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14話 従者
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リンディアが反乱について話したせいだろうか。ベルンハルトは、今までにないくらい、恐ろしい顔つきをしている。もはや人の域を超えている、と言っても過言ではないような、憎しみに満ちた表情だ。
だが、当のリンディアは、少しも怯んでいない。
「なーによ。いきなりキレちゃって」
怯むどころか、余計に刺激するような発言を続けるので、こちらがハラハラする。ベルンハルトがさらに怒ったらどうしよう、なんて考えると、不安になってしまうのだ。
「その気性の荒さ、父親譲りかしらねー」
「り、リンディア。それ以上刺激しない方がいいわ」
「大丈夫よ、イーダ王女。もしこいつが何かやらかしても、あたしがちゃーんと護るから」
いや、そういう問題ではないのだが……。
そんな風に思いながら返答に困っていると、ベルンハルトが鋭い表情のまま口を開いた。
「念のため言っておくが、僕はそこまで馬鹿者ではない」
彼は、はっきりと言いきった。
こうも言いきってしまえるというのは、少し憧れる。私にはあまりできないことだから。
「見境なく攻撃したりはしない」
ベルンハルトが淡々とした調子で述べると、リンディアは片側の口角をそっと持ち上げる。
「ふーん、なるほど。イーダ王女のこと、嫌ってはいないのねー」
「……何だと」
「オルマリン嫌いと噂のアンタのことだから、もっと憎しみを向けているものだと、そー思ってたわー」
リンディアが明るくもまったりした調子で言うと、ベルンハルトは微かに俯く。それから数秒して、再び面を持ち上げると、ほんの少しだけ穏やかになった凛々しい顔で返す。
「いや。最初は嫌っていた」
……はっきりと言われてしまった。少し辛い。
「あら、そーなの?」
「そうだ」
「じゃ、今は嫌いではなくなったーってことなのね?」
長い睫毛の生えた目をぱちぱちさせながら確認するリンディア。
その確認に対し、ベルンハルトは一度だけ小さく頷く。
「少しだが、心が変わった」
ベルンハルトの瞳は凛々しい。けれども、どこか悲しげな雰囲気をまとってもいる。一つの単語では到底説明できないような目つきを、今の彼はしていた。
「心が変わったーって、どーいうことよ」
「……お前に話す気はない」
「は!? ちょっと、何よその口の利き方!」
「お、落ち着いて、リンディア」
「あたしのことをお前呼ばわりして、ただで済むと思ったら大間違いよ!」
ベルンハルトに「お前」と呼ばれたことに、リンディアは激高する。
私は何とか彼女を静めようと声をかけてみたが、ほぼ無視、という状態だった。憤慨する彼女を落ち着かせるほどの力は、私にはなかったようだ。
躊躇いなく怒りを露わにするリンディアは、かなりの迫力。
しかし、ベルンハルトにしてみればたいしたことではないらしく、彼はリンディアを無視して、私へと歩み寄ってきた。
一メートル離れているか離れていないかくらいの距離で足を止めると、彼は、私の顔をじっと見つめてくる。何か言いたげな眼差しだ。
「何か、お話?」
黙って凝視され続けるのも怖いので、小さな声で尋ねてみた。
すると彼は、真一文字に結んでいた唇を動かす。
「……気が変わった」
控えめな声。ただ、彼の真っ直ぐな性格がよく伝わってくる声色だ。彼らしい声、というのが相応しいだろうか。
「イーダ・オルマリン。貴女に仕えても構わない」
「え?」
いきなりの言葉に、私は思わず情けない声を出してしまった。
「それは、その、私の従者になろうかなって思ってくれたということ?」
脳内は大嵐。正直なことを言うなら、今かなり動揺している。頭の中は混乱状態だ。
けれども、それが他人にばれたら恥ずかしい。
だから私は、懸命に、平静を保つよう努めた。
……いや、そう見えるように振る舞うよう努めた、が正しい。
「そうだ」
「えっと……本気なの?」
「嘘は言わない」
言葉を交わしている間、彼はずっと、私を真っ直ぐに見ていた。
その見つめ方を見れば、彼の言葉が本気であるということは、いとも簡単に分かる。嘘を言っている人間がこんなにも真っ直ぐな見つめ方をするとは考え難い。
