イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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19話 共用浴場

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「凄い! 広い!」

 リンディアと一緒に共用浴場へ入った瞬間、私は思わず叫んでしまった。驚きの広さだったからである。

「そりゃそーよ。大勢が一斉に使うもの」

 彼女の言葉に、なるほど、と納得する。

 私の部屋の浴室なら私しか使わないが、この共用浴場は誰か一人だけが使うという場所ではない。そう考えれば、驚くべき広さであることも納得できる。

「温かいお風呂もあるわ。なかなかナイスなところでしょー?」
「えぇ。面白いところね」

 素敵なところだとは思う。
 しかし、周囲に人がいる場所で肌をさらすということが、どうも慣れない。

「他人もいるのに肌を見せていいところが不思議だわ」
「ま、お風呂だもの。むしろ当然じゃない?」
「そういうものなのね……」

 当然と言われてしまえばそれまでだ。
 私にとっては特別でも、皆にとっては当然。そういうことも、世には多くあるのかもしれない。

 リンディアと話しながらシャワーの方へと歩いていっていると、ふと、耳に言葉が飛び込んできた。

「ねぇあれ、王女様じゃない?」

 若い女性と思われる声だ。

「えー。王女様はこんなところに来ないってー」
「でも、そっくりだよ?」
「ないない。きっと、新しい侍女か何かだってば」
「そうかな……ま、そうだよね。引きこもりの王女様が共用浴場になんて来れるはずないもんね」

 私のことを話しているのは、どうやら二人組のようだ。明るい声に軽やかな口調でありながら、その端々からは悪意の欠片が感じ取れる。もしかしたら、私のことをあまりよく思っていないのかもしれない。

 そんなことを考えて一人もやもやしていた、その時。

「アンタたち!」

 リンディアが、先ほど私のことを話していた女性たちの方に向けて言い放った。

「せーかいよ。この娘は王女様」

 続けてリンディアは、女性二人組にずんずん近寄っていく。

「言葉には気をつけた方がいーわよ?」
「な、何ですか! いきなり!」
「王女様に嫌みを言う馬鹿者には天罰が下るわ。ま、アンタらなんて、べつにどーでもいーけど」

 リンディアはそこまで言い、再び私の方へ戻ってくる。

「行きましょ、イーダ王女。あんな馬鹿者は無視でいーから」

 無視でいい、と言われても、そう簡単に無視なんてできない。聞いてしまった以上、どうしても真剣に受け止めてしまう。

「ね?」
「……えぇ」

 部屋の外はやはり冷たい。

 私にはまだ、厳しい世界だ。


 その日、父親はまだ目を覚まさなかった。穏やかな顔をしてはいたけれど、ずっと眠っているだけで。何度か声をかけてはみたのだが、返答は一切無し。私が下手に動いたせいでこんなことになってしまったのだと思うと、胸は痛むばかりだった。


 翌日、私は朝から黒いワンピースに着替えた。
 ヘレナの葬儀に備えて、である。

「着替えたのか」

 黒いワンピースへの着替えを終えた私へ一番に話しかけてきたのは、ベルンハルト。彼はなぜか、私を凝視している。

「……どこか変?」
「い、いや」

 ベルンハルトは少し慌てた様子で、首を左右に動かした。

 どうしたのだろう。様子がおかしい。

「どうしたの? ベルンハルト。様子が変よ」
「いや、べつに変ではない」
「大丈夫?」
「あ、あぁ」

 ベルンハルトは私から視線を逸らしながら、ぎこちない返答をする。きっぱりと物を言う彼らしくない言葉の発し方だ。

 そこへ、リンディアが口を挟んでくる。

「あら、素敵。なかなか似合ってるじゃなーい」
「本当に?」
「つかないわよ、嘘なんて」
「ありがとう……!」

 よく見ると、リンディアも黒いワンピースに着替えていた。彼女も参加するから着替えたのだろう。きっちりした印象のワンピースゆえ、彼女が着ていると少し不思議な感じもするが、それなりに似合ってはいる。

「お前も着替えたのか」
「そーよ。参加するんだもの、仕方ないじゃなーい」
「いや、べつに。悪いとは言っていない。ただ」
「……ん? 何よ」

 意外と話すベルンハルトに、リンディアは怪訝な顔をする。

「あまり似合ってはいないと思ってな」
「は!? 何ですって!?」

 ……まずい、リンディアが怒り出しそうだ。

「何なのよ! いきなり!」
「いや、ただ真実を述べたまでなのだが」
「本っ当に嫌なやつね! アンタ!」

 あぁ……またしても……。

「不愉快極まりないわ!」
「落ち着いて、リンディア。ベルンハルトもきっと、悪気はないと思うの」

 何とか静止しようとそう述べると、憤慨していたリンディアはこちらを向いた。

「……そーね。相手にするだけ無駄よねー」

 最後の一文のせいで頷けないが、取り敢えず落ち着いてくれたのでホッとした。これなら、本格的な喧嘩に発展することもないだろう。

 しかし、そんな風に安堵したのも、束の間。
 ベルンハルトはさらに言葉を発する。

「ちゃんと護ってくれよ」
「あたしに言ってるのかしら」
「そうだ。何があるか分からない、常に警戒を怠るな」

 するとリンディアは、腰につけていたホルスターから赤い拳銃を抜く。そして、その銃口をベルンハルトの顔へ向けた。

「心配しなくていーわよ。あたしはアンタみたく戦い慣れしてない人間じゃないから」

 一瞬どうなることかと焦ったが、リンディアは言うだけ言って、拳銃を腰のホルスターへとしまった。撃つつもりはなかったようだ。

「こー見えてもあたし、オルマリンじゃトップクラスだもの」
「そうか。ならいいが」

 自慢げなリンディアに対し、ベルンハルトはあっさりと返す。彼には、リンディアへの関心というものは存在しないようである。

「頼りにしているわね、リンディア」
「どんどん頼りにしちゃっていーわよ!」
「ありがとう。嬉しいわ」

 相変わらず自慢げな顔つきのリンディアを見て、ベルンハルトは顔をしかめていた。見たくないものを見てしまった、というような顔をしていたのである。

 だが私としては、優秀な者が傍で守ってくれるというのは、嬉しいことだ。

 自称とはいえ、オルマリントップクラスを名乗るほどの者ならば、ちょっとやそっとでくたばったりはしないはず。そういう意味で、嬉しいのである。
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