イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
11 / 157

10話 僕一人に戦わせるつもりか

しおりを挟む
 食器が割れる甲高い音は、誰かがあげた悲鳴であるかのように、空気を揺らす。

 私は恐怖の泉に突き落とされながらも、声を発することなく、椅子の陰に隠れていた。

 ここは星王の間だ。扉の向こう側には警備の者がいるはずである。いくら扉の向こう側にいるとしても、これだけの音が響いていれば異変に気づくはず。

 ……なのに。

 誰一人として助けに来てくれない。それは一体なぜなのか。

「ここには警備の者はいないのか」
「いや! 扉の向こうにいる!」

 椅子の陰に隠れつつ耳をすますと、ベルンハルトと父親が話している声が聞こえた。やはりベルンハルトも、この状況で誰も来ないことに違和感を持っているようだ。

「なぜ駆けつけない……っ」
「ベルンハルト! 大丈夫かぁ!?」

 父親が声を大きくする。
 ベルンハルトに何かあったのだろうか。少し心配だ。

「問題ない、軽傷だ」
「ならいいが……って、うわっ!」

 直後、足音が聞こえてきた。一人二人ではない足音だ。大体五人分くらいだろうか。

 ——やっと助けにきてくれた!

 私は最初そう思った。
 が、その嬉しさは、一瞬にして恐怖に変わる。

「窓から入ってくるとは何事だぁっ!?」

 父親がそう叫ぶのを、耳にしてしまったからだ。

 彼の言葉を聞けば、やって来たのが味方でないことは明らか。警備の者が窓から入ってくるはずがないのだから。

 足音が近づいてくる。

 様子を窺おうと、椅子の隙間からほんの少しだけ顔を出すと、こちらへ進んでくる男の姿が見えた。
 部屋へ入ってきているのは一人ではないのだろうが、私の方へ近づいてきているのは一人だけだ。

 どうする? どうればいい?

 私は頭を巡らせる。
 元々さほど聡明ではないが、取り敢えず考え続けた。

「おぉっ! 王女隠れてんじゃねーか!」

 私の存在は既にばれてしまっているようだ。となると、ここから引きずり出されるのも、時間の問題だろう。このまま隠れている、なんて選択肢は、もはや選べない。

「イーダ! 気をつけろぉっ!」

 馬鹿みたいに叫ぶ父親の声が聞こえた。

「引っ張り出してやんぜぇ!」

 男が椅子に顔を近づけてきた——その瞬間を狙い、椅子を一気に押す。

「ぐべっ!」

 椅子は男の顔面に直撃。
 顔面を強打した男は、情けない声を出した後、その岩のような鼻を押さえていた。

「何すんでぇい!」
「……ごめんなさい」

 一応謝罪して、椅子の陰から出る。男のいない方を通り、父親に合流した。

「イーダ! 無事か!」
「えぇ、何とか」
「あいつら、銃を持っているからな。イーダも気をつけないと駄目だぞ」

 そう話す父親の手には、拳銃が握られていた。

 父親が持っている拳銃は、使い込まれた感じがまったくない拳銃だ。星王が銃撃戦をする機会など滅多にない、ということが伝わってくる。

「ベルンハルトは?」
「彼は戦ってくれている」
「そうなの?」

 ここまで移動する間、周囲を見る余裕などほとんどなかった。それゆえ、ベルンハルトを見つけることはできなかったのだが、どうやら戦ってくれているようだ。

 テーブルの隙間から、音のする方へ視線を向ける。
 すると、一人の男を投げ飛ばし銃を奪うベルンハルトの姿が見えた。

「父さんが頼んだの?」
「そうだ。イーダの身に何かあったら、堪らないからな」

 そう言ってから、父親は私の体をぎゅっと抱く。

「何度も怖い目に遭わせて、ごめんな」

 温もりが全身を包み込む。いつまでもこうしていたいと思うような、そんな温もりだ。
 けれども、温かさを感じるほどに辛くなる自分がいた。この温もりを失う日を想像して、胸が痛くなるのである。

「気にしないで。父さんは悪くないわ」
「イーダ、優しいな! 誇らしい娘だ!」
「だ、抱き締めるのは止めてっ」

 こんなことをしている場合ではない。それは分かっているにもかかわらず、私と父親は、なぜか揉み合いになる。

 だが、ベルンハルトが一旦下がってきたことで、私たちの揉み合いは収まった。

「親子揃って何をしている」

 男から奪い取った銃を胸元に構えているベルンハルトは、私たちを一瞥した後、呆れたように呟く。これはもう、完全に馬鹿だと思われてしまったかもしれない。

「僕一人に戦わせるつもりか」

 ベルンハルトは不満げだ。

「念のため言っておくが、僕一人で勝てる保証はない」
「何ぃ!? そうなのかぁっ!?」

 父親は驚いた顔をする。
 どうやら、彼にはその発想はなかったようだ。

「警備の者を呼んできた方がいい」

 ベルンハルトは胸元に抱えた銃の引き金を引く。すると、ダダダ、と凄まじい音が響いた。硝煙の香りが漂ってくる。

「僕一人でできることには、限りがある」
「なら、加勢するぞ!」

 父親はそう返すと、拳銃を手に、腰を上げる。

「……できるのか?」
「当然だ! これでもオルマリンの星王だからな!」
「そうか」

 ベルンハルトと父親はそれぞれ武器を構え、侵入者の男たちへと弾丸を放つ。発砲の音にまぎれて、男たちの声も聞こえてくる。

 私の位置から状況をはっきり掴むことはできない。
 だが、男の悲鳴が聞こえてくるところから察するに、一人か二人は倒せているものと思われる。

 けれど、数では負けている。

 ベルンハルトとあまり強くない父親の二人だけで、侵入者全員を倒しきれるかといったら、それは分からない。

 私も力にならなければ。
 そう思い立ち、扉へと駆けた。

 扉の外へ行けば警備の者がいるはずだ。そこでこの状況を伝えれば、彼らはきっと助けに来てくれるーーそう思ったからである。

「イーダ!?」
「人を呼んでくるわ!」

 父親にそう返し、扉のロックを解除する。解除作業は思ったよりスムーズにできた。

 扉を開け、部屋の外へ出かけた——その時。

「イーダ! 危ないっ!」
「……え」
「避けるんだっ!!」

 父親の緊迫した言葉が耳に入ったのとほぼ同時に、私の首もとを銃弾が通過していく。

 ぎりぎり当たりはしなかったものの、髪が切れ、ひと房はらりと地面へ落ちた。その銃弾は、最後、扉に突き刺さった。

 ダメージはない。けれど、初めて体験したかなり危機的な状況に、私は体を動かせなくなってしまった。今や、恐怖に全身を支配されてしまっている。

「イーダ! すぐに行くからなぁっ!!」

 父親はこちらへ駆けてくる。

 ——その右肩を、銃弾が貫いた。

「父さんっ!」
「く……はっ……」

 赤いものが視界を舞う。
 まるで、花びらが儚く散ってゆくかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...