「でもね、ベルンハルト。その……今さらこんなことを言うのも問題だけれど、私、従者に傍にいてもらうのは、怖いの」
ベルンハルトは首を傾げる。
「ヘレナが殺されたところは貴女も見たでしょう。ああいうことが、前にもあったのよ。それから……誰かに傍にいてもらう気にはなれなくて」
リンディアからの視線も感じる。だが彼女は何も言ってこない。ただ、私へ視線を向けているだけだ。
「私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌で……」
「僕は死なない」
唐突に放たれた言葉に、半ば無意識に目を見開いてしまう。
死なない——その言葉をこんなにもはっきりと告げられたことは、今まで一度もなかったからだ。
どこに死なない根拠があるというのか。
何を根拠として死なないと断言できるのか。
ただ一言、そんな短い言葉を言われただけで信じてしまうなんて、普通ならあり得ないこと。
けれども、彼の唇から出たその言葉には、聞いた者に言葉を信じさせてしまう不思議な力があった。魔法かと勘違いしてしまうような、明らかに普通でない力が。
「どうだろうか」
「……ベルンハルト」
「最終的に決めるのは貴女だ」
ベルンハルトの瞳には、私の姿が映り込んでいる。彼はそれほどに、こちらを凝視していたのだ。
信じてもいいのだろうか——彼を。
「……そうね」
もう二度と、新しい従者は迎えない。まったく関係のない人を巻き込んでしまうことになるから。
かつて私はそう決意した。
だが、その決意は揺らぎつつある。
……いや、本当は、とうに崩れていたのだろう。
ベルンハルトに助けてもらったあの時から。
「よろしくお願いします」
私はベルンハルトへ片手を差し出す。
「せっかく、ベルンハルトが仕えてもいいという気になってくれたのだもの。断る理由なんてないわ。だから、これからよろしく」
いきなり手を差し出されたことに、一瞬戸惑いの表情を浮かべるベルンハルトだったが、すぐに普段通りの淡白な顔つきに戻る。そして、私の出した手を握ってくれた。
「決まりだな」
「えぇ、頼りにしているわ」
「僕にできることはする」
「ありがとう。けれど……くれぐれも無理はしないでちょうだいね。命を落とすようなことがあったら、悲しいから」
もう二度と、あんなことは繰り返さない。
従者に命を落とさせたりはしたくない。
彼ならーーベルンハルトなら、その願いを叶えてくれるだろう。きっと。
だが、当のリンディアは、少しも怯んでいない。
「なーによ。いきなりキレちゃって」
怯むどころか、余計に刺激するような発言を続けるので、こちらがハラハラする。ベルンハルトがさらに怒ったらどうしよう、なんて考えると、不安になってしまうのだ。
「その気性の荒さ、父親譲りかしらねー」
「り、リンディア。それ以上刺激しない方がいいわ」
「大丈夫よ、イーダ王女。もしこいつが何かやらかしても、あたしがちゃーんと護るから」
いや、そういう問題ではないのだが……。
そんな風に思いながら返答に困っていると、ベルンハルトが鋭い表情のまま口を開いた。
「念のため言っておくが、僕はそこまで馬鹿者ではない」
彼は、はっきりと言いきった。
こうも言いきってしまえるというのは、少し憧れる。私にはあまりできないことだから。
「見境なく攻撃したりはしない」
ベルンハルトが淡々とした調子で述べると、リンディアは片側の口角をそっと持ち上げる。
「ふーん、なるほど。イーダ王女のこと、嫌ってはいないのねー」
「……何だと」
「オルマリン嫌いと噂のアンタのことだから、もっと憎しみを向けているものだと、そー思ってたわー」
リンディアが明るくもまったりした調子で言うと、ベルンハルトは微かに俯く。それから数秒して、再び面を持ち上げると、ほんの少しだけ穏やかになった凛々しい顔で返す。
「いや。最初は嫌っていた」
……はっきりと言われてしまった。少し辛い。
「あら、そーなの?」
「そうだ」
「じゃ、今は嫌いではなくなったーってことなのね?」
長い睫毛の生えた目をぱちぱちさせながら確認するリンディア。
その確認に対し、ベルンハルトは一度だけ小さく頷く。
「少しだが、心が変わった」
ベルンハルトの瞳は凛々しい。けれども、どこか悲しげな雰囲気をまとってもいる。一つの単語では到底説明できないような目つきを、今の彼はしていた。
