イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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36話 お帰りなさい

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 その日の晩、自室前にてリンディアと再会した。

 リンディアの姿を見るや否や、私は、彼女に抱き着いてしまった。離れていたのは約一日くらいにすぎないのに、もうずっと会えていないような気がしたから。

「無事だったのね! リンディア!」
「えぇ、そーなの。けど……どーして抱き着くの? 王女様」

 感情のまま行動してしまったため、リンディアに戸惑った顔をされてしまった。嫌がられていないことは救いだが、困惑されてしまうというのは少々恥ずかしいものがある。

「一人残してきてしまったから、心配だったの」
「なるほど。そーいうことねー」
「怪我はなかったの?」
「もーちろん! あんなジジイに負けるほど弱くはないわよ!」

 それを聞き、ほっとした。

 心ないようなことを言っていたアスターだが、やはり、実際に弟子を手にかけるほどの悪人ではなかったのだ——と、そう思えたから。

 私は、リンディアの師である彼を、悪人であるとは思いたくない。

「あの男は確保したのか?」

 それまでは黙って傍にいたベルンハルトが、唐突に口を開いた。
 私はリンディアから離れる。

「どうなったんだ」

 リンディアを見据えるベルンハルトの表情は、とても固いものだった。冷たいというよりかは、凛々しいと表す方が相応しいような、そんな顔つきをしている。

「それはもちろん、捕まえてきたわよ」
「……それなら良いが」
「あ! もしかして、あたしを疑ってるのかしらー?」

 リンディアはいじわるそうに口角を持ち上げる。しかし、ベルンハルトが顔色を変えることはなかった。

「いや、そういうわけではない。気にするな」

 そう述べるベルンハルトの顔には、微かに哀愁の色が浮かんでいる。勇敢さ溢れる容貌に秋のような色が足された今の彼は、既存の言葉では表現しづらい、不思議な魅力をまとっていた。

「しっかし、まさか本当にアスターだったとはねー」

 腕組みをしながらリンディアは漏らす。

「まったく、あのジジイは何を企んでるんだか……」
「アスターさんが自ら、というわけではないと思うわよ。誰かが彼へ指示したのでしょう」

 本人がそう言っていたのだ。
 無論、彼の発言が嘘という可能性もないことはないが。

「そーかしら」
「アスターさんはそう言っていたわ」

 すると、リンディアはぷっと吹き出す。

「まっさか王女様、アスターの言葉を信じてるのー?」

 私は思わず目をぱちぱちさせてしまう。彼女の発言の意味が、一瞬捉えられなかったから。

「やーねー! もう! あいつが事実なんて吐くわけないじゃない!」
「そ、そうなの?」
「王女様ったらー。素直で可愛いわねー!」

 リンディアに大笑いされてしまった。
 アスターの言葉を信じることが、大笑いされるようなことだとは考えてもみなかったため、正直少しショックだ。

 私には、アスターが嘘をついているようには思えなかった。ただ、彼をよく知るリンディアが言うのだから、それが事実なのかもしれない。

 ……それでも私は、彼の言葉を信じたいのだけれど。

「ま、でもこれで解決ねー。アスターもさすがに、もう余計なことはしないでしょ」
「どんな手を使って逃げ出すか分からない。しっかり拘束しておくことだ」
「さすがに、ここから逃げ出すなんてことはできっこないわよー」
「ならいいが」

 リンディアとベルンハルトは、私を含まずに、そんな風に話をしていた。

 そして、待つことしばらく。

 話が一段落してから、リンディアは私へ顔を向けてくる。

「今夜はトランプなんてどう? もちろん、王女様の部屋でねー」
「え」

 リンディアからいきなり放たれた提案に、私は戸惑いを隠せなかった。彼女の口からそのような言葉が出てくるとは、想像してもみなかったからである。

「トランプ?」
「そーそー。あたし、こう見えても強いのよー」

 何やら自慢げなリンディアを見ていると、段々明るい気分になってきた。

「楽しそうね!」
「みんなでやれば楽しーわよ」
「ぜひ!」

 誰かとトランプ遊びをするなんて、いつ以来だろう。

 トランプは、幼い頃に数回遊んだことがあるが、もうずっとやっていない。どんなルールがあったかも忘れてしまった。

 ただ、たとえどのような状態であったとしても、リンディアたちとなら楽しめる気がする。

「ベルンハルトもどう?」

 二人でも楽しいけれど、三人ならきっともっと楽しいだろう。そう思ったので、私は彼にも声をかけてみた。しかし、彼は気まずそうな顔をする。

「いや、僕は……」
「嫌?」

 ベルンハルトは首を左右に動かす。

「僕は貴女の部屋へは入れない」
「え、そうなの?」
「男の従者が王女の自室へ入るなど、間違いなく問題になる」

 言われてみれば、確かにそれはそうかもしれない。健全な関係であるとはいえ、男女である以上、距離が近づきすぎると問題視される可能性はある。特に、私が王女という身分ゆえ、なおさらだ。

 しかし、二人きりでないなら良いと思うのだが。

「大丈夫よ。リンディアもいるもの」
「……そうだろうか」
「えぇ! 大丈夫よね、リンディア」

 リンディアに話を振る。すると彼女は頷いた。

「そーね。あたしの前で不健全なことなんて、誰もできないわー」
「ほらね!」

 私は視線を、リンディアからベルンハルトへと戻す。

「だから、ベルンハルトも一緒にトランプしましょう!」

 するとベルンハルトは、私から目を逸らした。喧嘩した後のような、気まずそうな顔つきだ。
 言いたいけれど言えないことでもあるのだろうか。

「……やっぱり、嫌?」
「いや、べつに」
「なら参加してくれる?」
「貴女が命じるならば、参加しても構わないが……」

 ベルンハルトは何やらもじもじしている。

「じゃあ——」
「そ! なら決まりね!」

 私が言葉を発するより早く、リンディアがそう言った。

「今夜は三人でトランプ大会! で、どーよ?」

 彼女の、肩にかかっていた赤い髪を片手で背中へ流す仕草は、とても大人っぽい。まだまだ未熟な私には、到底真似できそうにない。

「イーダ王女が望むなら、僕はそれでも構わない」
「なーによ。アンタはまたそーいうこと言うのねー。素直になればいーのに」
「何を言っているんだ」
「またまたー。本当は参加したくて仕方ないんでしょー?」
「……うるさい」

 私は、リンディアとベルンハルトの会話を、微笑ましく聞いていたのだった。
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