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18話 慣れないことでも、少しずつ
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ベルンハルトと話をしていると、唐突に扉が開いた。
何事かと一瞬身構えてしまったが、ただリンディアが入ってきただけだった。
「戻ったわよー」
リンディアは昨日と同じ服装だ。大人の女性、といった雰囲気も健在である。
「おはよう、リンディア。どこかへ行っていたの?」
「そーなの。ちょっと用事があったのよー」
私の問いに、リンディアは笑顔で答えてくれた。
大人びた顔に笑みが浮かぶその様は、美しく、女性らしい魅力に満ちている。余裕がある、ということが伝わってくるところも、印象的だ。
「用事って?」
「ヘレナって人の葬儀に関する連絡があったの」
「ヘレナの!?」
意外だった。
リンディアの口からヘレナの名が出てくるなんて。
「そーよ。明日執り行われるらしいわ。イーダ王女も当然参加なさるわよねー?」
「えぇ。もちろんよ」
「じゃ、あたしも喪服を用意しなくちゃならないわねー」
人が亡くなったことに関する話をしているにしては、随分軽い口調だ。
リンディアはヘレナのことを知らない。それゆえ、彼女にとっては、ヘレナの葬儀など他人の葬儀にすぎないという認識なのだろう。それは分からないでもない。
ただ、せめて私の前でくらいは軽く話さないでほしい——少しそんな風に思ったりした。
「イーダ王女、僕は参加した方が良いだろうか」
私とリンディアの会話を黙って聞いていたベルンハルトが、唐突にそんなことを尋ねてくる。
「なーに言ってんのよ、アンタ。オルマリン人しか参加できないに決まってるじゃなーい」
「やはり、そうか」
「アンタは外で控えてなさい」
「……仕方ないな」
リンディアの返答を聞き、ベルンハルトは残念そうに俯いた。
もしかして、彼はヘレナの葬儀に参加したかったのだろうか?
そんな風に思い、声をかけてみる。
「ベルンハルト、もしかして、葬儀に参加してくれるつもりだったの?」
すると彼は、首を左右に動かす。
「気にするな。参加できないということは分かっていた」
やはり参加する気でいてくれていたようだ。彼の口からはっきりと聞いたわけではないけれど、雰囲気で分かる。
「あのね、ベルンハルト。もし貴方が参加しようと思ってくれるのなら、私が口を利くわ」
一応提案してみる。しかし彼は、頷こうとはしなかった。
「いや、いい」
「そうなの? 本当に?」
「その女のことをよく知っているわけでもないからな。無理に参加しようとは思わない」
どうやら、葬儀へ参加することは完全に諦めているようだ。
彼が諦めているというのなら、私に何かができるわけもない。だから、この話はここまでにしておくことに決めた。
「あ、そーだ。葬儀後の食事会になら、出てもいいんじゃなーい?」
リンディアが急にそんなことを言う。
「そうなのか?」
「式典ではないもの、問題ないと思うわよー」
「では、その時はイーダ王女についておくことにする」
落ち着きのある声で述べるベルンハルト。
その瞳に迷いはない。
「それでも構わないだろうか」
急にそう聞かれたので、私は「もちろん構わないわ」とだけ返しておいた。それ以上長い、気の利いた言葉を返すには、準備が足りなかったのである。
こうして、話はまとまった。
その直後、リンディアが話題を変える。
「それと、これからは王女様って呼ぶわねー」
「えぇ」
「じゃ、王女様。よかったら浴場とか行かなーい?」
いきなり何を言い出すのだろう——私の心の中に、そのような思いが満ちる。つい先ほどまでヘレナの葬儀の話をしていたというのに、いきなり浴場へ行くお誘いに変わるなど、急すぎてついていけない。