「心が変わったーって、どーいうことよ」
「……お前に話す気はない」
「は!? ちょっと、何よその口の利き方!」
「お、落ち着いて、リンディア」
「あたしのことをお前呼ばわりして、ただで済むと思ったら大間違いよ!」
ベルンハルトに「お前」と呼ばれたことに、リンディアは激高する。
私は何とか彼女を静めようと声をかけてみたが、ほぼ無視、という状態だった。憤慨する彼女を落ち着かせるほどの力は、私にはなかったようだ。
躊躇いなく怒りを露わにするリンディアは、かなりの迫力。
しかし、ベルンハルトにしてみればたいしたことではないらしく、彼はリンディアを無視して、私へと歩み寄ってきた。
一メートル離れているか離れていないかくらいの距離で足を止めると、彼は、私の顔をじっと見つめてくる。何か言いたげな眼差しだ。
「何か、お話?」
黙って凝視され続けるのも怖いので、小さな声で尋ねてみた。
すると彼は、真一文字に結んでいた唇を動かす。
「……気が変わった」
控えめな声。ただ、彼の真っ直ぐな性格がよく伝わってくる声色だ。彼らしい声、というのが相応しいだろうか。
「イーダ・オルマリン。貴女に仕えても構わない」
「え?」
いきなりの言葉に、私は思わず情けない声を出してしまった。
「それは、その、私の従者になろうかなって思ってくれたということ?」
脳内は大嵐。正直なことを言うなら、今かなり動揺している。頭の中は混乱状態だ。
けれども、それが他人にばれたら恥ずかしい。
だから私は、懸命に、平静を保つよう努めた。
……いや、そう見えるように振る舞うよう努めた、が正しい。
「そうだ」
「えっと……本気なの?」
「嘘は言わない」
言葉を交わしている間、彼はずっと、私を真っ直ぐに見ていた。
その見つめ方を見れば、彼の言葉が本気であるということは、いとも簡単に分かる。嘘を言っている人間がこんなにも真っ直ぐな見つめ方をするとは考え難い。
「でもね、ベルンハルト。その……今さらこんなことを言うのも問題だけれど、私、従者に傍にいてもらうのは、怖いの」
ベルンハルトは首を傾げる。
「ヘレナが殺されたところは貴女も見たでしょう。ああいうことが、前にもあったのよ。それから……誰かに傍にいてもらう気にはなれなくて」
リンディアからの視線も感じる。だが彼女は何も言ってこない。ただ、私へ視線を向けているだけだ。
「私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌で……」
「僕は死なない」
唐突に放たれた言葉に、半ば無意識に目を見開いてしまう。
死なない——その言葉をこんなにもはっきりと告げられたことは、今まで一度もなかったからだ。
どこに死なない根拠があるというのか。
何を根拠として死なないと断言できるのか。
ただ一言、そんな短い言葉を言われただけで信じてしまうなんて、普通ならあり得ないこと。
けれども、彼の唇から出たその言葉には、聞いた者に言葉を信じさせてしまう不思議な力があった。魔法かと勘違いしてしまうような、明らかに普通でない力が。
「どうだろうか」
「……ベルンハルト」
「最終的に決めるのは貴女だ」
ベルンハルトの瞳には、私の姿が映り込んでいる。彼はそれほどに、こちらを凝視していたのだ。
信じてもいいのだろうか——彼を。
「……そうね」
もう二度と、新しい従者は迎えない。まったく関係のない人を巻き込んでしまうことになるから。
かつて私はそう決意した。
だが、その決意は揺らぎつつある。
……いや、本当は、とうに崩れていたのだろう。
ベルンハルトに助けてもらったあの時から。
「よろしくお願いします」
私はベルンハルトへ片手を差し出す。
「せっかく、ベルンハルトが仕えてもいいという気になってくれたのだもの。断る理由なんてないわ。だから、これからよろしく」
いきなり手を差し出されたことに、一瞬戸惑いの表情を浮かべるベルンハルトだったが、すぐに普段通りの淡白な顔つきに戻る。そして、私の出した手を握ってくれた。
「決まりだな」
「えぇ、頼りにしているわ」
「僕にできることはする」
「ありがとう。けれど……くれぐれも無理はしないでちょうだいね。命を落とすようなことがあったら、悲しいから」
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