助けてくれたわけではなかったのね?」
「そういうことだ」

 助けてくれたのだと思っていたが、それ自体が間違いだったというのか。

「そうだったのね」

 なぜだろう、妙に悲しい。

 彼なら私を護ってくれるかも——そんな風に期待している部分があったから、悲しいのかもしれない。

「イーダを護ることが目的でなかったということなのかっ!?」

 個人的にしんみりしていたところ、それをぶち破るように、父親が声を発した。

「こんなに可愛いイーダより、他の男へ意識を向けていたというのか!? 君は正気かっ!?」

 しんみりしていたのが吹き飛んだのはありがたいことだ。
 ……が、親馬鹿は大概にしてほしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...