「昨夜は体洗ってないわよね? あたしも今から行こうと思うんだけどー……一緒にどう?」
確かに、昨夜は風呂には入れなかった。
あんなことがあった後で自室に戻る気にはなれなかったから。
「そうね。リンディアの部屋の浴場?」
すると彼女は、ぷっ、と吹き出す。笑われてしまった。
「違うわよ。共用浴場に決まってるじゃなーい」
「あぁ、そっちのことだったのね」
「王女様ったら、おかしーわねー。面白すぎて飽きないわ」
そんなにおかしなことを言ったつもりではない。だから、私のどこがおかしいのか、面白いのか、理解不能である。ただ、私はリンディアからすれば笑えるようなことを言ってしまった、ということだけは確かだ。
「で、どーするー? 一緒に行く?」
私は少し迷った。
というのも、共用浴場という場所を利用した経験がないからである。
これまで私は、いつも、自室内に設置された風呂場で入浴していた。幼い頃には、父親に連れられて星王の間近くの風呂場へいったことはあるのだが、その二箇所以外の場所で入浴したことはない。
なので、共用浴場へ行ったところでちゃんと入浴できるのか、心配なのだ。
「……王女様? どーかした?」
「い、いえ」
「何か問題でも?」
「いいえ、違うの。ただ……共用浴場なんて行ったことがないから、少し不安で」
するとリンディアは、数回、目をぱちぱちさせた。
そして、それから数秒ほど経って、くすっと控えめに笑う。
「そーいうこと。やっぱり王女様ねー」
またしても笑われてしまった。
何とも言えない、複雑な心境だ。
……いや、もちろん、笑ったリンディアを責めるつもりはないのだが。
「えぇ。ごめんなさい、あまり慣れていなくて」
普通の生活について、もう少し勉強しておいた方が良かったかもしれない。私はふと、そんなことを思った。何も知らない私では、外の世界の人と自然に繋がることさえ難しいのだと、気づいたから。
「ま、べつに謝るほどのことじゃないけどねー」
さらりと言いながら、リンディアは私に手を差し出してくれる。
「せっかくだし、あたしが色々教えてあげてもいーわよ!」
私が無知であることに対し、彼女は怒っていないらしい。
そう気がついた時、目の前の暗雲が一気に晴れるような感覚を覚えた。
何事かと一瞬身構えてしまったが、ただリンディアが入ってきただけだった。
「戻ったわよー」
リンディアは昨日と同じ服装だ。大人の女性、といった雰囲気も健在である。
「おはよう、リンディア。どこかへ行っていたの?」
「そーなの。ちょっと用事があったのよー」
私の問いに、リンディアは笑顔で答えてくれた。
大人びた顔に笑みが浮かぶその様は、美しく、女性らしい魅力に満ちている。余裕がある、ということが伝わってくるところも、印象的だ。
「用事って?」
「ヘレナって人の葬儀に関する連絡があったの」
「ヘレナの!?」
意外だった。
リンディアの口からヘレナの名が出てくるなんて。
「そーよ。明日執り行われるらしいわ。イーダ王女も当然参加なさるわよねー?」
「えぇ。もちろんよ」
「じゃ、あたしも喪服を用意しなくちゃならないわねー」
人が亡くなったことに関する話をしているにしては、随分軽い口調だ。
リンディアはヘレナのことを知らない。それゆえ、彼女にとっては、ヘレナの葬儀など他人の葬儀にすぎないという認識なのだろう。それは分からないでもない。
ただ、せめて私の前でくらいは軽く話さないでほしい——少しそんな風に思ったりした。
「イーダ王女、僕は参加した方が良いだろうか」
私とリンディアの会話を黙って聞いていたベルンハルトが、唐突にそんなことを尋ねてくる。
「なーに言ってんのよ、アンタ。オルマリン人しか参加できないに決まってるじゃなーい」
「やはり、そうか」
「アンタは外で控えてなさい」
「……仕方ないな」
リンディアの返答を聞き、ベルンハルトは残念そうに俯いた。
もしかして、彼はヘレナの葬儀に参加したかったのだろうか?
そんな風に思い、声をかけてみる。
「ベルンハルト、もしかして、葬儀に参加してくれるつもりだったの?」
すると彼は、首を左右に動かす。
「気にするな。参加できないということは分かっていた」
やはり参加する気でいてくれていたようだ。彼の口からはっきりと聞いたわけではないけれど、雰囲気で分かる。
「あのね、ベルンハルト。もし貴方が参加しようと思ってくれるのなら、私が口を利くわ」
一応提案してみる。しかし彼は、頷こうとはしなかった。
「いや、いい」
「そうなの? 本当に?」
「その女のことをよく知っているわけでもないからな。無理に参加しようとは思わない」
どうやら、葬儀へ参加することは完全に諦めているようだ。
彼が諦めているというのなら、私に何かができるわけもない。だから、この話はここまでにしておくことに決めた。
「あ、そーだ。葬儀後の食事会になら、出てもいいんじゃなーい?」
リンディアが急にそんなことを言う。
「そうなのか?」
「式典ではないもの、問題ないと思うわよー」
「では、その時はイーダ王女についておくことにする」
落ち着きのある声で述べるベルンハルト。
その瞳に迷いはない。
「それでも構わないだろうか」
急にそう聞かれたので、私は「もちろん構わないわ」とだけ返しておいた。それ以上長い、気の利いた言葉を返すには、準備が足りなかったのである。
こうして、話はまとまった。
その直後、リンディアが話題を変える。
「それと、これからは王女様って呼ぶわねー」
「えぇ」
「じゃ、王女様。よかったら浴場とか行かなーい?」
いきなり何を言い出すのだろう——私の心の中に、そのような思いが満ちる。つい先ほどまでヘレナの葬儀の話をしていたというのに、いきなり浴場へ行くお誘いに変わるなど、急すぎてついていけない。
「昨夜は体洗ってないわよね? あたしも今から行こうと思うんだけどー……一緒にどう?」
確かに、昨夜は風呂には入れなかった。
あんなことがあった後で自室に戻る気にはなれなかったから。
「そうね。リンディアの部屋の浴場?」
すると彼女は、ぷっ、と吹き出す。笑われてしまった。
「違うわよ。共用浴場に決まってるじゃなーい」
「あぁ、そっちのことだったのね」
「王女様ったら、おかしーわねー。面白すぎて飽きないわ」
そんなにおかしなことを言ったつもりではない。だから、私のどこがおかしいのか、面白いのか、理解不能である。ただ、私はリンディアからすれば笑えるようなことを言ってしまった、ということだけは確かだ。
「で、どーするー? 一緒に行く?」
私は少し迷った。
というのも、共用浴場という場所を利用した経験がないからである。
これまで私は、いつも、自室内に設置された風呂場で入浴していた。幼い頃には、父親に連れられて星王の間近くの風呂場へいったことはあるのだが、その二箇所以外の場所で入浴したことはない。
なので、共用浴場へ行ったところでちゃんと入浴できるのか、心配なのだ。
「……王女様? どーかした?」
「い、いえ」
「何か問題でも?」
「いいえ、違うの。ただ……共用浴場なんて行ったことがないから、少し不安で」
するとリンディアは、数回、目をぱちぱちさせた。
そして、それから数秒ほど経って、くすっと控えめに笑う。
「そーいうこと。やっぱり王女様ねー」
またしても笑われてしまった。
何とも言えない、複雑な心境だ。
……いや、もちろん、笑ったリンディアを責めるつもりはないのだが。
「えぇ。ごめんなさい、あまり慣れていなくて」
普通の生活について、もう少し勉強しておいた方が良かったかもしれない。私はふと、そんなことを思った。何も知らない私では、外の世界の人と自然に繋がることさえ難しいのだと、気づいたから。
「ま、べつに謝るほどのことじゃないけどねー」
さらりと言いながら、リンディアは私に手を差し出してくれる。
「せっかくだし、あたしが色々教えてあげてもいーわよ!」
私が無知であることに対し、彼女は怒っていないらしい。
そう気がついた時、目の前の暗雲が一気に晴れるような感覚を覚えた。
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